十四日目【12/22(金)】
7時過ぎまでぐっすり眠り、起きると窓から朝日が差し込んでいて、暖かい。ホテルの屋上に朝ご飯を食べに行ったが、そこも朝日が差していて暖かい。朝日を背に受けながらモヒンガーを食べる。初めて食べたかもしれないが、サクサクの揚げ物が入っていて、どんべい緑のたぬきのような感じがした。
部屋でシャワーを浴びたりして、チェックアウトギリギリまで部屋にいた。
チェックアウトし、ロビーでオーナー夫妻と色々話した。二人ともインダー族とビルマ族のハーフだそう。シャンの納豆のことを話したらやっぱり知っていて、ペッパー?と呼んでいた。
シャン料理にはペッパーとンガピを必ず入れなきゃいけないと言っていた。
ホテルを出て近くの店でレンタル自転車を借りる。とりあえず川沿いを南に走って小さい村を通ってみたが、また来てはいけない感を感じた。しばらく進んだところで、少年に行き止まりだと教えてもらい、ボートに乗らないかと乞うような目で言われたが、やんわりお断りして引き返した。値段交渉くらいしてあげてもよかったかなと少し後悔するが、やはり突然の予期せぬ出来事には全然対応できない。
またはずれの方をゆっくり走り、砂埃がすさまじいので、また昨日のPubに入り、ビールとフライドポテトを食べる。タマリンド入りのビールを飲んだが、魚の内蔵のような後味がしてまずい。
4時頃に自転車を北に走らせある僧院を見に行く。帰りにお土産屋のおばさんに4000kで風鈴を買わされる。
自転車を返し、ホテルで待っているとピックアップトラックがかなり早く到着する。トラックは人が走るより遅いスピードで、他に二組の白人を乗せ、バスオフィスに着く。30分ほど遅れて6:30にバスが到着する。
私の席だけリクライニングが壊れていて、倒してもすぐに戻ってしまう。これでは絶対寝られないと思ったので、最初のパーキングエリアで奇跡的に唯一空いていた後ろの席に移動する。パーキングエリアではシャンヌードルを食べた。その後もう一人女性が乗ってきて、その席に座る。非常に不憫だと思ったが無視を決め込み狸寝入りをした。女性はイスを倒せないので、丸まって寝ていた。一番安いバスだったが、今後は絶対中級以上のバスに乗ろうと思った。
十五日目【12/23(土)】
12時間はさすがに長く体がすごく痛くなった。6時頃にヤンゴン市内に入ったが、渋滞に巻き込まれる。満員市営バスに乗っている人達がすごく可哀想だった。道路沿いには、何かを待っている人々が寒そうにしていたが、女性はほぼみんな顔にタナカを塗っている。けっこう塗り過ぎの人がたくさんいてホラーな光景。
7時前にやっとバスターミナルに着き、タクシーと交渉するとヤンキン地区までは最低でも5000k。ヘンリーに聞くと3000kと言っていたし、自分もそれぐらいだと思ったので断る。タクシーに乗る前にウンコが猛烈にしたくなったので、レストランでミルクティーを頼むが、トイレは別の所にあり、200k払って用を足す。ミルクティーを一気に飲み干し、バスターミナルの外に出て、タクシーを捕まえる。結局5000kが妥当だと思い払う。
30分ほどで友人ヘンリーの家の周辺に着いたが、それらしい建物は見当たらない。そしてまさかと思った年期の入った4階建てくらいのアパートからヘンリー現る。しかし部屋に入ってみるとなかなかキレイで、素敵なベランダもある。聞けば前のテナントもフランス人で、家賃は600ドルほど。
トーストを食べてコーヒーを飲み色々話す。
30分ほどゆっくりして、また腹が減ったのですぐ隣の、けっこう有名らしい食堂に行き、軽く食べるはずが二人分のセットメニューのような感じになり、サイドデッシュがたくさん出され、デザートも来て結局8ドルほどかかる。
食後に近辺を二人で散歩し、彼のお気に入りだという家具屋に行く。植民地時代の英風家具がたくさんあり、それを直して売っているらしい。
時間は11時半になり、ヘンリーは大事な昼食があるので、家に戻り着替えてすぐに出かけて行った。私は部屋に残り少し仮眠を取り、1時前に家を出てインヤ湖に行ってみる。散歩でもしようと思ったが、暑過ぎて断念。ミャンマープラザに行き、安いカフェでアボカドケーキとコーヒーを飲む。とても安かったが、なかなか美味しかった。少しデパートを散策し、また外に出て南へ向かって歩く。道沿いにたくさん店があり、庶民の暮らしが見えて興味深かった。ある小道を歩いていたら、ゴールデンロックのミニ版を見つける。そこからさらに15分くらい歩き、チャウッタージー・パゴダに到着。あまり期待してなかったが、大仏がデカ過ぎて、ハンサム過ぎて感動。日本人旅行者も何人かいた。ここははずせないポイントらしい。トイレに行ったら裏庭で若い坊主が袈裟を脱いでサッカーをしていた。
寺を出てタクシーを捕まえてヘンリーの家へ帰ったが、直前にヘンリーから夕日が見えるからダウンタウンへ来いとメールが来たが、疲れていたので家で30分くらい休み、夕日が完全に沈んだ頃に再びタクシーに乗ってそこに向かう。
タクシーの運転手はせっかちなのか、荒い運転で小道ばかり通る。かなり道を熟知してると思われる。おかげで早く着き、降りるときもすごく感じが良かった。見た目は麻薬中毒者みたいな人だったのに。
場所は高そうなルーフトップバーで、どこにいるのかと探したらVIPルームで金持ちそうな年配の白人さんと飲んでいる。サンダルにみすぼらしい格好で来てしまったが、みんな口々にアリガトウとかコンニチワと挨拶してくれて、暖かく迎えられる。KLで歯科医をしているパキスタン人の女性、アンソニーホプキンスとみんなに呼ばれているおじさん、それにこのバーのオーナーのドイツ人の青年。突然の事でよく状況がわからなかったが、とりあえず笑顔で、ワインやウイスキーをたくさん飲ませてもらった。バーは12階だが、この界隈では相当高い建物らしく、街が一望できた。
1時間ほどいてから、ヘンリーとおいとまさせてもらい、タクシーで19番ストリートへ行き、BBQを食べてまたビールを飲み直す。ヘンリーは子供の乞食が来る度に容赦なく追い払っていた。飲みながら、結婚やお互いの人生などについて一時間くらい色々話した。
帰りもタクシーを捕まえて帰ったが、ヘンリーは相当酔っぱらっていて、タクシーの中でもはっちゃけていた。
11時頃家に着き、ソファーで寝たが、思いのほかぐっすり眠れた。
十六日目【12/24(日)】
7時半頃起き、二人でベランダでコーヒーを飲む。9時頃に二人で家を出て、ダウンタウンのラッキーセブンという有名なティーショップへ行く。店に着いたが、ヘンリーは店に入らず彼女と20分くらい電話で話していた。大変そうだった。
私は先に色々注文して一人で食べ始めた。店は点心ショップのような感じで、手頃な料理がたくさんあり、少年たちが2、30人くらい働いている。ヘンリーは、彼らは元ストリートの少年たちだと言っていた。
食べ終わってから近辺を散歩してみる。アパートの上から紐がたくさんぶら下がっていて、先端にクリップがついていたが、どうやら郵便ポストの代わりらしい。なるほど、部屋の番号をぶら下げてるヒモもある。
ユザナ・プラザに行こうという事になり、サイカー(客が二人乗れる自転車タクシー)を捕まえる。ヘンリーは100キロ近くあるので、少年は大変そうだった。坂道ではさすがに降りて、押すのを手伝ってあげた。サイカーは道の中央あたりを走るので、なかなかスリリングで面白かった。15分くらいでユザナ・プラザに着き2000k払った。
ユザナ・プラザは巨大でほとんどがブティック。なかなかモダンな服や、セクシー系ドレスもたくさんあった。ロンジーを買うつもりだったが、男物のロンジーはあまり多くなく、結局買わなかった。ヘンリーはプロレスラーのような大男なので、ものすごい注目を浴びていた。
ユザナ・プラザを出て、またタクシーでダウンタウンに戻り、ラングーン・ティーハウスという人気があるカフェで、モヒンガーとサモササラダを食べ、食の安全性などについて色々話す。難し過ぎてあまりよくわからなかったが。
3時頃に店を出て、タクシーで家に戻る。家に着くと、隣の家のおばさんがメリークリスマスと言って、チーズケーキと葡萄をくれた。クリスチャンらしい。
家でゆっくりし、日記を書いたり昼寝したりする。ヘンリーはお母さんとスカイプをしていた。毎週するらしい。
夕方頃二人でインヤー湖に散歩に行く。夕焼け空がとてもキレイだった。帰り道に割とキレイめなローカルレストランで夕食を食べる。英語メニューはないが写真付きメニューがあったので、なんとか予想しながら頼もうとするが、ヘンリーがグリーンカレーと、パイナップル・フライドライスを食べたいと良い、スマホで写真を見せて店員は大丈夫と言ったが、来たのはカンコンの鶏肉炒めと、パイナップルの鶏肉炒めだった。シュール過ぎて笑えなかったが、あとからジワジワ来た。私は面白かったが、ヘンリーは本当にあきれかえってる感じだった。ビールをたくさん飲み、柔道クラブの話しなどをした。もちろん今までは話さなかったが、色々思うことがあったらしい。
家に戻りウイスキーを飲み直す。
隣人のオバさんが教会に誘ってくれたので、8時半頃に近くの教会に行ってみることに。家を出ると、オジさんが待っていてくれて、教会まで連れて行ってくれた。オジさんもクリスチャンで、とても上手な英語を話していた。
教会はミャンマー人だけで、みんなでビルマ語で歌を歌っていた。15分ほどいたが、よくわからなかったので二人で歩いて帰る。
またウイスキーを飲み直し、11時過ぎくらいに寝た。
十七日目【12/25(月)】
朝5時半に起き、出発の準備をして6時前に家を出た。ヘンリーがGrabタクシーを探してくれたが見つからなかったので、普通のタクシーを捕まえて乗り込んだ。まだ日も出ていなかったので、道は空いていた。空港までは5000k。Web-Check Inをすませてあったが、あまり関係ないらしくカウンターの列に並んだ。エアアジアのカウンターは旅行に不慣れそうな地元の人がたくさんいて、ちょっとテンションが高めだった。搭乗ゲートに入り、腹が減っていたので山小屋ラーメンを食べた。11500k。
8時過ぎに搭乗すると、飛行機はほぼ満席で、席の頭上の荷物入れも満杯。しょうがなくかなり後ろの方に荷物を入れた。おそらくこれからマレーシアに出稼ぎに行くっぽいミャンマー人がたくさん乗っている。
離陸や着陸のときは窓の外の景色を、みんな食い入るように見ていた。
12時40分にクアラルンプールに到着。空港内は見るからに田舎もんばっかで、入国審査場などは相変わらず、田舎丸出し中国人がたくさんいて、列を乱したりして色々癪に障る。いい加減国際空港は中国人専用カウンターを設けろよと思った。
バスチケットカウンターでKLセントラル行きのバスを12RMで買い、バスは2時に出発し一時間でセントラルに着く。すぐにローティーボーイを買ったが、マレー語を使ったら店員が笑ってくれてかわいかった。
いつものPOD’sホステルのドミにチェックイン。シャワーを浴びて、ロビーでお茶を飲んでゆっくりする。
今夜KLに一泊したあと、明日の昼のバスでKulaiに帰る。
今回はagodaで予約したホテルが全部で110 SGDくらい。両替したのが400 SGDで、手元には70 SGD分くらいミャンマーチャットが残っているので、旅行に使った総合計は、440 SGD(37,000円)くらい。飛行機代はAirAsiaで往復 90 SGD。でもKL空港往復で、40 SGDくらいかかった。
これで今回のミャンマー初旅行は終了。
0 件のコメント:
コメントを投稿