2017/12/25

初めてのミャンマー4

十四日目【12/22(金)】

7時過ぎまでぐっすり眠り、起きると窓から朝日が差し込んでいて、暖かい。ホテルの屋上に朝ご飯を食べに行ったが、そこも朝日が差していて暖かい。朝日を背に受けながらモヒンガーを食べる。初めて食べたかもしれないが、サクサクの揚げ物が入っていて、どんべい緑のたぬきのような感じがした。
部屋でシャワーを浴びたりして、チェックアウトギリギリまで部屋にいた。
チェックアウトし、ロビーでオーナー夫妻と色々話した。二人ともインダー族とビルマ族のハーフだそう。シャンの納豆のことを話したらやっぱり知っていて、ペッパー?と呼んでいた。
シャン料理にはペッパーとンガピを必ず入れなきゃいけないと言っていた。
ホテルを出て近くの店でレンタル自転車を借りる。とりあえず川沿いを南に走って小さい村を通ってみたが、また来てはいけない感を感じた。しばらく進んだところで、少年に行き止まりだと教えてもらい、ボートに乗らないかと乞うような目で言われたが、やんわりお断りして引き返した。値段交渉くらいしてあげてもよかったかなと少し後悔するが、やはり突然の予期せぬ出来事には全然対応できない。
またはずれの方をゆっくり走り、砂埃がすさまじいので、また昨日のPubに入り、ビールとフライドポテトを食べる。タマリンド入りのビールを飲んだが、魚の内蔵のような後味がしてまずい。
4時頃に自転車を北に走らせある僧院を見に行く。帰りにお土産屋のおばさんに4000kで風鈴を買わされる。
自転車を返し、ホテルで待っているとピックアップトラックがかなり早く到着する。トラックは人が走るより遅いスピードで、他に二組の白人を乗せ、バスオフィスに着く。30分ほど遅れて6:30にバスが到着する。
私の席だけリクライニングが壊れていて、倒してもすぐに戻ってしまう。これでは絶対寝られないと思ったので、最初のパーキングエリアで奇跡的に唯一空いていた後ろの席に移動する。パーキングエリアではシャンヌードルを食べた。その後もう一人女性が乗ってきて、その席に座る。非常に不憫だと思ったが無視を決め込み狸寝入りをした。女性はイスを倒せないので、丸まって寝ていた。一番安いバスだったが、今後は絶対中級以上のバスに乗ろうと思った。


十五日目【12/23(土)】

12時間はさすがに長く体がすごく痛くなった。6時頃にヤンゴン市内に入ったが、渋滞に巻き込まれる。満員市営バスに乗っている人達がすごく可哀想だった。道路沿いには、何かを待っている人々が寒そうにしていたが、女性はほぼみんな顔にタナカを塗っている。けっこう塗り過ぎの人がたくさんいてホラーな光景。
7時前にやっとバスターミナルに着き、タクシーと交渉するとヤンキン地区までは最低でも5000k。ヘンリーに聞くと3000kと言っていたし、自分もそれぐらいだと思ったので断る。タクシーに乗る前にウンコが猛烈にしたくなったので、レストランでミルクティーを頼むが、トイレは別の所にあり、200k払って用を足す。ミルクティーを一気に飲み干し、バスターミナルの外に出て、タクシーを捕まえる。結局5000kが妥当だと思い払う。
30分ほどで友人ヘンリーの家の周辺に着いたが、それらしい建物は見当たらない。そしてまさかと思った年期の入った4階建てくらいのアパートからヘンリー現る。しかし部屋に入ってみるとなかなかキレイで、素敵なベランダもある。聞けば前のテナントもフランス人で、家賃は600ドルほど。
トーストを食べてコーヒーを飲み色々話す。
30分ほどゆっくりして、また腹が減ったのですぐ隣の、けっこう有名らしい食堂に行き、軽く食べるはずが二人分のセットメニューのような感じになり、サイドデッシュがたくさん出され、デザートも来て結局8ドルほどかかる。
食後に近辺を二人で散歩し、彼のお気に入りだという家具屋に行く。植民地時代の英風家具がたくさんあり、それを直して売っているらしい。
時間は11時半になり、ヘンリーは大事な昼食があるので、家に戻り着替えてすぐに出かけて行った。私は部屋に残り少し仮眠を取り、1時前に家を出てインヤ湖に行ってみる。散歩でもしようと思ったが、暑過ぎて断念。ミャンマープラザに行き、安いカフェでアボカドケーキとコーヒーを飲む。とても安かったが、なかなか美味しかった。少しデパートを散策し、また外に出て南へ向かって歩く。道沿いにたくさん店があり、庶民の暮らしが見えて興味深かった。ある小道を歩いていたら、ゴールデンロックのミニ版を見つける。そこからさらに15分くらい歩き、チャウッタージー・パゴダに到着。あまり期待してなかったが、大仏がデカ過ぎて、ハンサム過ぎて感動。日本人旅行者も何人かいた。ここははずせないポイントらしい。トイレに行ったら裏庭で若い坊主が袈裟を脱いでサッカーをしていた。
寺を出てタクシーを捕まえてヘンリーの家へ帰ったが、直前にヘンリーから夕日が見えるからダウンタウンへ来いとメールが来たが、疲れていたので家で30分くらい休み、夕日が完全に沈んだ頃に再びタクシーに乗ってそこに向かう。
タクシーの運転手はせっかちなのか、荒い運転で小道ばかり通る。かなり道を熟知してると思われる。おかげで早く着き、降りるときもすごく感じが良かった。見た目は麻薬中毒者みたいな人だったのに。
場所は高そうなルーフトップバーで、どこにいるのかと探したらVIPルームで金持ちそうな年配の白人さんと飲んでいる。サンダルにみすぼらしい格好で来てしまったが、みんな口々にアリガトウとかコンニチワと挨拶してくれて、暖かく迎えられる。KLで歯科医をしているパキスタン人の女性、アンソニーホプキンスとみんなに呼ばれているおじさん、それにこのバーのオーナーのドイツ人の青年。突然の事でよく状況がわからなかったが、とりあえず笑顔で、ワインやウイスキーをたくさん飲ませてもらった。バーは12階だが、この界隈では相当高い建物らしく、街が一望できた。
1時間ほどいてから、ヘンリーとおいとまさせてもらい、タクシーで19番ストリートへ行き、BBQを食べてまたビールを飲み直す。ヘンリーは子供の乞食が来る度に容赦なく追い払っていた。飲みながら、結婚やお互いの人生などについて一時間くらい色々話した。
帰りもタクシーを捕まえて帰ったが、ヘンリーは相当酔っぱらっていて、タクシーの中でもはっちゃけていた。
11時頃家に着き、ソファーで寝たが、思いのほかぐっすり眠れた。


十六日目【12/24(日)】

7時半頃起き、二人でベランダでコーヒーを飲む。9時頃に二人で家を出て、ダウンタウンのラッキーセブンという有名なティーショップへ行く。店に着いたが、ヘンリーは店に入らず彼女と20分くらい電話で話していた。大変そうだった。
私は先に色々注文して一人で食べ始めた。店は点心ショップのような感じで、手頃な料理がたくさんあり、少年たちが2、30人くらい働いている。ヘンリーは、彼らは元ストリートの少年たちだと言っていた。
食べ終わってから近辺を散歩してみる。アパートの上から紐がたくさんぶら下がっていて、先端にクリップがついていたが、どうやら郵便ポストの代わりらしい。なるほど、部屋の番号をぶら下げてるヒモもある。
ユザナ・プラザに行こうという事になり、サイカー(客が二人乗れる自転車タクシー)を捕まえる。ヘンリーは100キロ近くあるので、少年は大変そうだった。坂道ではさすがに降りて、押すのを手伝ってあげた。サイカーは道の中央あたりを走るので、なかなかスリリングで面白かった。15分くらいでユザナ・プラザに着き2000k払った。
ユザナ・プラザは巨大でほとんどがブティック。なかなかモダンな服や、セクシー系ドレスもたくさんあった。ロンジーを買うつもりだったが、男物のロンジーはあまり多くなく、結局買わなかった。ヘンリーはプロレスラーのような大男なので、ものすごい注目を浴びていた。
ユザナ・プラザを出て、またタクシーでダウンタウンに戻り、ラングーン・ティーハウスという人気があるカフェで、モヒンガーとサモササラダを食べ、食の安全性などについて色々話す。難し過ぎてあまりよくわからなかったが。
3時頃に店を出て、タクシーで家に戻る。家に着くと、隣の家のおばさんがメリークリスマスと言って、チーズケーキと葡萄をくれた。クリスチャンらしい。
家でゆっくりし、日記を書いたり昼寝したりする。ヘンリーはお母さんとスカイプをしていた。毎週するらしい。
夕方頃二人でインヤー湖に散歩に行く。夕焼け空がとてもキレイだった。帰り道に割とキレイめなローカルレストランで夕食を食べる。英語メニューはないが写真付きメニューがあったので、なんとか予想しながら頼もうとするが、ヘンリーがグリーンカレーと、パイナップル・フライドライスを食べたいと良い、スマホで写真を見せて店員は大丈夫と言ったが、来たのはカンコンの鶏肉炒めと、パイナップルの鶏肉炒めだった。シュール過ぎて笑えなかったが、あとからジワジワ来た。私は面白かったが、ヘンリーは本当にあきれかえってる感じだった。ビールをたくさん飲み、柔道クラブの話しなどをした。もちろん今までは話さなかったが、色々思うことがあったらしい。
家に戻りウイスキーを飲み直す。
隣人のオバさんが教会に誘ってくれたので、8時半頃に近くの教会に行ってみることに。家を出ると、オジさんが待っていてくれて、教会まで連れて行ってくれた。オジさんもクリスチャンで、とても上手な英語を話していた。
教会はミャンマー人だけで、みんなでビルマ語で歌を歌っていた。15分ほどいたが、よくわからなかったので二人で歩いて帰る。
またウイスキーを飲み直し、11時過ぎくらいに寝た。


十七日目【12/25(月)】

朝5時半に起き、出発の準備をして6時前に家を出た。ヘンリーがGrabタクシーを探してくれたが見つからなかったので、普通のタクシーを捕まえて乗り込んだ。まだ日も出ていなかったので、道は空いていた。空港までは5000k。Web-Check Inをすませてあったが、あまり関係ないらしくカウンターの列に並んだ。エアアジアのカウンターは旅行に不慣れそうな地元の人がたくさんいて、ちょっとテンションが高めだった。搭乗ゲートに入り、腹が減っていたので山小屋ラーメンを食べた。11500k。
8時過ぎに搭乗すると、飛行機はほぼ満席で、席の頭上の荷物入れも満杯。しょうがなくかなり後ろの方に荷物を入れた。おそらくこれからマレーシアに出稼ぎに行くっぽいミャンマー人がたくさん乗っている。
離陸や着陸のときは窓の外の景色を、みんな食い入るように見ていた。
12時40分にクアラルンプールに到着。空港内は見るからに田舎もんばっかで、入国審査場などは相変わらず、田舎丸出し中国人がたくさんいて、列を乱したりして色々癪に障る。いい加減国際空港は中国人専用カウンターを設けろよと思った。
バスチケットカウンターでKLセントラル行きのバスを12RMで買い、バスは2時に出発し一時間でセントラルに着く。すぐにローティーボーイを買ったが、マレー語を使ったら店員が笑ってくれてかわいかった。
いつものPOD’sホステルのドミにチェックイン。シャワーを浴びて、ロビーでお茶を飲んでゆっくりする。

今夜KLに一泊したあと、明日の昼のバスでKulaiに帰る。


今回はagodaで予約したホテルが全部で110 SGDくらい。両替したのが400 SGDで、手元には70 SGD分くらいミャンマーチャットが残っているので、旅行に使った総合計は、440 SGD(37,000円)くらい。飛行機代はAirAsiaで往復 90 SGD。でもKL空港往復で、40 SGDくらいかかった。

これで今回のミャンマー初旅行は終了。

今回もまた無事に帰ってこれた事に感謝します。メリークリスマス。





















初めてのミャンマー3

九日目【12/17(日)】

夜は朝3時近くまで寝られず、7時頃に目が覚めると向かいのベッドの女性二人はすでにいなかった。早朝の鉄道で移動したと思われる。
8時頃に朝食ブッフェを食べ、もう一泊できるかとフロントで聞いたら、今の部屋は今日は満員なので、違う部屋に移ってもらうと言われ、考えた末にホステルを変えることにする。10時前に荷物をまとめてホテルを出る。駅まで行ったが、大きいだけで英語表記もほぼなく面白くない駅。線路の向こう側へ行き、そこから歩いて5分ほどで、Downtown@Mandalay hostelに着いた。レセプションの女性はきさくで英語が上手で、この際だからと色々な事を聞いてみたりした。無料のタナカもおいてあり、なかなか素敵なホステルだ。部屋がまだ用意できないというので、自転車を借り荷物を置いて街に出る。
ホステルで教えてもらった近くのミャンマーレストランへ行くが、昼時で混んでいて料理を頼むのもやっとだった。店の一人の男子は日本語を少し話してくれたが、他のスタッフはちょっとめんどうそう。美味しかったが、さっさと食べて出た。
そのあとイワラジ川の方へ走ってみた。イワラジ川ともう一つの細い川との分岐点につき、公園があったので川を見ながら少し休んだ。大きい川には遊覧船などがたくさんあるが、小さい川には竹で組んだ大きな筏のような所で、住民が洗濯をしたりしていた。かなりの貧困。濁った川で魚でもつかまえようとしているのか、首だけだして四つん這いでいる少年。川沿いには祖末な掘建て小屋がどこまでも続いている。
その川沿いを自転車で北上、川の反対側には団地が立ち並んでいて、そこもあまりキレイな環境には見えないが、川沿い側に比べると一ランク上?の貧困。
川を渡る橋のようなものがかかっていたので渡ってみた。橋のたもとでは住民が川に浮かぶ何かをザルですくって足で踏んだりしている。強い臭いがするので最初はエビかなと思ったが、もしかしたらニンニクかもしれない。脇道に大量のニンニクの皮が捨ててあったし、臭いもそれっぽい。いったい何に使うんだろうか。
橋を越えると村と平地が広がっていたが、なにやら非常に歓迎されていない、場違いな雰囲気。住民にあいさつしようとしても、うなずいてくれるのがやっとで、みんなジーッと見て来るだけ。ちょっと怖くなった。ここは私なんかが立ち入ってはいけないレベルの貧困なんだなと思った。
すぐにまた橋を渡って戻り、王宮のほうに向かう。途中で酒場に入って生ビールを指差し、注文したつもりでいたが、いつまでも誰も来ないので店を出た。
それからアイスを食べて王宮に行く。入り口には軍人が数人おり、地元民もたくさんバイクでも王宮の中に入って行っている。チケットは前の日に僧院で払ったものを使えるので、名前だけ記載して自転車を停め、歩いて中に入った。
入るとすぐにバイクを借りないかと声がかかった。これをしたいから、こんなに広大な敷地なのに自転車では入れないのだ。そして驚くことに王宮の敷地内なのに、長屋がたくさんあり人が住んでいる様子。フィリピンの米軍基地みたいな雰囲気で、もうこれ以上歩いてもしょうがないと思い、5分くらいで入り口に引き返した。受付の人に、なんで中に人が住んでるの?と聞くと、どうやら軍人の家族だけが住めるようだ。
時間はもう3時近く、3時半から映画を見たかったので、ショッピングモールに急いで行った。エレベーターで映画館のフロアまで上ると、若者がたくさんいる。さすがは日曜日。大丈夫かなと思いつつチケット売り場に行くと、まだ半分は席が空いているので、真ん中らへんの3800kの、スターウォーズ3Dのチケットを買った。すぐに開場し上演。予想通りのアメリカヒーロー的な脚本でげんなり。ずっと心の中で突っ込んでいた。すごいパワーと中学生並みのメンタルを持った人々の折りなす人間ドラマ。
6時過ぎに終わり、昨日おとついと同じMogokレストランで、酢豚のようなものと白米を食べる。油がギトギトだったが美味しかった。
ホステルに帰ると時間は7時過ぎ。腹一杯だったが、ウェルカムドリンクとパパイヤ3切れをもらったので、仕方なく食べた。スタッフは昼間とは違うがまたもや感じは良い。
部屋はドミで8ベッドだが、清潔でいい感じ。シャワーを浴びてからベッドで本を読んでいたら、私のベッドの上段の白人青年が部屋に入ってきて、なにやら荷物の整理などをしているが尋常でない落ち着きのなさで、ちょっとイライラする。


十日目【12/18(月)】

6:30起床、起きるとやはりみんないない。スタッフに聞くと、シーポーという町に有名な橋を見に行くのに、みんな朝早く出て列車に乗るんだと言う。
ホステルの朝食は値段のわりにけっこう豪華で、フライドヌードルにトーストに果物、ブッフェ式。もう一泊したいというのと、パペットショーを今晩見たいというのと、今日も自転車を借りたいというのを告げる。
自転車で近くの朝市を見に行く。とても大きな市で、人と車とスクーターでごった返している。人々は忙しそうで私はまた場違いな感じがした。外国人は滅多に来ないのかもしれない。一時間ほど見て、また腹が減ってきたので、ホステルの近くの食堂でシャンヌードルを食べる。店の女の子が友達の奥さんにそっくり。シャンヌードルはすごぶる美味しかった。そのあとのミルクティーも美味しい。
ホテルに戻りシャワーを浴びて、今度は屋内の市場に行く。主に衣類の市場で、ワッペンがたくさん貼付けてあるジャンパーがたくさんあり、一つ買おうと思ったが悩んだ末に買わなかった。そのかわり玩具屋で奥さんへのお土産を買った。恐竜の首がボヨヨーンとするしょぼい玩具。店員は色白でエラが張ってる女性で、中国人?と聞いたら中華系ミャンマー人だと言っていた。
また小腹が減ったので、ホステルの地図に載っていたレストランに昼食を食べに行く。悩んだ末、インド料理のナンピャーというのを頼んだら、ナンだけきて、食べるとそんなに味はない。半分くらい食べたところでスタッフを呼んで、これは普通はカレーとかといっしょに食べるの?と英語で伝えたがあまり理解してくれなかったが、ついに塩をかけた茹でた豆を持って来てくれた。なるほど、これとなら食べられる。なぜ気を利かせて最初に言ってくれないのだ。でも優しそうなスタッフ。
ホステルに戻りPCでメールなどを書き、3時頃にNOVA Cafeに行き、チーズトーストを食べ、手紙を書いたり、仕事をしたりした。
1時間ほどしてまたホステルに帰り、明日からのプランを考え、インレー湖に行くことにし、レセプションで次の日の夜出発のバスチケットを買った。14300k。
7時頃ホステルを出て、またいつものMogokで晩飯。Wheat noodleを頼んだが、これも美味しい。食後のコーヒーも不思議な味だったが、けっこう好き。店員の女の子はいつもあまり愛想がない。
パペットの時間がせまってたので、自転車で急いでパペットシアターに向かう。10分前に開場に着く。8:30にショーは始まったが、蚊がうようよ飛び回っている。隣の白人カップルの女性は、終止目の前で虫を追い払っていた。人形劇は、かなりパッとしなかったが、それが逆に味があるのかなと思って見ていた。なんというか時代に流されていない、スキルに固執していないような。そしておそらくミャンマー独自のコメディーなんだろう、オヤジが大声でしきりになにかしゃべったり合いの手を入れたりしていた。踊り手の人はあまり若くはなかったがかなり美形で、若いときは相当美しかったのではないかと思う。ちなみに値段はホステルで予約してもらって15000k。
ホステルに戻ると10時近くで、部屋には韓国人青年と私二人だけなのに、ベッドは隣同士で、枕同士の距離が50cmくらい。彼は調子が悪いのか行きが荒かったが、こんな広い部屋なのに勘弁してくれと思った。11時頃に韓国人の若者がもう一人チェックインしてきた。





















十一日目【12/19(火)】

目覚めると5時前。他の二人は寝息を立てている。7時過ぎに朝飯を下で食べていたら、日本人女性に話しかけられ情報交換しようと言われた。チェンマイで機織りを習っていて、旅行のルートも私と同じヤンゴン、インレー、マンダレー。色々話し、彼女の地球の歩き方の、インレー湖のページの写真を撮らせてもらった。
シャワーを浴びて、荷物をまとめて、自転車を借りたら、夜は出発だから1500kだけでいいと言う。また昨日の店にシャンヌードルを食べに行った。700k。とても美味しい。ついまたこの味を日本で広められたらと妄想してしまう。
宿でチェックアウトぎりぎりまでベッドで横になり、昼から自転車で東へ進む。王宮の周りで休んで少しストレッチしたあと、ガリガリ大仏を見に行く。この寺院にある大仏は全部睫毛が長いというこだわりがあったり、変わった手のポーズをしていて面白い。
そのあとまた埃っぽい道をひたすら東に行ったが、ここもあまり歓迎されない雰囲気だったので、引き返した。昼飯にユニーク・レストランだかいうところで、9000kのセット・メニューを頼んだ。お手洗いに行き出て来たら、女の子が洗面所の蛇口を開け、ハンドソープを出し、洗い終わるとティッシュで丁重に手をふいてくれた。やりすぎだと思う。
セットメニューは美味しかったが、夜にまた消化不良になった。またもやカレーではないかと思う。そんなに油っこそうには見えなかったが。
そのあと、私の好きな寺に行き、境内で昼寝する。起きると4時頃で、またホステルに戻り、PCを持ってまたNOVAカフェに行く。コーヒーを飲みながら6時まで時間を潰した。6時半頃にホステルに戻り、荷物を取ってホテルを出る。乗り合いにトラックを探したが、ドライバーのオジさんに、バスターミナルの方に行くトラックはないと言われ、結局そこにいたモータータクシーのおじさんが2000kで行ってくれることになった。ヘルメットをかぶって出発したが、けっこう遠くてなかなか着かない。旧空港の隣にライトアップされた巨大なパゴダを見つけ、寄りたいと思ったがあきらめた。やっとバスターミナルに着くと、オジさんはわざわざ入場料まで自分で払ってバスターミナルの中に入り、バス会社を探してくれる。しかも見返りなしで。直前までチップをもとめているんじゃないかと、少し思っていたが、そんな事は全然なかった。
ここのバス・ターミナルも巨大で、人に聞きながらバス会社を探したが、道を聞いた人も一見すごく怖そうなのに、丁重に教えてくれた。優しい。
すぐにチェックインし、まだ時間があったが、食欲がなかったのでなにも食べなかった。8時半に無事にバスは出発。あいかわらず寒い、と思ったら急にエアコンがとまって暑くなったりする。バスは12時前くらいに休憩場で止まったが、また何も食べずにミルクティーだけ飲んだ。休憩場のレストランのスタッフはみんな高校生くらいで、見てて微笑ましかった。
寒かったがなんとか寝たり起きたりしながら、4時過ぎにシュエニャウンに着き、おまえはニャウンシュエに行くんだろ、じゃあここで降りろと、小さな店が2、3軒ある所で降ろされた。イヤな予感がしたが案の定、外は極寒で、他に外国人などはおらず、タクシーが寄ってきてニャウンシュエまで一人5000k、乗り合いを待つなら2000kと言われ、とりあえず決断は保留して、レモンティーを飲みながらネットを調べた。あまり思考回路が働かず、待ってても誰も来ないと思ったので、バイクタクシーに乗ることにした。
乗る前に着込めるだけ着込んだが、バイクが走り出すと死ぬほど寒い。恐らく気温10度くらいで、体感温度は0~5度くらいか。時間にして15分ほど、本当に死ぬかと思った。しかし星空はキレイで流れ星も見た。チェックポイントで入域料13500k払って、ニャウンシュエに入る。ドライバーがホテルの場所がわかってないらしく、携帯のネットでチェックして教えてあげたが、携帯が使えなかったらと思うとゾッとする。
時間はまだ5時くらいだったが、なんとか部屋に入れてもらえた。シングルルームを取っていて本当によかった。ドミだったら、こんな時間に部屋に入って一人でガタガタ震えてられない。
しかし部屋も寒く布団も薄く、足は素足だから完全に冷たくなっている。このままだと風邪を引くのは時間の問題だと思ったので、非常にめんどくさかったが、色んな筋トレをして体を温めた。30分以上やっていたら、温かくまではならなかったものの、なんとか風邪には至らずすみ、少しだけ眠ることができた。
このバスの事をちゃんと教えてくれなかったマンダレーの宿のスタッフを憎んだ。



十二日目【12/20(水)】

9時くらいにやっと外も気温が上がってきたので、自転車を借りて市場に服を買いに行った。随分賑わってるなと思ったら、今日は普通のじゃなく五日市らしい。そこで靴下と、股引とパーカーを買った。どれも一番安いやつ。それからシャンヌードルを食べにレストランに行ったが、ないというので違うスープヌードルを頼んだら、全然美味しくなかった。しかし野菜がたっぷり入ってて体も温まった。なんとか風邪を引かずにすんだことは、本当に奇跡的だと思う。
そしてこのレストラン、Sin Yawのスタッフの接客も過剰のような気がした。すごく頑張って礼儀正しい英語を使ったり、食事の途中で味はどうですか?と聞いてきたり。そんな事しなくても、君らは十分礼儀正しくて感じが良いから、そんな西洋かぶれな事はやめてたほうがいいと、ちょっと言いたい。
ホテルでオバさんがお菓子をくれたが、どうやらスタッフではなく中国人宿泊客みたいで、4、5人で来ているみたいだ。その中に一人かなり美人な若い子が一人いて、あとで葡萄をくれた。家族かもしれないが、似ても似つかない。
また市場に行き、チェンマイで食べた黒もち米のお菓子に似たものがあったので、買ってみたが、味は甘過ぎて全然違った。売っていたオバさんに、食べ物の名前を聞きたかったが、ビルマ語が話せないので、名前すら聞けないで、鼻で笑われた。市場には頭にタオルをまいたパオー族のおばさんがたくさんいた。
自転車で町の中を走ったが、砂埃がひどく、見るものもあまりない感じ。湖の西側の方に回っていったら、小さい村落があり、村人たちが、楽器を鳴らして歌ったり踊ったりしていた。竹でできた橋があった。
夕方くらいまで、何をしていいかわからず気分も落ち込み気味だったが、日が暮れる前にジェッティーに行き、次の日のボートトリップを予約してみた。思ったより交渉は簡単で、5、6カ所を10500kで回ってくれるという。
それからバス会社も周り、ヤンゴンに帰るバスの時間と値段も調べてまわった。だいたいみんな夜6時発だが、値段は17000から32000kまでと様々。
色々調べて、計画が立ってくると気分も落ちついてきた。
夜はまたSin Yawに行ってみたが、すごくたくさん人がいたので、隣の客ゼロの店に行った。きっとすごく喜んでもらえたと思う。チキンのカシューナッツ炒めと、ジンジャーティーを頼んだ。これでたったの4ドル。安くて美味い。
帰りにワインクーラーを一本買って帰った。ホテルでワインを飲んで、目の前でやっていたナイトマーケットを見に行き、竹でできたコップを3000kで買った。きっと値切れたに違いない。夜はしっかり着込んで寝た。


十三日目【12/21(木)】

6時前に目が覚める。外はうっすら明るいが、とても寒い。7時過ぎにホテルの朝食を食べるが、食事が外ですこぶる寒かった。
9時ちょうどにジェッティーに行くと昨日のおじさんが待っていた。ブランケットを1枚貸してもらって出発。湖へ出るまでがけっこう長い。かもめが正面から飛んで来て、ボートの上を飛んでいくのがキレイだった。
インダー族の漁師が足で櫂をこいでいるのを見たが、まるで柔道の大外刈りのようだった。
ボートは蓮の織物、銀細工、タバコ、ファウンドーウー・パヤー、最後にトマト農場を見て13時に終わった。4時間で11000k。安い。
朝はあまり人を見なかったが、帰る頃に湖に向かうボートがたくさんあった。やはりこの時期は昼頃の温かくなってから向かうのが普通なのだろう。
それからホテルで荷物を取り、明日のヤンゴン行きの夜のバスチケットを買った(VIPで17000k)。バスチケットの記入をしてもらってるときに、明日は自分の誕生日だと気づいた。
またSin Yawに行き昼飯を食べ、Remember Innにチェックイン。オーナーは金・正日みたいな人。
部屋はとても素敵なシングル。あいかわらず寒いが、暖房なんてもちろんないのでしょうがない。シャワーを浴びて、髪を乾かしてたら、手に垢のようなものがたくさんついている。おそらく土ぼこりだろう。しょうがないので、もう一度シャワーを浴びて、今度は石鹸でしっかり頭を洗った。
外を少し散歩して、夕方に大きなPubのような所で、ピナコラーダとバゲットを食べる。どちらも2000kと安い。
夕食は、トリップアドバイザーでは好評かなのにいつも客が全くいない店、ラッキースター。メニューを見ると少し高めの値段設定。魚のバナナの葉蒸し頼んだが、さすがに美味しかった。とても上品な味。ハーブティーを飲んで全部で7000k。
またスーパーまで行きワインクーラーを買うが、飲まずに昼間のPubでスタウトビールを一杯だけ飲む。
お酒のおかげでぐっすり眠れた