2013/12/25

クリスマスだね


今年も年末がやってまいりました。今年も一年早かったなぁ などと言いたいところですが、こう同じ事を毎年言っていてはちと面白くない気がするので、今年はあえて一年とても長かったなあ と言ってみてから理由を探します。今年一年が遅く感じた理由、それは、なんでしょう、嗚呼、やっぱり一年早かったなぁ。しかし一年に遅いも早いもほんとうはないんですよね。時の流れに囚われている時点で、タイムトラベラー失格なんではないでしょうか。ところでタイムトラベラーとはいったい何ですか?

今年も一年をちょっと振返って総括です。今年は日本語レッスンの仕事が、この3年で一番多かったように思います。わたしの地道な努力が実ったのでしょうか。旅行に行かなかった月などは、今までで最高の給料を稼ぎ、少し有頂天になったものです。前年などは一週間でレッスン1、2回というときもありましたが、最近はキャンセルの嵐が続いても、週に5、6回はレッスンが残っています。やっぱり何もないより適度に仕事をしていた方が生活は楽しいですね。

イラストの仕事はあまり多くなかったですが、月刊ソトコトさんが、いまだにお仕事をくださることと、後半に奥さんがシンガポールの出版社から、仕事をガッツシ取ってきてくれたのが、嬉しかったです。そこそこ良い仕事をできたと思うので、来年も引き続き依頼がくるといいですね。

私生活ですが、今年だか去年だかに義理妹さんが子供を産み、その赤ちゃんを義母さんが毎日のようにうちに連れてきては家の中を滅茶苦茶にするということが続き、ふざげんなゴラァおれの安息の日々をぶち壊すんじゃねえクソがぁ!!と一人でずっとぶりぶり怒っていました。最近それを奥さんにこぼしてから、あまり来なくなったので今はとても平穏です。ちなみに私は赤ちゃんに腹を立てていたのではなく、片付けをしない義母さんに怒っていたのです。ぶりぶりに。

その件に関して一つ思ったことがあるのですが、赤ちゃんの前で笑顔になったり、あからさまにかまったりしてあげないと、その人の事を、嗚呼この人子供嫌いなんだ・・・と勘違いするような人がたくさんいると思うんですが、勘弁してください。わたしは純真な子供が大好きですし、むしろおまえらのような不純なギャラリーがいなかったら二人きりで遊んであげたいと思ってるんだわぁ。だから子供を置いてとっとと去ね。

まぁ色々ありましたが、こうやって今日も無事に生活できる事に感謝しております。今年もほんとうにありがとうございます。あと5、6日ほどありますが、引き続きよろしくお願いします。うんこ

2013/12/16

おつかれ君

最近少し疲れております。仕事が忙しいのです。

日本語のレッスンではありません。日本語のレッスンの方は、最近ドタキャンにつぐドタキャンでたいそう暇でございます。レッスンの2時間前ほどにメールがきて、「すみません。今日突然会議が入ってしまったので、また来週会いましょう。」なんて。嗚呼なんて勝手な生徒さんでしょう。そんなことをしていたら言語は上達しませんよ。言語習得は毎日地道にコツコツと、がコツでございます。

それで何が忙しいかと言うと、イラストの仕事でございます。わたしの奥さんが今月はわんさかイラストの仕事を、シンガポールの出版社から取ってきてくださいました。おかげで今月はまだ一度もサイクリングも、読書も、ハンモックもできていません。毎日パソコンに向かって、シコシコとイラストを描いています。おかげで今月はレッスンがなくても、なんとか食べていけそうです。

そしてもう一つ、こちらで毎週通っている柔道クラブで、今度からわたしが初心者を指導することになったのですが、どうやって教えたらいいものか、いつも悩んでおります。暇さえあれば YouTubeで柔道の動画を見て、正しい技を研究しております。ここだけの話わたしは現役のときからクソ弱く、技の知識も乏しいので、きちんと教えれるか正直不安であります。わたしの柔道の黒帯はもうボロボロで、見るからに練習をかなり積んだ達人のようなのですが、じつはそう見せるために高校のときに自分で紙ヤスリでこすってボロボロにしたという、偽ダメージ黒帯なのであります。けして激しい練習をしたからではないのですほんとうにごめんなさい自分が恥ずかしい。


ところで、タイの日記がまだ途中なので最後に少しまとめようと思います。

バンコク最終日は一日中、街で買い物を楽しみました。と言っても結局買ったのはまたもやピアス一個だけなのですが。この年でなぜピアスをそんなに買う必要があるんでしょうか。そして夜はさすがにもう繁華街には行かずに、宿で大人しく寝ました。最後の最後にとんでもない事に巻き込まれるというのは、お調子者のよくあるパターンですからね。わたしはもうその手にはのりませんよ。

 次の日は朝早く起きて、歩きと電車で地道に空港まで行きました。さて今回も無事に帰れるなよかったよかった、と思っていると、出国審査で、アホみたいにうるさい中国人観光客の群れと鉢合わせました。そしてわたしの目の前に一人のババアが横入りしてきたのですが、わたしは驚きました。なにが驚いたって、そのババアに躊躇というものが全くなかったからです。中国人のとんでもなさは有名で、わかってはいたし、見た事もあったのですが、いざ自分が目の前でやられてみると、彼らのレベルの高さに驚愕しました。
 そしてまたなんの躊躇もなく少し空いてそうな隣の列に歩いていったかと思うと、またもやなんの躊躇もなく元の列に戻ってくるのです。彼らが自分と同じ生物だと言う気はまったくしませんでした。常識が完全に欠落してしまっているのです。そしてまたフラフラどこかへ行ったかと思うと、わたしの番だというときにまた戻ってきて、わたしの前の30cmくらいのすきまに入ろうとしてきたので、それを完全にブロックして差し上げたのです。ババアも負けじと何度もタックルをしてきましたが、怒りで筋肉がカチンコチンになっているわたしはビクともしません。そしてババアは「アイヨォー!」と言いながらあきらめて去って行きました。

 わたしは無事に出国審査を終えたのですが、わたしの心に残ったものは勝利の余韻ではなく、大きな虚無感だけでした。そしてわたしは悟りました。彼らに関わっても好い事は一つもないんだなと。わたしはこれからは中国人には逆らわず、目も合わさず、なるべく同じ空間にはいないようにしようと思いました。そのかわりたまに石を思いっきりぶつけようと思います。背中の肩甲骨のやや下あたりを狙って。






2013/12/09

はじめのイポー

タイの日記もまだ完結していないですが
先週4日間ほど、奥さんとマレーシアのイポーという街に旅行に行ってきました。

イポーはマレーシアの真ん中よりもやや北のほうにある、山々に囲まれた街で、人口は50万人とマレーシアの中では3番目に大きい街だそうです。

シンガポールからは飛行機も出ているんですが、そんな贅沢なものは乗らず、いつもの冷蔵庫のように寒い深夜バスに10時間乗っていきました。

ホテルはいつもよりもちょっと贅沢に、Tune hotelという、ビジネス・ホテルに泊まっちゃったりなんかしちゃったりしたんですが、エアコンもいらん、テレビもいらん、タオルもいらんと、オプションを全部断ったら、一泊1500円くらいで泊まれました。奥さんは最後の最後に、どうしてもネットがしたいと言って500円払って、Wifiのパスワードを教えてもらってましたが、ほんとうにあのアマはネット依存症で困ります。

イポーで何が有名かというと、食べ物が美味しいということと、洞窟寺院が多いということです。それくらいしかないので、観光客はさほどいませんでしたし、欧米人は数えるほどしか見ませんでした。

というわけでとにかく毎日貪欲に色々な物を食べました。と言っても、ここも中国系が人口のほとんどを占める街なので、シンガポールと似たような中華料理がほとんどでした。それでも味付けがちょっと違っていて、旅行に来ているせいもあり、シンガポールのよりも美味しく感じました。とくに「もやし炒め」が有名で、このもやしが太く食べ応えがあり、とても美味しかったです。

もう一つの名物の、洞窟寺院にも幾つか行きましたが、これもなかなか広くて見応えがありました。街の周りにとにかく断崖絶壁のような岩山がたくさんあるので、そこに我先にと寺院を建てていったような感じがします。ホテルの裏にも岩山があったので、ブラッと行ってみたのですが、ガイドブックにも載ってないような小さい仏教寺院があったり、その横には俺たちだって負けてたまるかと、インド系のヒンドゥー寺院が建設されていたり、さらにその横にも手作り感たっぷりの掘っ建て小屋みたいな、これまた自称ヒンドゥー寺院があったりと、とにかく洞窟寺だらけでした。

あとイポーの特徴といえば、広東系の中国人が多い。そしてとても親切。横断歩道が全然ないが交通量は多い。娼婦がけっこういる。野良犬がおとなしくて吠えない。これくらいでしょうか。

そしてホテルの最終日の夜に、スーパーで買った安いウォッカを150mlくらい飲んだんですが、その夜中に目が覚めて苦しくてゲロを吐いてしまい、まさか飲み過ぎたのかなと思ったのですが、次の日の朝になって、どうも二日酔いの症状とは違い、腹痛に下痢に吐き気が常にあるという食当たりの症状が出て来ました。といってもいつもと同じものしか食べていなかったので、もしかしたらあの安いウォッカになにか危険な成分が含まれていたのかもしれません。

本当に虫の息といった状態で歩くのもやっとだったんですが、夜のバスまで時間を潰さなければいけなかったので、気合いで最後の観光をしましたが、重い物は全部奥さんに持ってもらいました。あとどうしても我慢できなくて、岩山の陰で野グソをしました。そして落ち葉で隠しました。帰りのバスの中ではさすがに漏らしたくなかったので、夕方からは水も食べ物も一切摂取せず、なんとか無事にシンガポールまで帰ってきました。帰ってきてからはすぐに回復しましたが、もう当分酒は飲みたくありません。みなさんも途上国で安酒を飲むのはやめましょう。インドなどでは危険な密造酒でけっこう人も死んでいますしね。

ということで、ティッシュは常に持ち歩きましょう。






















2013/11/29

タイ人地雷禁止条約(8)

10月30日(みず)

 朝7時頃起き、7-11でブルガリア・ヨーグルトを買って、近くの船着き場へ行きました。朝から釣りをしている地元のオジサン達がいましたが、その中にちゃっかり汚い格好をした、白人のオジサンも混ざっていました。もう完全にここに住み着いている方々だと思います。
 POLICEと書かれた大きい船も3艘とまっていて、船の甲板では坊主頭の若者たちがブラシとバケツでせっせと掃除をしていました。ジーッと見ていると、睨み返されましたが、ぼくは被っていた帽子をとって、ほらごらん、僕も君たちと同じ坊主頭だよ、と微笑みかけましたが無視されました。ブルガリア・ヨーグルトは間違えて無糖を買ってしまったので、ちょっと酸っぱかったです。

 近くで朝飯を食べてから、部屋でずっと読書をし、昼前にやっと「東野圭吾/手紙」を読み終えました。殺人犯の弟が差別を乗り越えながら生きて行くという話なのですが、普通に生きられる恵まれた自分の環境に感謝しました。とてもエエ話でした。なんでかわかりませんが、タイでもっとお金を使おうと思いました。

 12時頃まで部屋でウダウダし、チェックアウトしました。もうこれ以上フア・ヒンにいてもすることがないので、バンコクに戻って買い物でもしようと思いました。バス会社に行って、3時前くらいのバスのチケットを買おうとしたんですが、英語があまり通じなく困っていると、一人のタイ人の女の子が通訳してくれました。高校生くらいの子ですが、稀に見るカワイイ子でした。彼女もスタッフだと思ったので、荷物は預かってもらえるかとか、トイレはどこだとか、色々聞いて教えてもらいました。しかしよく見ると、私服を着ているし、待ち合い席に行儀よく腰掛けているので、もしかしてあなたも乗客ですか?と聞くと、笑顔でイエスと言ったので、丁重にお礼を言ったのですが、その笑顔が168点くらいの可愛さぶっちぎりでした。それからネットカフェなどで時間を潰しましたが、ずっとその子の笑顔が脳裏に焼き付いていました。これから同じ所へ向かうのだなあと考えると、ちょっとドキドキしました。変態か俺は。

 まだ少し時間があったので、例のレストランでまたカシューナッツ炒めを食べ、セクシーブス姉さんに、これからバンコクに行くというと、あらアタシはイサーン出身なんだけど、前はバンコクの大学に通ってたのよウッフン♥と言っていました。秋田出身の田舎娘が東京の大学に通い、そこで横浜出身の男性と出会い、結婚し彼の地元でいっしょに洋食屋を営んでいる、そんな感じなのかなと思いました。

 まだバスの出発まで30分以上ありましたが、バス会社に行ってみると、おまえコレに乗れと言われ、無理矢理早いバスに乗せられました。バスは順調に猛スピードでバンコクに向かいましたが、バンコクに入ってからはまた渋滞に巻き込まれ、およそ3時間で目的地のモチット駅に着きました。今夜はどこに泊まろうか迷いましたが、やはりあの民宿の食堂でまた食べたいなと思い、日本人宿に行きました。着いたときはもう日が暮れそうだったので、食堂で晩飯にまたコロッケ定食を食べました。

 前の気持ち悪い奴もういないだろうなーと思ってたら、リビングでタバコ吸ってました。一週間もなにやってんだこのクズ!と思いましたが、よく考えるとここには一週間以上泊まるオヤジなんてザラにいるんです。驚くようなことじゃないか、と思いましたがなるべく目は合わせないようにしました。彼が漂わす負のオーラが半端ないです。幽遊白書の下等妖怪みたいな奴です。でもほんとはちょっと話を聞いてみたい気もします。毎日なにやって過ごしてるんですか?

 夜の部

 夜10時くらに、また夜の街へと一人繰り出しました。懲りてない。まったく懲りていない。どこか面白い所を自分で探そうと思い、繁華街の小道を行ったり来たりしていると、アフリカ系黒人ばかりがいるエリアに着きました。怖いです。さらに先へ進むと今度はアラブ系のたまり場にでました。犯罪の臭いがぷんぷんします。しかしこれだからバンコクは面白いんだよなという感じもします。

 1時間ほどブラブラし、もう悪の雰囲気にオナカいっぱいになったので、ビールでも飲もうと前回行った盛り場へ行きました。ゴーゴーバーは入らずBARでちびちび飲みながら、男を捕まえる女性たちの逞しさを観察しました。でも実は女性よりもニューハーフの方が積極的で強引です。歩いてくる男の前にいきなり立ちふさがり、間髪入れず相手の両手をとり無理矢理自分のケツと胸を触らせます。自分の武器を惜しみなく使い、あっというまに獲物を巣へと連れて行きます。あの道だけは通るまいと思いました。

 10分ほど一人で飲んでいると、わたしのとこにも店の女の子が話かけてきたのですが、その子の顔を見てアレ!?と思い、おもわず「俺キミに6年前に会ったことあるよ!」というと、あっちは「えっ!?・・・ハシモト・・・ハシモトマコト!!?」
いいえ、わたしはハシモトマコトさんではありませんが、彼女の顔はたしかに見覚えがありました。わたしがはじめてタイに来た6年ほど前に、たしかここらへんのBARで通りすがりに股間を思いっきり握られたことがあるのです。
 ところでハシモトマコトとは誰かと聞くと、彼とはずっと昔にここで知り合って恋人になり、いっしょに日本で2年ほど住んだのですが、結局別れてしまったらしいです。2年もいっしょに暮らした彼と一瞬間違えられてしまいました・・。

 それにしても彼女は2年も日本に住んだことがあるだけあって、日本語がほんとに流暢で、色々なことを話してくれました。ちょっと小太りで、もう30歳くらいなのですが、いつかまた素敵な日本人の男性をつかまえたいそうです。
 20分くらい話して、「あなた今日はわたしを買う気ないでしょ?それじゃあわたし仕事続けるね♥」と申し訳なさそうに言って、笑顔でまた日本人のお客さんを探しに行ってしまいました。千葉県のハシモトマコトさん、彼女は何年もあなたの事を忘れられず毎晩泣いていたようですが、もうすっかり立ち直って、また新しい恋人を見つけるべく、毎日頑張って働いていますよ。

 BARで結局3本もビールを飲んでしまい、そろそろ帰ろうかなと思い、その前に建物内を少し歩いていると、あるニューハーフの店の前で、わたしより背の高いニューハーフに囲まれてしまいました。ちょっと寄ってきなさいよアンタ!と恫喝されて困っていると、一人のニューハーフが目に入り、アレ!?と思い、おもわず「俺キミに6年前に会ったことあるよ!」と言ってしまいました。
 またもや懐かしい人に会ってしまいました。彼女(彼)も、6年ほど前にニューハーフ3人とタクシーを相乗りして宿に帰ったときにいた一人でした。わたしの事はやはり覚えてないらしく、何を言ってもキョトーンとしていましたが、最後に「キレイになったね」と言うと、ちょっと嬉しそうにモジモジしていました。ほんとうは前よりもちょっと太ってて肌も荒れてたんですが、まだ同じ店でちゃんと真面目に?働いていたんだなあと感動しました。

 その感動に酔いしれながら、BARでもう一杯ビールだけ飲んでから、ダラダラ歩いて帰りました。帰り道に「みんな頑張ってんだなあ」と何回も一人で呟いてしまいました。





2013/11/25

FOODIE WISH LIST

シンガポールのフードマガジンに著名人の似顔絵と、その他のイラストを全部で30点近く描きました。
うちの奥さんがそのページのデザイン担当だったので、非常にスムーズに仕事ができました。
奥さん、また仕事お願いします。













2013/11/22

タイ人地雷禁止条約(7)

10月29日(火)

 朝8時に起床して、近くの食堂で朝飯を食べました。近道をしましたが、食堂に着くまでにエロ・マッサージの店の前を4軒も通過しなければいけませんでした。朝っぱらから、気持ち良いわよ〜♥と誘われます。

 食堂では米の麺が入ったスープを食べました。食堂のオバちゃんは気が良くて、とても太っていました。そして食堂の壁には、子豚さんが色々なコスプレをしている写真がたくさん飾ってありました。豚肉を扱ってる店なので、弔いの遺影みたいに見えましたが、聞いてみると、オバちゃんはただ単に豚さんが大好きなんだと言っていました。
 そしてオバちゃんの娘と思われる高校生くらいの女の子が、店の手伝いをしていたんですが、その子はゴリラに似ていました。店の手伝いがイヤなのか常にしかめっ面をしていて、ガニ股で歩いているのですが、なぜか着ている服だけは背中がバッコリ開いているセクシーなワンピースを着ていて、ちょっとドキッとしました。毎日、色んなアンバランスにからかわれている気がします。

 午後に、7-11に切手を買いに行き、ポストスタンプ売ってますか?と1分くらい大袈裟なジェスチャーをさせられたあげく、こんなとこに売ってるわけないだろ、郵便局行けと店員みんなに笑われました。鬼の首取ったような顔しやがってあのクソババア。おまえんとこにはもうODAはやらんから覚えとけ。コンビニで切手が買えるのは日本だけなのでしょうか。

 それから乗り合いバスに乗りって、20分ほどトロトロ走り、カオ・タキアップという山の上のお寺を見に行きました。ガイドブックに載っていたのと同じ、大きな金の大仏がいましたが、ガッカリ感がすごいです。でもまだ上に登っていけるようなので、急な階段をヒーコラヒーコラ登っていくと、またもや猿の王国が。民家や、店の屋根などでも暴れ回っていて、ときおりオジサンがパチンコを持って威嚇し追い払うのですが、そこまでして共存しないといけないんでしょうか。

 奥の方に汚い噴水があり、そこに猿が飛び込んで泳いだりしていたので、これは珍しいなあと思ってずっと眺めていました。すると後ろの方からキーキーッと猿がケンカする声が聞こえ、二匹の猿が軽いケンカをしながらこっちの方へ向かってくるなあと思っていると、ケンカしながらわたしの股の下を通過、そしてその勢いで一匹の猿がわたしの足を甘噛みし、何事もなかったように二匹は噴水に飛び込み再びケンカしていました。

 ヤバいッと思って足を見るとふくらはぎの所からうっすらと血が・・・。すぐに感染症のことが頭をよぎったのですが、じゃあ今からギャアギャア騒いだところで救急車も来ないし、それくらいでうるせえよハゲとタイ人に白い目で見られるのは確実。ということで、近くに坊さんがいたので、ジェスチャーで猿に噛まれちゃったけど、なにか手当してくれないかとお願いすると、脱脂綿となんたらアルコールと書かれた青い液体を持ってきて、軽く消毒してくれました。これで大丈夫?と聞いてみるとニッコリ笑っていたので、それでよしとしました。死ぬときは死ぬ、ガタガタぬかすな小僧、というメッセージだと受け取りました。
 
 疲れたので休憩所のような所に座って本を読んでいました。僕以外には猿が4、5匹いてのんびり蚤取りし合っていたのですが、一匹の猿が急にベンチから降りて、こちらにのそのそ歩いてきて、わたしの横によっこらしょと座ろうとするので、何この子気持ち悪い!やめてーなほんま!と反対側のベンチにすぐ移動したのですが、するとまた違う猿がこっちに歩いてきて私が移動するという、なんだかフルーツバスケットのようなことをしばらくやっていました。これ以上怪我したらかなわんと思い、しょうがなくその休憩所から離れたんですが、そのちょっと横で、観光客用に猿のエサを売っていたので、どうやら猿はそれをくれると思って近寄ってきたようでした。それにしても、一度噛まれているので、もう猿はこりゴリラ。

 その後また乗り合いバスで街に戻り、コンビニでアイス「マグナム」を買いましたが、なんとたったの120円でした。シンガポールでは350円します。そのときに嗚呼シンガポールに帰りたくない帰りたくなあいい!と思いました。
 それから昨日のセクシーブスのいるレストランで、念願のカニのカレー卵炒め(プーパッポン・カリー)を食べました。美味しそうに食べていると例のお姉さんが近づいてきて、わたしの飲んでいる長い瓶のスプライトのストローを掴み、ここをこう折るとストローが瓶の中に落ちないのよ、と教えてくれました。どう、わかった?みたいな顔をされたとき、あまりの艶っぽさにちょっと立ちくらみがしました。お姉さん食事中に僕の目の前で細長い形状の物をいじくるのはやめてください。

 夜はまたナイトマーケットがあったので、そこでお土産にキーホルダーや石けんなどを少し買いました。そして調子に乗ってシーフードの屋台で、またカニを食べようと思い、今度はソフトシェル・クラブという柔らかい殻のカニのカレー炒めを注文したのですが、これが食いづらいのなんの南野陽子。一生懸命殻を剥いて身を出していたら、気づくと料理が冷たくなっていました。冷や飯と、冷や蟹カレーで気分はちょっと下降気味だったのですが、その後にシンハビールを一本飲むと、脳内でm.c.A・Tが流れ出し、小躍りして宿に帰り、小説を読んで寝ました。








2013/11/20

タイ人地雷禁止条約(6)

タイ旅行6日目の日記です。

10月28日(月)

 朝7時半頃起きて、シャキシャキとストレッチ、そして朝ゴハン、からのシャワーを浴びて9時に宿をチェックアウト。今日はペッチャブリーの少し南にある、わりと有名な観光地「フア・ヒン」にバスで向かおうと思う。

 昨日町中で色々な人に聞き込みをした結果、フア・ヒン行きのバスは宿から5kmほど離れたスーパー「BIG-C」の前からしか出てないという。しかしガイド・ブックにはすぐ隣にある市場から出てるって書いてるんだけど、もう4、5年前のガイドブックだしなぁと、半ばあきらめながら、今一度宿のオバさんに聞いてみると、あっさりと「それなら隣の市場に行ってみな」とのこと。やはり持つべきものは宿のババア。

 市場でも身振り手振りで、聞き込みをしてなんとかバスを発見。すごいオンボロのバスで、運転手はアジア版ハルク・ホーガンといった感じの真っ黒なオヤジ。しかも奥さんと子供を隣に乗せていて、子供がギャーギャーうるさいし、オヤジもご機嫌に下手クソなタイ歌謡曲を延々と歌っていた。

 バスは1時間ほどで、フア・ヒンの街に到着。そこからガイドブックを頼りに、歩いて安そうな宿を探してみる。ガイドブックに載っている宿は、どこも値上がりして1000円近くする。グルグル歩き回っているうちに、気づくとBarが密集している、ホワイト・トラッシュ(ゴミ白人)御用達エリアに来ていた。すると、一人のデブな白人のオジサンがBarの中から話しかけてきて、ここら辺の宿の相場と一番安い宿を教えてくれたので、すぐそこに行きチェックインした。昼間からBarでホステスと酒を飲んでいるようなオヤジでも、たまには役に立つもんだ。というか本当にありがとうございました。

 宿は600円程で、けしてキレイではなかったが、広くて居心地は良さそうだった。一晩泊まってみて、体が痒くなってなかったら連泊することにした。すぐに外を散歩してみたが、宿はBarエリアの中心にあって、外に出るときは必ずエロ・マッサージの前を通らなくてはならないので、いちいち声をかけられるのがちょっと面倒だ。

 歩いて10分ほどで、すぐにビーチに出た。波打ち際には無数にパラソルが立っていて、簡易のレストランになっていた。そしてそこを馬が闊歩している。そして小さいイカやクラゲが打ち上げられている。なかなかユニークなビーチだ。
 30分ほど歩いてやっとビーチから抜け出し、スーパーでヨーグルトを買って食べた。タイで食べるココナッツ・ヨーグルトは安い、美味い、間違いない!(スーパーフリー)

 それからもどこに何があるかを確認し、土地勘をつけるために、ひたすら街を歩き回った。収穫は古本屋と、オーガニック石けんの店と、1時間30円のネットショップ。古本屋で小説「東野圭吾/手紙」を200円で買った。

 夕方に、高そうじゃなく、それでいて清潔そうで、かつメニューの見やすいレストランを見つけた。しかも店のお姉さんが、ブスなんだけどすごくセクシー。艶の塊といった感じで、彼女の一挙一動がすごく気になる。彼女に、悪いけど胡椒買ってきてと言われたら、わたしは走って行くだろう。そこで、海老のカシューナッツ炒めを食べた。とても美味しく、そして私が今回絶対食べようと思っていた、カニのカレー卵炒めをメニューの中に見つけ、明日も絶対来るぞと誓った。

 宿に戻り缶ビールを飲んで少し休み、暗くなってからまた街へ行ってみると、平日だというのにナイトマーケットが出ていた。バッタもんの時計やサングラスに、オシャレだけどちょっと作りが雑な物が所狭しと並んでいた。さらに屋台もたくさんあり、Tシャツを売ってるすぐ横で、大きいロブスターを真っ二つにして炭で焼いたりしていた。財布の紐が極端に硬いわたしは何も買わなかったが、せっかくなので、マンゴースティッキーライスたけ買って食べてみた。奥さんといっしょに食べるときはいつも美味しいが、一人で食べるとちょっと甘ったるかった。

 宿に戻る前に、怪しいBarエリアを一周してみたが、思ったよりあまり賑わっていなく、一つの店に2、3人白人のオヤジがいて、まったりビリヤードをしている感じだった。どこかでビール一杯くらい飲みたいなと思ったが、声をかけられると断るという癖がついているので、気がついたらもう一周していて、二周目はちょっと恥ずかしいということで、
コンビニでまた缶ビールを買って宿に帰った。ほんと根性無しだなと思ったが、飲んでいると一人でいる事がすごく幸せに感じられ、その気分のまま寝た。