2022/10/19

日記で振り返るコロナ後初の日本帰省 東京編9月17、18日(最終話)

 9月17日(土)東京

今日も6時から一人で散歩。旧中川に出て北に向かって1kmほど歩く。鴨やシラサギがいた。川沿いの家はさぞかし眺めがいいだろう。川向うを歩いたら、倉庫に集まっているおじさん達がいて、倉庫の扉が少し開いていて中の金色の神輿がチラっと見えた。やはり神輿というのはユダヤの契約の箱なんだなと確信を得た。宿に戻って朝ごはんを食べ、中国少年のレッスン。

少し休んでから12時に二人で宿を出て、駅前デパートの無印でトランクスを一枚買った。それからJRで御茶ノ水へ行き、歩いて神保町へ向かう。まだ入ったことのない店に入ってみた。タロットカードがたくさんある店、アイドル系の古本を扱ってる店、囲碁の本の専門店など。奥さんは抹茶ラテを買い、私はトイレに行きたくて探したが、どこにもなくて困った。しばらくブラついて、イースター島の本を200円で買った。

14時半に半蔵門線で清澄白河駅に移動。A3出口で吉田さんが待っていた。ここは吉田さんの生まれ育った地元なので、色々案内してもらう。まずは清澄庭園に入る。チケットは吉田さんが買ってくれた。三菱の創業者、岩崎弥太郎が作ったらしい。池に大きなスッポンがたくさんいて可愛かった。庭園を出て、近くの小さな商店で駄菓子をたくさん買った。イナゴの佃煮や深川飯も売っていた。深川飯とは、アサリの炊き込みご飯のことらしい。昔はよくアサリが獲れたのだろう。

次に江戸博物館。ここも吉田さんがチケットを買ってくれた。実物大のセットが面白かった。大阪くらしの今昔博物館とコンセプトは同じだ。昔は火事になると水をかけるだけじゃなく、他の家に燃え移らないように、周りの家も壊してしまったんだとか。出口に大鵬のコーナーがあった。大鵬は父親がサハリン人らしく、とても男前だ。育ったのは北海道だそうだ。

それから食器のお店を少し見て、吉田さん行きつけのコーヒー屋に行く。途中で高そうなケーキ屋でお菓子を買い、高級トリュフパンの店をのぞき、ARIZEというコーヒー屋に着いたときには、店はもう閉まりかけていた。なんとかコーヒーを2杯テイクアウトして、外のベンチに腰掛けて飲んだ。店の中には巨大な焙煎機があり、いたる所にタイ文字が書いてあった。タイによく行くんだろう。コーヒーは、吉田さん曰くとてもフルーティーで、苦みが少ない飲みやすいコーヒーだった。

この付近は寺と墓地がやたら多い。地下鉄の入り口のすぐ前にある吉田さんのマンションに行くと、マンションの前まで奥さんと娘さんが、挨拶しに出てきてくれた。今日は娘さんの体調が良くないらしい。高そうなお出汁をプレゼントにもらった。

3人で商店街まで歩き、吉田さん馴染みの鳥長(とりちょう)という居酒屋に入った。店のおばさんがとてもひょうきんで可愛らしかった。吉田さんに全部おまかせで注文してもらった。生ビールのジョッキを飲むと、日本にいるという感じがした。金目の刺身、鳥皮のもつ煮、チーズイモなどなど、全部美味しかった。そして会計も吉田さんが奢ってくれた。

それから自販機でチューハイを買って隅田川に行き、川沿いのベンチでまた乾杯し川を眺め、私がチューハイをこぼしてしまったので、今度はスーパーに行ってまた酒を買い、清瀬橋に行って橋の欄干に腰かけて、青春チックにチューハイを飲んだ。吉田さんは将来的にはもっと人に必要とされる仕事をしたいと言っていた。アイデアを出したりするのがすごい好きらしい。

地下鉄まで戻り、33番の亀戸行きのバスに乗り、吉田さんとお別れした。本当にありがとうございます。亀戸に着き、商店街の銭湯が11時半までと書いてあったので、宿に帰って急いで用意をして向かったら、番頭のおばさんにコロナで今は10時までだと言われあきらめる。帰っておとなしく寝た。



9月18日(日)東京 最終日

6時前に起きて、ソファベッドを片付けて、一人で30分歩いて墨田区の黄金湯に朝風呂に入りに行った。風呂が500円で、サウナは550円。せっかくなのでサウナ券も買って、腕にオレンジのバンドを巻いてもらった。とてもオシャレな銭湯だ。サウナは激込みで、入墨が入ったおじさんもいた。みんな土曜の夜に飲んだ酒を抜きにくるのだろう。サウナから出て、屋外のリクライニング風のプラスチックのイスでゆっくりできる。バンコクの湯の森にとても似ている。サウナでのっぽさんのような変な帽子をかぶっている人がいて、よく恥ずかしくないなと思った。

大変すっきりして、また歩いて宿に帰る。途中でスーパーに寄って、4個入りの卵を買い、宿で朝ごはんを作って食べる。少し休んでから荷造り。醤油や食材も全部使い切ることができた。完璧だ。10時にチェックアウトしたら、ちょうど雨が降ってきた。今日から台風だとか。傘をさして駅まで歩くが、荷物が重いし、駅にはエスカレーターすらない。

JRで船橋まで行き、駅前のデパート地下のサンマルクカフェでコーヒーを飲む。イスを蹴っ飛ばすヤバい女性がいた。日本人は病んでいると思う。席を確保したまま、本屋に行ってカレーの本を買い、スーパーで鍛高譚とウィスキーを買った。13時くらいにカフェを出て、ネットで調べたスリランカカレーの店に行った。大雨の中、店に着いたら今日は休みだった。しかたなく、隣のデパートのレストランで、アジフライ定食を食べた。房総半島で獲れたこだわりのアジだと書いてあったが、衣が厚すぎてまずかった。全部食べ切れず、少し残してタッパーに入れた。最後の最後にハズレを引いてしまった。

京成線に乗り、成田空港第一ターミナルに着き、すぐに長ズボンにはきかえて、荷物を預けた。陰性証明などを全く確認されなかったのでカウンターに聞いてみると、それを確認したりするのに15分近くかかった。手間をかけさせたので、言わない方がよかったのかなと思った。お土産屋は半分くらいが閉まっていた。奥さんがお土産を買っているあいだ、タバコを吸おうと思い、通りかかった警察官に喫煙所の場所を聞くと、彼らも知らないらしく店員に聞いてくれた。喫煙所がなんとか見つかり、タバコを吸って、マッチは置いてきた。

トイレで結局アジのフライを捨て、17時に出国審査をして到着ロビーに入る。今までにないくらい外国人がたくさんいる。ゴージャスなイスがあったので、座って日記などを書く。17:45分に搭乗開始。奥さんは41列目、私は34列目。廊下側の席を選ぶと別々になってしまった。見たところ、日本人は少ない。

飛び立って、まずは映画「呪術回戦」を見たが、つまらない。オタクの妄想全開だ。次に伊能忠敬の大河ドラマを作るという「大河への道」を見る。中井貴一が主演。キャラが一貫しておらず、ふざけたり、真面目になったりの緩急が激しすぎて不自然。

飲み物のサービスが来たので赤ワインを頼んだ。晩ご飯はうな玉。赤ワインをおかわりしたが、とても喉が渇き、お湯ももらったが、なぜかすごくぬるい。最後にドキュメンタリー系の、情熱大陸のキャンパー特集、ガイアの夜明けの寿司屋の特集などを見る。そうこうしてるうちにシンガポールに着いた。

飛行機を降りて奥さんと合流した。入国審査は自動のマシーンで、何もチェックされなかった。荷物を取って、タクシー待ちの列に並ぶ。当たった運転手は、だるそうな中国人のおじさん。ハイウェイを走り、1時過ぎに家に着く。HDBの下に、新しいコピティアムが9月30日にオープンするという張り紙があった。家の中は少し埃っぽく、奥さんはベッドのシーツを換えたり、掃除をしたり、寝る様子が全くないので、3時頃に先に寝た。

おしまい




日記で振り返るコロナ後初の日本帰省 東京編9月14、15、16日

 9月14日(水)北海道→東京

早起きして部屋を掃除し、7時前に朝ごはんを食べる。あいかわらず量が多くておなかがキツイ。8時前に家を出て母の運転で新千歳空港に向かう。車内で、母の友人のことについて話す。一家離散してしまったことについて、彼女に落ち度はない、みんな孫が悪いんだと主張する母。70年生きてきてこの程度の思考しかできないのかと落胆した。

空港に着きすぐにチェックイン。少しお土産屋を見て回ると言うと、母は帰って行った。二人で土産売り場をしばしウロウロし、一番近くのゲートから出発ロビーに入ろうとするが、ここはANA専用だと言われる。その隣もJAL専用。結局元来た一番端まで戻りゲートをくぐる。もう搭乗は始まっていたので、トイレに行ってすぐに乗り込んだ。

私の席は窓側だったが、窓はついてなかった。前に若い夫婦がいて、赤ちゃんを抱いていた。赤ちゃんが可愛かったので、後ろからそっと手に触れたが、それに気づいたのか母親が赤ちゃんを移動させた。機内ではかりんとうを食べて、本を読んでいたらあっというまに成田に着いた。成田は暑い。

荷物受取場では、我々のバッグがすぐに出てきた。電車に乗るためにT2まで歩いたが、相当距離があった。成田の国内線を使ったのは初めてだったので、なにかと不慣れ。やっと駅に着き、京成線で船橋行きを買う。改札に移動するときに切符を落とし、カバンが重いのですごくイラついた。電車は空いていた。車窓からは田んぼばかりが見える。車内で母が作ってくれたおにぎりを食べた。

船橋駅でおりて、しばらく歩いてJRに乗り換え、亀戸駅まで行った。車内はけっこう混んでいた。我々はマスクをしていなかったが、私の隣に座ってきた女性もしていなかった。わざと座ったのか偶然なのか。

亀戸駅から10分くらい商店街を歩いて、やっと予約していた宿に着く。アパートの3階の部屋。ドアを開けるとキレイに掃除されていた。荷物を置いて軽装に着替えてまた外に出る。荷物は置いていいと言われたが、一応チェックインは16時なので、外で時間をつぶす。

商店街には中華系の店がたくさんある。懐かしい花椒の香りが漂う。腹が減ってたので、奥さんは塩ラーメン屋に入り、私はそのはす向かいにある亀戸餃子という、有名らしい店いに入る。カウンターに通され、一皿餃子5個で300円のやつを二皿と、ビールの小瓶を頼む。期待していたが、いまいちだった。中国の餃子のほうが断然美味い。向かいのカウンターには若い男女が座っている。みんな何皿も追加して食べている。そういう店のようだが、とっとと食って出た。

奥さんと合流し、再び歩いて古着屋を見つけて入った。私はカバンと帽子、奥さんはTシャツを買った。さらに歩いて亀戸天神社へ。いかにも人工的な池と橋があった。二人で写真を撮ると、時間はもう15時半だったので、歩いて宿に帰る。途中に商店街でシュークリームを買う。あとから来た無言でショーケースを見つめるおじさんに、私に対応していた店員さんが急に中国語で話し出し、おじさんも中国語で答える。実はみんな中国人だ。外を歩いてる人も、耳をすませば中国語を話している。

宿に戻ってシャワーを浴びてくつろぐ。18時に一人でスーパーに買い物に行き、肉、野菜、ヨーグルトなどを買って帰り、キッチンですぐに晩飯を作った。枝豆、オクラ、とうきびを茹でて、肉も焼いて、残っていたおにぎりと食べた。奥さんは頭の後ろが痛いと言って、早めに寝た。私はネットで彫刻刀についてずっと調べていた。夜は布団をかけなくても寒くなかった。



9月15日(木)東京

部屋で朝ごはんを食べて、奥さんは8時半に宿を出て一人で代官山にあるという手ぬぐいの店へ行った。私は9時過ぎに出て、亀戸から錦糸町まで歩き、駅でSuicaを買ってJRで新宿へ行った。11時から新宿バルトで、友達の片岡翔が監督をつとめた「この子は邪悪」を鑑賞。チケットは1,900円。会場に入る前にカフェでコーヒーを買って、映画をみながらかりんとうを食べた。

映画は、最初は気味が悪くて良い感じだったが、少しずつテンポが悪くなり、最後の方は少し失笑してしまう場面もあったが、まぁ翔くんらしさも出てたし、なかなか面白かった。玉木宏がいちいちセクシーだった。隣に座ってたおじさんが後半からリアクションが多くなり、むふふと笑ったりしてた。アイドルの男の子が出演していたので、そのファンがたくさん来ていたような気がする。

新宿バルトを出て、歩いて東急ハンズに行った。3,000円のハイス鋼の彫刻刀を買って、習字の筆と練習用の用紙も買った。腹が減ったので7-11でフライドチキンを買って、東急ハンズの前で持ってきた白飯と一緒に食べた。それから歩いて代々木のBook Offへ行き、それから地下鉄でまた神保町へ行き、古本を物色した。面白そうな本がたくさんあったが、結局何も買わなかった。また腹が減ったので、前にも行った十割そばの店で、同じく天ぷらせいろうを食べて、トイレも借りてすっきりした。

18時近かったので、歩いて御茶ノ水まで行き、JRに乗って亀戸に帰った。シャワーを浴びて、ソファーベッドを出して、別々に寝た。



9月16日(金)東京

朝6時から一人で散歩に出かける。亀戸水神社を通り、亀戸中央公園を歩いて旧中川の河川敷に出た。釣りをしてる人や、鴨が数羽いて、とても平和な雰囲気。ストレッチをして少し気功をやった。7時過ぎに宿に帰り朝ごはんを食べ、9時に宿を出てJRで新宿に向かうが、電車は満員だった。9時でこれとは、都民は大変だ。代々木で降りて山手線に乗り換え、渋谷で降り、宮下公園の前のスタバへ行った。宮下公園がスカイガーデンみたいになっていてびっくりした。ホームレスはどこへ。

スタバにはすでに翔君が来ていて、私もレジでコーヒーを頼んだら、受け取るのに10分くらい待たされた。いかにも仕事ができそうなスタッフだっただけにがっかり。持ってきたかりんとうとナッツを食べながらしばし談笑。もう子供が二人もいて、どちらも女の子で、長女は今年小学一年生らしい。今は調布に住んでいて、新しい家を探しているのだとか。今回の映画ではやりたい事ができて満足しているが、ネットの辛口の批評には少し傷ついていると言っていた。

13時くらいまで話し、スタバを出て宮下公園の屋上を歩いて別れた。翔君はこれからまたどこかのスタバで仕事をするらしい。少し渋谷を歩いてから、半蔵門線で錦糸町に行った。錦糸町のBook Offで、翔君がすすめてくれた「教団X」という本を買い、回転ずしへ行った。注文すると新幹線が寿司を運んでくるやつ。東京の寿司は美味しくないと勝手に思っていたが、全然美味しかった。サーモン、いわしなど全部で6皿食べた。1,300円くらいだった。

JRで亀戸に帰ると、宿に奥さんはまだ帰ってきておらず、シャワーを浴びてネットをした。18時に奥さんが帰ってきたので、一人で駅前のデパートに行き、スーパーで食材を買って帰った。19時からセシリアのレッスン。そのあとに20時からシンガポールのクリニックとARTのリモートテストをする予定だったが、15分くらい待たされた。やっと連絡がつき、検査をして無事に陰性判定が出て、とりあえず一安心。お祝いの焼酎を飲んだ。




2022/10/18

日記で振り返るコロナ後初の日本帰省 北海道編9月10、11、12、13日

 9月10日(土)北海道

朝ごはんを食べてから、北の国から83'を鑑賞。これを見終われば今日DVDを返しに行ける。東京から豆じいさん(笠智衆)が帰ってくるやつ。まーーめーーーが印象的だった。

10時に見終わって、奥さんと二人で高速を走って苫小牧のヒロシくん宅へ向かう。途中で7-11に寄りノンアルのレモン酎ハイを買った。ヒロシくんの家はクリッパーの真後ろにある一軒家だった。ヒロシくんは庭で炭をおこしていた。家は数年前に3,000万くらいで建てたらしい。小学一年生の娘、ハナちゃんがいたが、シャイらしく一言もしゃべってくれない。キッチンテーブルに座り、3人で色々話す。

庭に出て肉を焼いていると、ヒロシ君の奥さんが帰ってきた。ヒロシ君の12コ年下で、干支は二人とも午。勇払出身で、とても感じの良い人だった。庭に出て板塀の日陰になっているところで焼いてもらったソーセージなどを食べた。日差しがものすごく強い。ソーセージに続いて、ハツ、砂肝、おにぎり、最後にアヒージョなるものをやった。冷凍じゃないのでとても美味しかった。突然風が強くなったので、BBQはやめて中に入った。15時半においとました。

家を出て数分後に、奥さんのカバンの中になぜかヒロシ君の帽子が入ってるのに気づき、すぐに戻って帽子を返した。バツが悪い。

それからGEOに行ってDVDを返したあと、またイオンのZoffに行き、奥さんのメガネをまた調整してもらう。前回調整してもらったときと同じ女の子のスタッフがいたので、少し恥ずかしかったが助かった。英語もなぜかすごい上手で、私達はシンガポールに住んでいると言うと、シンガポールにも支店があるので、いつかそこで働きたいと言っていた。

そのあとスーパーのほうで、アマゾンギフトカードを買って、さらに牛乳とパンも買ってからイオンを出た。奥さんが晩ご飯はラマイでスープカレーを食べたいというので、木場町のラマイに行った。二人共野菜カレーで、私は辛さ7を頼んだが、けっこう辛かった。量が多くておなかいっぱい。

店を出ると外はもう暗くなっていて、空にはオレンジ色の大きな中秋の月が出ていた。帰り道の運転は暗くて少し怖かったが、進行方向にずっと月が出ていてキレイだった。20時前に家に着き、酒も飲まず部屋でゆっくりした。


 9月11日(日)北海道

朝は一人で自転車で運動公園に行き、ストレッチと筋トレをした。パークゴルフをやる人達と、むかわ高の野球部員が公園に続々と集まってくる。野球部の練習を少し見学した。みんなすごいハイテンションで、まるで軍隊の動き。若者にこんな事させて本当にいいのかと思った。若いコーチの一人は関西弁だった。わざわざ関西から雇われてきたのか。

家に帰って朝ごはんを食べ、BBQのコンロを洗い、インドカレーを作った。昼飯を食べてから、また一人で自転車に乗りたんぽぽ公園へ行き、公園には下りずに土手を左折し、川沿いを進んで行った。どこまでも続く土手の道。とても景色が良い。マコトさんの住んでいる厚真の幌内に景色が似て来た。二宮を過ぎると春日について、前方に橋が見えてきた。道の脇にお墓が一つぽつんとあり、アイヌの人っぽい名前が彫られている。奥津城と書いてあるので神道だろう。

ついに橋に着き、そこを渡ると先日来た須藤君の家の近くに出た。ここまでで一時間以上かかった。町のほうへ向かってこぎ、30分くらいで家に着いた。腹が減っていたので、B1とんちゃんの豚まんを食べた。17時からケーラブのレッスン。終わってから晩ご飯を食べてホットワインを作って飲んだ。



9月12日(月)北海道

朝はナホちゃんにもらった「子供がまだ食べてるでしょうがラーメン」を食べた。思ったよりも美味しかった。汁がとても濃くて、捨てるのはもったいないくらいだった。それから奥さんとタンポポ公園に散歩に行った。ジョギングコースの脇の泥が削られていた。やっと泥の除去が始まったようだ。散歩のあとはパセオに行き、奥さんが食材をたくさん買っていた。生のいくらがあった。もし自分のキッチンがあれば、買ってしょうゆ漬けにしたいと思った。

家に帰って10時からキーブのレッスン。11時からまた佐々木さんのおばさんの家に行った。奥さんは連れて行かなかった。おばさんとシュンイチ君と色々話した。習字教室は週4回で3千円で、習字を習っている子供たちにはシュンイチ君が無料で勉強も教えているという。まさに採算度外視で、母も驚いていた。

家に帰って昼ご飯を食べ、15時にカボチャを持って自転車で四季の館へ行き、小夜子ちゃんに会った。札幌からわざわざ会いに来てくれた。喫茶店に入ってコーヒーを頼み、カボチャをあげると、小夜子ちゃんも栗と栗きんとんをくれた。カフェで17時くらいまで話す。彼女も、周りの人もほとんどワクチンは打ってないと言っていた。千歳に住んでいる、松下幸之助の隠者に会って鑑定してもらったという話が面白かった。怪しさ満点だが。

カフェを出て、小夜子ちゃんの車の中で一服し、セイコーマートで飲み物を買って、モダでガソリンを入れてから、たんぽぽ公園に行った。もう日が暮れかけていてとても寒いので毛布を貸してもらい、それにくるまってベンチに座り話をつづけた。

友達が子供のときにUFOらしきものを見たその日の夜に、家にスーツを着た男性が、娘さんは今日なにか見ませんでしたかと尋ねてきたことがあるらしい。どこかで聞いたことある話だ。最近はそういう事に興味があるらしく、私も宗教や神話について話した。

いよいよ寒くなってきたので、車の中に戻り話を続けていると、母からそろそろ帰って来いと電話があったので、そのまま家まで送ってもらい別れた。そういえば帰り道も教えてあげなかったなと少し反省した。

晩ご飯は焼き魚で、20時からアレックスのレッスンがあった。


 9月13日(火)北海道

朝ごはんのあと、奥さんと二人でたんぽぽ公園を散歩する。明日は東京へ発つから、今日は最後のたんぽぽ公園だ。散歩のあとに車で、先日自転車で走った土手の道を走っていくが、帰りにちょっと道に迷い、9時半ギリギリに家に着き、すぐにインワイのレッスンを始める。

昼飯を食べたあと、そういやあまり好きな物も自由に食べられなかったなと急に憤りイライラしてきたのでタバコを吸う。13時に一人で家を出て、歩いて四季の館へ向かうが、途中で駅前にある、この町には珍しい洒落た雑貨屋に入ってみる。Brown in ordinaryという店で、札幌に本店があり、なんと豊城の方にももう一軒店があるとか。夫婦でやっていて、奥さんがむかわ出身らしい。もう4年も続いているらしい。よくやっているなと感心した。何か買ってあげたかったので、マグネットのフックを一個だけ買った。

四季の館の図書館でジビエの本と、むかわ史の資料を読む。蝦夷(エミシ)というのはアイヌ語でエミシ自体もアイヌ人だと、金田一京助が本にそう書いていたが、はたして本当なのか。

図書館にいると、に母から無事かとLINEが届き、急いで電話をしてみると、病院から留守電があったので、私になにかあったと思ったらしい。結局は母のワクチン接種の件だったらしいが。

それから最後の温泉に入り、サウナにも2回入った。もう思い残すことはない。17時に昨日置いていった自転車に乗り帰る。おなかが空いていたので、昨日もらった栗を食べ、すぐに米を炊く。18時に晩御飯。米をたくさん食べた。白ワインを一杯飲むと、一気に疲れが出てきたので、1時間ほど横になる。21時になんとか起き上がり、明日の荷物をまとめる。お菓子やら食材やら色々ある。

2022/10/17

日記で振り返るコロナ後初の日本帰省 北海道編9月8、9日

 9月8日(木)北海道

9時半からインワイのレッスン。終わってから奥さんと二人でキャンプに行く準備。車にたくさん物を積み、11時頃出発。キャンプ場に行く途中、須藤くんの家に寄ってみた。ちょうど事務所にいて、今日は時間があるようだった。今日はブロッコリーとほうれん草の収穫をやっているらしく、奥さんがそれを見に一人で畑に出て行った。今は15人くらい人を雇っているが、ほとんど外国人らしい。

国籍は、中国、インドネシア、バングラデシュ、カンボジアなど様々。外国人同士で恋愛などにも発展するらしく、先日はそのもつれでバングラデシュ人の男性が、ナイフを持ち出して大変だったとか。派遣会社の中抜きもひどいらしく、インドネシア人の子に給料が安すぎると泣きつかれたこともあるらしい。それでも月に一人40万近く払っているらしい。思った以上に高級なので、私も少しやってみたいと思った。苫小牧から来ている日本人のおじさんは陰謀論者で、休憩中にケムトレイルの話などをするらしい。そんな面白い話をたくさんしてくれた。

帰りにほうれん草と米とたまねぎをもらった。ほうれん草を詰めてくれたのはバリ人とカンボジア人の女性。二人共いかにもその国の顔をしてて、かわいらしかった。

須藤くんにお礼を言って、また穂別方面に向かって走り始めた。しばらくして平取の義経神社に着いた。栗がたくさんおちている。神社の中にはお祓いかなにかしてもらっている人がいて、大きな声が聞こえてきた。義経資料館もあった。義経が北海道に来たのは本当のような気がする。そのあと二風谷ダムにも寄った。

途中でキャンプ場をいくつか通り、やっと日高町に着いた。町のコープで、肉とサーモンとハイボールを買った。そこから3分で沙流川オートキャンプ場に着いた。事務所で600円払って説明を聞く。今日は夜から大学生がたくさん来るらしい。

フリーサイトには白人のカップルがいて、ハンモックで寝ていた。自転車で来たようだ。さっそくテントをたて、須藤くんにもらった米をカセットコンロで炊いて、炭をおこした。なかなか炭に火がつかず、最後は落ちている小枝をたくさん拾って燃やした。思うようにいかずすごく疲れた。

やっと炭がついてBBQ開始。豚肉と米がめちゃくちゃ美味かった。サーモン、手羽先も最高。イスに座らず、ヤンキー座りで食べた。おなかがいっぱいになり、時間は16時。一人で沙流川まで歩いて行った。河原は石がいっぱいあって、水はとても冷たい。絶対に泳げない水温。てきとうに石積みなどをして遊んだ。

テントに戻り、日が暮れる前に色々準備をして、18時前に一人でキャンプ場の隣の温泉に行った。お風呂はとても小さかったが、サウナもあって気持ちよかった。外にでると真っ暗。二人でセイコーマートに行って、赤ワインを買った。テントの隣で、カセットコンロでホットワインを作って飲んだ。夜の冷え込みは激しく、ジャケットのほかにブランケットもかけた。

気づいたらテントがけっこう増えている。たぶん彼らはわざと事務所が閉まったあとに来て、料金を払わない人たちだと思われる。ワインを飲んで、ナッツを食べ、携帯で近藤勇のWikipediaを読んだ。21時くらいにテントに入って寝袋で寝たが、寒い。冬服を持ってきたので防寒は大丈夫だろうと思ったが、甘かった。




9月9日(金)北海道

3時頃に目が覚めた。大学生の声が聞こえる。まだ起きて青春を謳歌しているのか。テントの外に出てトイレに行き、空を見上げたが、ガスがかかっていて星は見えなかった。またテントに戻り寝て、5時に起きた。日は出たがまだ寒い。オートキャンプのほうを少し歩いて、河原に降りたりした。オートキャンプサイトには、車が4、5台停まっていた。

7時過ぎにやっと日が照ってきて暖かくなってきた。近くにあったテントはもうなくなっていた。事務所が開く前にとんずらしたのだろう。奥さんと車でセイコーマートに行き、インスタントラーメンを買う。戻って、ほうれん草と玉ねぎを入れた塩ラーメンを作った。奥さんはコンビニのおにぎりを食べている。食べ終わってまた読書タイム。

また一人で河原に行き、少し石を積んだり、水に足を漬けてみたりした。昨日よりも冷たい。10時になったので、食器を洗ったり、帰る準備をする。車に全部積み終わったら、白人の男性がいたので話しかけてみた。彼はスイス人で、京大のプロジェクトかなにかで来日しており、スイスからわざわざ持ってきた自転車で、彼女と北海道を周っているらしい。日勝峠も越えたが、トラックがたくさんいて怖かったと言っていた。

11時頃キャンプ場を出て、どこにも寄らずにまっすぐ家に帰った。家で野菜炒めを作って食べ、13時から一人で龍照寺に、同級生で住職のマオくんに会いに行った。家のほうに入れてもらい、真言宗の修行などについて話した。彼は中学を出てから、高野山高校の宗教科に行ったらしい。高野山高校は相当偏差値が低い学校で、ヤンキーばっかりだったと言っていた。そのあと大学も高野山。お寺の息子の8割くらいは、普通の大学を出てからやっと修行を始めるらしい。修行は普通1年間で、最短で100日でも免許がもらえるんだとか。

そのあとお堂のほうに連れて行ってもらった。とてもキレイに保たれている。檀家さんか誰かで掃除をしてくれる人がいるらしい。マオ君のおじいさんが高知の大工の出で、口減らしのために寺にやられて坊主になり、それから北海道の旭川を経て、鵡川町にやってきて、鵡川橋のとなりに最初のお寺を作ったのだとか。

マオくんのお父さんは最初坊主になるつもりはなかったのだが、工業高校を退学になったのがきっかけで、高野山で修行を始めて同じく坊主になったらしい。なのでマオくんは三代目だ。まだ修行中なので、髪はずっと短いのだとか。大日如来や北斗七星の事など、真言宗について色んな事を教えてもらった。今日は18時から苫小牧で通夜があるらしいので、15時くらいにおいとました。

18時に雑煮を食べ、山下くんが家にやってきてLINEを交換し、18時半から中国少年のレッスン。あいかわらずバカすぎて頭が痛い。19時からワインとチーズでリラックスして、22時頃に寝る。