2017/05/17

ヒッコス

マレーシアのKulaiに家を借りた。平屋建て一軒家、庭付きで月1000RM(2万6千円程度)

寝室とリビングと小さい庭だけあれば、私と奥さんには充分だと思うのだが、田舎なのでそうそうちょうど良い物件など見つからないだろうから、とりあえずそこにした。契約上、半年で出なければいけないので、住みながら他の物件も調べたりしていくつもりだ。

シンガポールの仕事は続けられるかわからないが、収入は半分くらいになりそうだ。しかし出費も半分くらいになりそうだからこれでいい。
マレーシアという国の性質上、ありえない事態もたくさん起こるような気がするが、ここ7年ほどクソヒマだったのでそれもいいかもしれない。

今晩そのKulaiの友だちが車でシンガポールに来てくれるので、彼の車で大きい荷物を運ぶ。高価な物はイチャモンつけられてお金を取られるなんて聞いたが、私の物はどっからどう見てもゴミにしか見えないので大丈夫だと思うがどうだろう。

新しい生活が始まる事に少しワクワクしているが、期待などするとろくな事にならないので、そのワクワクを抑えるように努めている。人生はなるようにしかならない。それよりもまたインドネシアに旅行に行きたいな。



2017/05/02

『 足がない 』

スーパー猛毒ちんどん


『 足がない 』


手も足も自由に動かないからね あの人に、何もしてあげられないから 私にいいことばかりを言わないで 尊敬してるなんていわれても悲しいだけ ほんのちょっと、アナタにヤキモチを焼かせる、イヤな女になりたかったな ほんのちょっと、いつもアナタが悪口を言う、彼女のような 私には、アナタの部屋に行く足がない 私には、アナタにかける声がない あなたの前で泣きわめく声がない あなたを満足させることもできない 本当の気持ちを言ったら、もうアナタはここには来ない だからこのままでいい 心をのぞかないで 私はアナタに謝られるのが恐い





2017/04/26

ノーンカーイから寝台列車乗って帰るよーとっととー

これから寝台列車でバンコクに帰る。今ノーンカーイである。
列車の発車時刻まで時間を潰しているが、隣のテーブルにはスマホでピコピコとゲームをしている女の子が一人。そしてそのテーブルの隣の隣のテーブルにその親らしいグループが座って談笑している。女の子のピコピコがうるさいから自分達から離れた席で一人でピコピコさせて俺がそのピコピコにイライラきているという図なのだろうか。それってひどい。

ノーンカーイでは Mut Mee Garden という有名なゲストハウスに泊まった。10年前くらいに泊まったことがある。一番安いシングルルームは狭いが蚊帳もついているし、中庭が広いカフェになっているので、ああこれは素敵な時間が過ごせそうだぜと思ったが、その中庭の蚊がすごかった。昼間でも常時2、3匹まわりにいて飛び回っててイラつくのに、それが夜になると5、6匹になってもうひどい。長ズボンをはいて、ウィンドブレーカーを着てなんとかしのいだが、ムシ暑くてイライラ。250THBと安かったのだが、よく探せば他にも250THBくらいの所もありそうなので、次回は泊まらないかもしれない。それにしても蚊はオレの所にはすごかったが、周りの西洋人の方にはあまりいないように見えた。少なくとも彼らはなんのリアクションもしていなかったので、いても気にならないのか。オレはちょっと刺されただけでも、もんのすごく痒くてもんどり打ちそうになったが。天然虫除け体臭なのかファランは。

さて結局なにもしなかったノーンカーイ。レンタル自転車もあったが借りないで、街中をただ行ったり来たりして買い食いしただけ。落ち着くんだけど、もう来なくてもいいかもしれないなここも。ファランもたくさんいてみんな外国人慣れしてるから、レアキャラにもなれないし。

そんな感じでノーンカーイをもうすぐあとにするわけだが、今回の旅の総評にうつる。

タイはいい!人も優しいし、飯もうまいし、どこに行ってもおしゃれカフェやショッピングモールがあるし。しかし、タイはもうダメだ。人々は年々不幸になっていってるような気がするよ。まずはスマホが普及しすぎて、目が死んでるやつが増えたし、体に悪そうな食べ物がほんとにたくさんある。とくに甘い物。そしてみんなそれに中毒になっている。クリニックなどはいつ通りかかっても大勢の人で溢れている。そのクリニックの前に屋台が出て、これまた体に悪そうな物売ってるから困ったもんだ。コラートでも休日、店は全部閉まってたのに小児科と思われるクリニックだけ夜も開いてて、子供たちがたくさんいたのを覚えている。かわいそうに。
そしてTV、広告、雑誌などが、人の欲望をあおりまくっている。デザインやクリエイティブな面が急速に発展したんだけど、案の定それが人を騙す方に働いているような気がする。とくに男の性欲を煽るものがすごい。エロ本はさすがにないが、どうせネットでエロ動画なんてたくさん見られるだろうし。男たちはかつてないほどに悶々としてると思うよ。そして女たちはキレイになりたい、お金がほしい、セレブみたいな生活がしたいと、ギラついている。
日本と共通点もかなり多いんじゃないだろうか。そんな感じで、タイ国民には残念だが、そんなタイに私は旅行者としてこれからも頻繁に来タイ。旅行者の事をすごく考えてくれてるからねタイは。おかげで国民の事はそっちのけなので、国はどんどん悪くなって国民はどんどん不幸になっていく、というような感じを今回(いつも)受けたのだけど、ちがうかな?どうでもいいや。早く帰って自分で料理したいわ。












2017/04/24

さらばローイエット、そしてウドンターニー2017

ウボンラチャターニーのあとに行ったのは、ローイエット。タイ語で101という意味だが、なぜかは知らない。101匹ワンちゃんとか、台湾101とか、あと101回目のプロポーズというのもあった。101というのはなにか特別な意味がある数字なのだろうか。

ローイエットでは、地球の歩き方にのっていたサイティップホテルに泊まった。古いがけっこう大きいホテルで、エアコンが320THBの、ファンが240THBだったように思う。私はもちろんファンルームに泊まった。TVもついているし、ベッドもダブルで大きい。そしてスタッフさんがどの人もフレンドリーで、イヤな感じがまったくなかった。しいて言うならWi-fiがちょっと不安定な感じもあったが、ホテルの目の前にChobkay Coffeeというカフェがあり、そこがWi-fiがよくレトロな内装で居心地がよかった。後払いなので、最初に行ったとき清算せずにシラッとホテルに戻ってきてしまったが、カフェのお姉さんがおっかけてきた。申し訳ない。
閉店時間は何時ですかと聞いたら、サーム(3)トゥイというので、ええ!?午後3時!?早い!?っていうか今もう午後4時なのに!?と思って謎だったが、しばらくしてサームトゥイは午後9時だということがわかった。

ローイエットの町の中心には大きい池があり、その池の真ん中に大きい公園がある。ここは町の人達の憩いの場所となっており、夕方くらいになると老若男女がわさわさと集まり始め、思い思いに運動したりまったりしたりしていた。
ホテルの近くにはナイトマーケットもあり、そこは朝も普通に市場になるので、朝から晩まで色んなものが食べられる。しかしそろそろタイ料理にも飽きてきていた。とくに肉肉しいのがキツイ。野菜が食べたい。と思い、茹で野菜が売っていたので、それとナンプリック(辛いタレ)を買ってきて、部屋で草食動物のようにムシャムシャ食べた。

ローイエットの人達は比較的気さくで優しい人が多かった。ただ歩いてるだけなのに、笑顔で挨拶をしてくれたお兄ちゃんや、巻きタバコの紙は売ってないですかと、商店に聞きに行ったときに、私が必死にタイ語をしゃべるのを、キラキラした目で見守ってくれていたオバさんが印象的だった。

あと今回は行かなかったが、ローイエットの近くには良いクオリティの地獄寺が2つもあるらしい。町にはレンタルバイクや、レンタル自転車が全くなかったので、今回は行かなかったが、次回はなんとか行ってみたい。

そういうわけで、とても居心地の良い町でとりあえず3泊してみた。それからバスでウドンターニーまで行ったのだが、この時にバスターミナルから乗ったピンクバス(そういう会社のバス)が、ウドンターニー直行というよりは、各駅停車のようなバスだったので、グーグルマップでは3時間で行けると書いてたのに、コーンケーン経由で結局4、5時間くらいかかった。短気なのでかなりイライラしたが、そんな急ぐ旅でもないだろうと心を落ち着かせた。


ウドンターニーは前に軽く立ち寄ったことが2回ほどあったと思うが、今回は初めて宿泊してみた。ホテルはTOP MANSIONという、夜遊び人向けのホテルで、ナイトスポットの中にある。ファンはないので、エアコンルームで一泊550THBだったが、広いし清潔だし申し分なかった。ただ夜はどっかのBARのズンズンいう重低音が少しイラついた。近くのバービアに3軒ほど入ってみたが、若い子は英語がぜんぜん話せないし、英語上手なオバさんも40越えだし、なんといってもファランが多過ぎて、日本人は全然かまってもらえないという状況だった。といっても態度が悪いわけではないが、あっちも仕事なので、金にならないアジア人より金を落としまくるファラン親父共の相手を優先するのはあたりまえなのか。それにこんな状況だと悪態をつく日本人もけっこういそうなので、日本人はあまりかまってもらえないのかもしれない。まぁそれでもビールは一本60THBで、バービア嬢からのおごって攻撃もとくにないので、3軒回って1本ずつ飲んでも180THBと、たかがしれている。バンコクだったらすでに1000THBくらいとられていたかも。

街にはとくに観るものもないので、プラチャック公園という大きい公園に行ってみたが、ここが木陰も、ベンチもなく、ただダダッ広いので、炎天下を歩いていて死にそうになった。
あとせっかく物価が安いので映画でも見ようと思い、夜8時からの『Ghost in the shell(攻殻機動隊)』を見に行った。上映開始時間5分前くらいに入ったが、だーれもおらず、ちょっと怖かった。時間になると6、7人やっと入ってきて、宣伝予告の最後にプミンポン国王の追悼のビデオが流れると、みんな直立したので私もならって立ち上がった。タイはこういうのがすごいな羨ましい、と思いつつも洗脳なんだよな結局と思い直した。映画は素晴らしかったが、見終わってから店もエスカレーターも全部止まっているデパートから抜け出すのが一苦労だった。スタッフもいないし英語の案内も何もないし。

そんな感じでウドンターニーには2泊して、今日は昼過ぎにミニバスで「ノーンカーイ」にやってきた。
もうきっと5回目くらいになるのかこの町に来るのも。2日後の夜にここから寝台列車でバンコクに帰る。それまでのんびりできるといいな。

【 ローイエット 】













【 ウドンターニー 】







2017/04/19

さらば俺たちのウボン

今ウボンラチャターニーのバスターミナルにいる。
やっとこの町を出る決心をした。居心地がほんとよかったので、住み着いていいなら住み着きたい。

2日前の夜にいつものナイトマーケットで飯を食べようとしていたら、突然日本語で話しかけられた。「アナタハニホンジンデスカ?」
見ると高校生くらいのタイ人の青年。
続いて「アナタハセンセイデスカ?」
えっ?と思った。なぜ私が日本語を教えていると知っているのか?もしかしてオレの知り合いの知り合い?えっ こわい。と思ってなんで先生だって知ってるの?と聞き返しても、あまりわかってないよう。すると隣からもう一人のタイ人が。すると青年が、「コノヒトハワタシノオニイチャンデス」
そしてそのお兄ちゃんは日本語はわからないが英語が堪能だったので、なんとか話しができた。
聞くと、青年の方が大学で日本語を習っており、私が日本人だと思ったので話しかけてみたとのこと。まだご飯も食べてなかったので、3人で座って少し話しをすることに。
青年はお兄ちゃんと言っていたが、べつに血がつながっているわけではなく、彼らはウボン出身ではなく、チョンブリー県の出身で、出身地が同じだったので仲良くなり、お兄ちゃんの方はもう仕事をしていて、しかし大学の同じ寮に住んでいるらしい。社会人でも寮に住む事ができるのだろうか。

そして話しの流れで、明日郊外へドライブに行くからいっしょに行かないかと誘われ行く事に。青年の方は日本語と英語が少しだけできるだけなので、お兄ちゃんが色々通訳したりしてくれた。
青年の名前はノン君で、お兄ちゃんはゴルフさんというらしい。

ちょっと会話にも疲れたので、そろそろ帰りましょうかと言って、電話番号を交換し、翌日の午後に会う約束をした。宿に戻ってから、川沿いのオープンバーに一人で飲みに行った。オープンバーと行っても遊歩道にイスとテーブルを少し並べただけだが。店のお兄ちゃんが、私に日本人?と聞いてきて、とびきりの笑顔で「イラッシャイマセ」「コンニチハ」と言ってくれた。私はチャンビール50Bを注文してイスに座ると、しばらくして流れている曲が日本のヒップホップに変わった。アーティストはわからなかったが、お決まりの仲間や家族に感謝する系のリリックで、うるさくてあまり好きじゃなかったが、彼がもしかしたら私に気を遣って流してくれたのかなと思うと、とても嬉しかった。ヒマだったのでリリックを書き取ってみたが、「仲間とここまできた。あきらめることなんていつだってできたけど」とかなんとか歌っていた。タイ人はもちろん意味はわかってないと思うが、きっとすごくかっこ良く聞こえるんだろう。ビールを2本ほど飲んで帰るときに、お兄ちゃんに軽く会釈したら、また「イラッシャイマセ」と笑顔で言ってくれた。とても気分の良い夜だった。

次の日、昼の1時頃にゴルフさんの車がホテルまで迎えに来てくれた。二人だけかと思ったが、ノン君の大学の先輩3人もいて、車の中はギュウギュウという感じだった。みんな和気あいあいという感じで、もちろんタイ語がほとんどだけど、できるだけ会話に入ったりカタコトのタイ語で話しかけたりしてみた。車は1時間くらいである山の上にある、少しオシャレなお寺に着き、しばし観光したあとラオスとの国境に行ったが、私はパスポートを持っていなかったので、大学生達だけが国境を越えて買物を楽しんできたようだ。わたしとゴルフさんは近くの市場をブラブラしたり買い食いしたりして時間を潰した。ゴルフさんはおそらくゲイなので、わたしは少しだけ心配だったが、とくに変な事も言われず二人で色んな話しをした。
1時間ちょいで大学生達が戻ってきて、それからみんなで夕食を食べ、また同じお寺に寄った。お寺の影や地面に蛍光塗料が塗られていて、夜はそれがキレイに光っていた。それを見終わって宿に戻るともう9時くらいになっていて、FBのアドレスを交換して別れた。みんな本当に気さくな感じで、私も全く緊張せずにすみ、とても楽しい一日だった。ゴルフさんは大学生達はスマホ中毒だと言っていたが、ゴルフさんも夕食中はずっとスマホを見ていた。

次の日は午後からずっと散歩をしたり意味もなくソンテウ(ミニバス)に乗ったり、有名なお寺に行ったりし、夜はついに部屋に蚊が一匹だけ出現したので(すぐに叩き潰し事なきをえた)そろそろ次の町へ行ったほうがいいのかなと思い、今日朝飯を食べてからすぐに荷物をまとめ宿を出た。
10番のソンテウがバスターミナルへ向かうと聞いたので、宿の近くから乗ってみた。一応他の乗客に聞くと行くよというので安心して乗っていたら、結局そのソンテウはバスターミナルとは反対側の終点に行き、そこでしばしまったりしてから、ふたたび同じ道を通ってバスターミナルに向かった。予めバスターミナルに行きたいと告げていたので、このソンテウじゃなく反対車線のに乗りなよと、誰か言ってくれてもよかったんじゃないかなとも思ったが。。。べつに急ぐ旅ではないのだが、これで3、40分くらいロスしたと思う。やはりイサーンではある程度タイ語が話せないと、自分の思い通りに事は運ばないようだ。


バスターミナルからどこに行くかはまだちゃんと決めていなかったが、どうやらけっこう色んな所に行くらしく、プーケットやフアヒン行きなんていうバスもあった。そして私は133Bでロイエット行きのバスに乗った。

つづく





















2017/04/15

はじめてのウボン

わたしは今、ウボンラチャターニーにいる。
ここに来る前にはスリンにいた。スリンはイヤな感じだったなぁ。

スリンに行く前にネットで少し検索したら、「微笑みを忘れたタイで、まだ微笑みを忘れていない町!」なんて事が書いてあるもんだからてっきり、人がめっちゃ優しいんだな、温かいんだな、と少し期待して行ってしまった。
しかし行ってビックリ、どちらかというと都市よりもむしろ笑顔が少ない。まず私が何か聞こうとして近づき、話そうと口を開けると、ものっすごくうとましそうな顔をする。気持ちはわかるよ、見るからにタイ語話せなさそうな外国人だもんね。しかし私は頑張ってタイ語を話す、そしてたいていそういう必死に頑張る外国人に対しては、タイ人は寛容に対応してくれたと思うが、スリンではほとんどの人にめんどくさそうに対応された。それが悪いと言ってるのではなく、ちょっと意外だったという事。

極めつけは市場で飯を注文したとき、そこには自由に取っていい野菜があり、その隣に無料ではない揚げパンみたいなのがあって、間違ってそれも食べてしまったときの店のおばはんのイヤそうな対応。そして勘定のときに、そのおばはんじゃない店員に会計頼んで、ちゃんとその揚げパンの事も自己申告してるのに、横からそのおばはんが、40バーツじゃないよ!47バーツだからね!と血相変えてその店員に言ってるときに、すごく悲しくなった。それ以来ほかの人の態度もニ割増しくらいでイヤな感じに思えてきた。おばはんの功績は大きい。

それでもしかたなく2泊したが(とくに急ぐ旅でもないので、できる限り2泊以上するというルール)昨日の朝、電車に乗って3時間かけ、正午にここウボンラチャターニーに着いた。
驚いたのは電車が時刻表通りにスリン駅に到着し、ウボン駅にも定刻に着いたこと。てっきり30分は遅れるだろうと思って、スリン駅に列車の発車時刻くらいに行ったので、危なく乗り遅れるところだった。

そしてウボン駅に着き、2番のソンテウ(ミニバス)に乗って市街に向かったが、その道中、道ばたから水をぶっかけられ、後ろからきた車(バンの後ろに水鉄砲やバケツを持った子供たちがたくさん乗っている)にも水をぶっかけられた。ソンクランの洗礼だ。
私の他には、他の町から来たっぽい女の子たち3人、リアクション大きめ、やっだもーーーとうんざりした感じ、もう一人は地元のおじさん、ずぶ濡れで寡黙に座っている。とてもシュールな光景だった。

そして市街に着くと、店は9割方シャッターが閉まっており、道には誰も歩いていない。車もあまり走っていないが、唯一走っているのはその標的に飢えた子供達を載せたバンがたくさん。もうなんというかある意味、リアル北斗の拳のような状態だった。


とりあえずガイドブックに載っている、シーイサーン2という所に行ってみた。ある人のブログに、ここはオジさんが無愛想で建物も古くさくて最悪と書いていたが、オジさんはたしかに特に愛想がいい方ではないかもしれないが、私がカタコトのタイ語で話しても、忍耐強く話しを聞いてくれ、部屋もいくつか見せてくれ、ファンやwifiについての質問にも答えてくれた。英語はまったく話せないが。
部屋はたしかに古かったが、すごくキレイに掃除されているし、網戸もしっかりしていて蚊もとりあえずいなさそうだった。さらにwifiも部屋まで届いているし、あとから見つけたが5階に廃墟となった屋上があって、そこからは河と町が一望できた。本当にいい景色で、蚊もおらず本当に落ち着く。これでたったの200バーツ(600円)、さらに隣には大きな市場がある。ラオスとの国境が近いので、バゲットやベトナムスタイルコーヒー(ラオス名物?)も売っている。

昨日はソンクラン二日目で、町は静まり帰っていたが、大きな公園でソンクランフェスをやっていて、そこには人が大勢いてもりあがっていた。スプリンクラーみたいのから水が吹き出してる道があって、みんなそこでずぶ濡れになり、ライブコンサート見ているんだけど、よく見ると公園の周りにある堀から水をひいているような感じがした。なのでそこには行かず、遠目に見ていた。

夜は違うステージでイサーン民謡みたいなコンサートがあり、屋台で買った飯を食いながらそれをずっと見ていた。前にもチェンマイでこの手のコンサートに見入ってしまった事があるが、どうやら私はこのタイ民謡がツボにはまっているようだ。
今晩もまたあれが見られるといいんだけど。