2025/09/02

2025年9月 台北 4~6日目

8月31日

朝は6時過ぎに一人で散歩に出かけた。足は疲れているので、あまり歩かずストレッチと瞑想をして、あとはベンチで寝転がってのんびりした。

それからホテルに戻る途中に市場により、入り口付近にあった店でコンロウ飯を食べた。小さいかと思ったらけっこうなボリュームで、味は全部煮しめの味で、いまいちだった。

ホテルに帰り、少し休んでから二人でまたすぐ出かけ、まずはバスで国立博物館へ行った。入場料は30ドル。家族連れがたくさんいた。もう少しゆっくり見たかったが、あまり時間がないので1時間ほどで出て、その近くにある二二八記念館も見た。そこからバスに乗って公館駅のあたりに行き、昼ご飯に金鶏園という店でショーロンポー、蒸餃子などを食べた。すごく混んでいて、エアコンもガンガン効いていた。味は悪くなかったし、値段もショーロンポー5個で80ドル程度で、良心的だと思った。それからモーリーという古本屋に行き、日本語の本も少しあったので、アーモンドという韓国人作家の本を1冊だけ買った。

外に出ると雨が降ってきたので、地下鉄に乗り西門へ行った。奥さんは本を見に行くといい一人でどこかに行き、わたしは中国語の先生に会うために、南美コーヒーという喫茶店に入った。ホットチョコレートを頼み、しばらくして先生が来た。仕事の話や台北の話、将来の話なども、中国語で色々しゃべった。Preplyは仲介料を最低でも18%くらい取られるので、直接払ったほう安く済むらしいし、先生もそのほうがいいようだ。最後に写真を撮り店を出た。

西門からバスに乗って帰り、7時頃に一人で、初日の夜に食べた麺食堂へ行き、エビワンタン麺を食べた。なかなか美味しかった。

それからアッシュたちに会いに音楽のライブに行く予定だったが、けっこう疲れていたし、夜遅くまでかかりそうだったので、残念だがキャンセルさせてもらった。ホテルでパラサイト旅を見て早めに寝た。その晩は夢も少なく、比較的よく寝られた。



9月1日

朝は昨日と同じく6時過ぎに一人で散歩に出る。川沿いの高速の階段を上り橋の上から川を眺めた。何度も跳ねている魚がいた。帰りにホテルの近くの黒飯団という黒米のおにぎりを食べて、黒豆豆乳も飲んだ。ホテルに帰って一休みしたのち、10時くらいに一人で西門のほうに散歩に出かけた。路地裏を歩いたり、壁のグラフィティなどの写真を撮った。11時くらいにAshから、今起きた、という連絡が来た。

少し歩き疲れたので近くのホテルのロビーで少し休んだ。見るものもないので、帰ることにしてバスに乗ってホテルに帰った、ホテルに着いたところへAshから連絡があり、台北駅の近くで昼ご飯を食べることになった。奥さんと二人でまた出かけて、駅から地下鉄で向かった。Ashが指定したカフェに入ると、もう二人がいた。若者向けの洋食屋で、私は生ハムのパスタとミルクティーを頼んだ。パスタは脂っこく、ミルクティーも味がなく美味しくなかった。やがてカズキ君と奥さんのハネちゃんも来た。二人とも中国語が上手で、Ashたちともほぼ中国語で話していた。ハネちゃんは1年近く学校に通ったらしく、友達もほとんど台湾人らしい。カズキ君は3カ月ほどで学校はやめたものの、仕事でもちゃんと中国語でやっているようだ。

Ashとチーロンも67歳の日本人女性に4人のグループレッスンを週1で受けていて、今はテ形を勉強しているとか。Ashは優等生らしい。2時間近く話し、一度店を出てみんなで西門に向かった。アニメイトに行き、奥さんは漫画を数冊買っていた。他の人は興味深そうに漫画などを物色した。エロ系の漫画もたくさんあって面白かった。

アニメイトを出て、今度は豆ジャンを食べに行き、6人で3杯頼み、またひとしきり話した。それからやっと晩御飯を食べに向かった。着いたのは鶏家荘という店で、日本人にも人気がある、けっこう高級そうなレストラン。色々食べたが、ナスの炒め物、卵焼きなどが美味しかった。最後は椎茸鍋、プリンも食べた。カズキ君に中国には行かないのかと尋ねると、台湾在住者は中国で捕まる可能性もあるので行きたくないと言っていた。

店を出て奥さんは疲れたので一人でホテルに帰った。わたしたちは一服し、近くの居酒屋に行った。オーナーが沖縄出身で、シンガポール、マレーシアなどでも仕事をしていたらしく、私たちのグループに興味を持ち、やたら話しかけてきた。みんなオリオンビールを1杯飲み、また色々話した。帰りはAshたちはタクシーで台北駅に向かい、私はカズキくんたちにバス停まで送ってもらった。

ホテルに着いたのは夜10時くらいだった。



9月2日

朝はまたいつものように一人で散歩に出かけたが、川沿いには行かず、街を散歩した。まだ7時前なのでさすがに人は少なく、HDBのような公営団地のようなアパートがあり、そこが面白かった。帰りに龍山寺駅の近くで朝飯の屋台を見つけ、魚のスープと高麗菜飯を食べてみた。同じテーブルに座ったおっさんは椅子が壊れて、その反動であぶなく私の食べ物も落っこちるところだった。スープもごはんも美味しく、この旅で一番だった。値段は130ドル。さらに昼ご飯用にサンドイッチも2つ買った。

ホテルに帰って出発の準備をして、パラサイト旅のハノイ編を見て、9時前にホテルを出た。バスに乗って台北駅まで行き、そこでドーナツを1つ買った。桃園空港行きの列車に乗り、早めに空港に着いた。出国審査はスキャンだけでよかったし、全部非常にスムーズだった。乗客はほとんどが台湾人で、12:45に定時に出発した。機内ではサンドイッチとドーナツを食べ、日記を書いた。

2025年8月 台北 1~3日目

 8月28日

朝8時過ぎに家を出て、下でいつものミーフンを打包し、バスで空港のT1へ向かう。全てとてもスムーズで、搭乗ゲートに入ってバナナなどを食べて待つ。飛行機は定時の11:55amに離陸。席は2つ廊下のある9列シート。私の隣は台湾人らしい母子。息子は中学生くらい。

途中で眠りこけてたが、頭や膝頭をこっちの席にグイグイ入れてくるので気持ち悪くて困った。機内ではラップトップで日記を書いたり、途中で持って来たミーフンも全部食べた。

台北空港に着き、入国審査。けっこう並んでいて、自分の列がなかなか進まない。前に奥さんがいて、審査官にホテルの住所の詳細を聞かれていた。私の番になっても、そのおじさんの審査官が、私のパスポート写真と、私の顔を何度も念入りに見比べるなど、ちょっとこの人頭がおかしいなんと思った。

荷物受取所の前にSIMカード売り場があり、中華電信の4GのSIMカード、データ無制限5日間を300台湾ドルで買った。

持って来た悠遊カードがまだ使えたので、500ドルトップアップして電車に乗り、30分くらいで台北駅に着いた。

そこから板南線に乗り龍山寺まで行き、歩いてホテルに向かった。途中であからさまな立ちんぼがたくさんいた。ホテルの場所がよくわからず困っていたら、おばさんが場所を教えてくれた。そして暗証番号を押し、やっと中に入れた。

部屋は広くてきれいだが、少し乾燥しており、窓は遮光カーテンじゃないので、夜も明るい。

おなかが減っていたので、近所にある麺料理の店で、ワンタン麺と米血というのを食べた。わたしが頼んだ家常麺というのが板面みたいなひらたいやつで、あまり美味しくなかった。米血はソースがただのしょうゆ味で、こちらもまぁまぁ。

そのまま龍山寺のいくつかの夜市を見て歩いた。ゲーセンがたくさんあって、老人がテトリスなどをしていた。ここは怪しげな茶室、カラオケ、バーなどが多い。コンビニで小豆アイスも食べて、炭酸のビタミンジュースを買って帰った。やたら喉が渇いていたのでとても美味しかった。














8月29日

朝は奥さんと二人で近所の川沿いを歩いた。自転車に乗っている人がたくさんいた。かなり歩いて、西門の向こうまで行っていた。帰りは街を歩き市場にも寄った。美味しそうな朝ごはんを見つけることができず、最後に肉まんを見つけて、豆乳と一緒に食べた。

昼は近くのルーロウ飯の人気店、小王煮という店でルーロウ飯を食べた。味はまぁまぁ。

奥さんがおなかが痛いというので、一度ホテルに帰り、また出発したがまた痛くなったらしく、龍山寺駅のトイレに入って行った。その間、近くの占いの店などをひやかした。鳥占いをやっている日本語を話すおばさんに話しかけられた。この占いは白い文鳥がカードを選んだりして占ってくれるらしく、日本の有名人なども来ているのだとか。たしか1回600ドルとか言っていた。他にも龍山寺地下街には人は少ないが面白い店が多かった。奥さんはシティーハンターのポストカードなどを買っていた。

地下鉄に乗り、台北巨ダンというドームがある駅で降りた。奥さんが行きたいという誠品書店のあるデパートに向かったが、途中で元タバコ工場で、今はアートギャラリーや洒落た雑貨屋などが入っている建物に入り、色んな展示やお店を見た。やっと誠品書店のデパートに入り、まずは地下に行き座ってデザートを食べた。白玉小豆を頼んだが、冷たいのが出てきた。熱いのはないのかと聞いたが、あるけどあなたは何も言わなかったから冷たいのを出したと言われた。メニューの写真はあきらかに熱いのだったのだが。

それから上の階に上がっていくと、また雑貨屋みたいのがたくさんあり、すごくおしゃれで可愛い物がたくさん売っていた。やっと書店までたどり着いたが、さっと見てデパートを出た。駅から龍山寺に帰り、駅周辺を歩くと、ホームレスのような老人がうじゃうじゃ集まっていて、何事かと思った。よくわからないが、みんなここに集まってくるらしい。おなかが減っていたので、胡椒餅を1個買って食べながら帰った。

夕方にレッスンを1つやり、夜は近くの店に牛肉チャーハンを食べに行ったが、人気店らしく列ができていた。しばらく待って席に座ることができチャーハンもすぐに来た。最初は美味しかったが、薄味だったので、チリと醤油をもらったが、これも普通の醤油でいまいち美味しくなかった。

食べ終わってから、また夜市をぐるっと歩いた。怪しい店がたくさんあった。

ホテルに帰り、いつものパラサイト旅を見た。



























8月30日

今日は温泉に行く予定だったので、7時頃に一人でホテルを出た。駅の近くにあるシエンドウジャンの店に行くと、けっこう長い列ができている。せっかくなので並んでみたが、なかなか進まない。3、40分かかってやっと自分の番が来て、シエンドウジャンと油ティアオ、焼餅を頼んだ。店内飲食の人はどうやら並ばなくてもよかったらしい。シエンドウジャンはあまり味がなく不思議な食べ物だった。油ティアオはサクサクで美味しかった。

やっと朝ごはんを食べ終わり、地下鉄に乗って石牌駅まで行き、そこからバスに乗った。バスも10分以上待ったので、さっそく足が痛い。バスは山道をずっと登り、湯瀬温泉の近くに着いた。

温泉は200ドルでタオルはついていない。風呂場には台湾人のおじいさんたちが15人近くいた。温泉は44度の熱い浴槽と、水風呂、半端じゃない勢いの打たせ湯と、スティームサウナのみ。少し狭かったが、ローカル感がすごくあって、なかなかよかった。

11時前に温泉を出て、またバスに乗って駅前に着き、鴨飯と目玉焼きを食べた。それから電車に乗り中山で降りた。少し疲れたので、ファミマで飲み物を買い、店内の椅子に座って少し休憩した。

それから現代美術館に入った。入場料は100ドルくらいだったろうか。展示は映像作品が多く、説明も中国語ばかりでよくわからなかった。最後のほうにあった、巨大なスクリーンで少しずつ変わる風景のCGを寝ころびながら見たのは、けっこう面白かった。展示を見終わるとお土産屋とアーティストのブースが出ていたので、奥さんにオカッパ女性のピンを1つ買った。

龍山寺に帰って、鍋貼を食べようと思ったが、目当ての店が閉まっており、悩んだ末に排骨湯と高麗菜飯を食べた。どちらもなかなか美味しかったが、とくに飯が美味しかった。それから龍山寺を少し見学した。チャラ系の若い人も真剣にお参りしているのが印象的だった。

ホテルに帰り夕方に1つレッスンをやり、夜は奥さんと夜市に行って、牛肉と生姜の料理を食べた。ぼんやりした味であまり美味しくなかった。それから屋台でグァバジュースを飲んだが、これは美味しかった。

2025/08/13

2025年8月 バリ(クタ) 28~30日目

 8月13日

朝は7時に奥さんをまたGigi Susuに送り、私もチョコレート・クロワッサン、46,000をそこで買い、一人でビーチに行った。1時間くらい散歩して、ストレッチもしてから、前にも行ったビーチ沿いのカフェに行き、ロングブラックを飲みながら、クロワッサンを食べた。そのまま9時からレッスンを1つやり、10時過ぎにホテルに帰った。

シャワーを浴び、荷物をまとめて11時過ぎにホテルをチェックアウトして、クタに向かった。12時くらいにGrand Livio Hotelに着いた。まだチェックインはできないので、歩いて昼ご飯を食べに、お気に入りのイタリアレストランに向かった。

Pizza One for Oneは木曜日なので、しかたなくピザ1枚とパスタを頼んだ。どちらもとても美味しかった。会計は325,000ルピア。帰りにパプアの置物がある店などに寄った。盾のような大きい置物は330ドルくらいするらしかった。とても面白いものばかりだった。

2時過ぎにホテルに戻り、チェックインした。部屋は広くてきれいだが、Wifiが最悪だった。しばらく部屋で休み、私は夕方頃一人でバイクに乗りレギャンビーチに行った。

スケボー場があり、地元の若者や、日本人の小さい子供たちがスケボーをしていた。ビーチは引き潮で、あいかわらずすごおい遠浅で、人がたくさんいた。30分くらい散歩してから、バイクでホテルに帰り、途中で晩御飯にSoto Sapiを食べた。

それからホテルに戻って、1階のブッフェ会場でレッスンを1つやった。



 8月14日

朝は二人でビーチに行き、少し歩いてストレッチをし、帰りはプラスチック袋に海水を入れ、歩道で足を洗った。それから奥さんをカフェまで送り、私は一人で市場に行き、いつものブブル・アヤムを食べた。それからドラゴンフルーツを買ってホテルに帰った。

ドラゴンフルーツを半分食べて、9時から中国語のレッスンをしに1階に降りた。1階ですらネットが不安定で、なんども画面が固まって困った。続けて日本語のレッスンを1つやった。

昼は奥さんとナシ・チャンプルを食べに出かけた。おかずが色々あるお店でとても美味しかった。それからホテルに帰って少し休み、私は3時過ぎに一人でZeenという近くのカフェに行った。外にものすごい数の椅子があるカフェだった。そこでネットを使いながら、少し勉強や仕事をした。

6時頃にビーチに行くと、もう夕日は沈んでおり、暗い波打ち際を少し歩いた。マッサージが終わった奥さんが、クタビーチのほうから歩いてきたので合流し、バイクでホテルに帰り、7時半にバイクを取りに来たバイク屋さんに、無事にバイクを返した。

そのまま歩いて近くにソト・アヤムを食べに行った。鶏の脚が入っているSoto Ayam Cekelで、チリが辛かったけど、とても美味しかった。それからスーパーPepitoに寄って、次の日の空港で食べる食べ物を買ったりした。そしてホテルに帰って、荷物を少しまとめて早めに寝た。



 8月15日

朝7時くらいに一人で外に出て、開いている店を見つけ、そこでNasi Udukというのを食べて、1つブンクスした。ホテルに帰って準備をし、8時過ぎにチェックアウト。タクシーを呼んで、空港の近くの小さいワルンを目的地にして行ったが、最後は道がすごく狭くなったので、ごめんなさい、ここでいいですと言って、少しだけ歩いた。まさかあんなに狭い路地にあるとは。値段は41,000ルピアだった。

カウンターに行ったが、奥さんはもう搭乗券をダウンロードしていて、私はできなかったので、しかたなく長蛇の列に並んだ。奥さんは先に中に入った。

20分以上もかかって、やっと搭乗券をもらい、出発ゲートに入るとまた出国審査のための長蛇の列。さらに30分近くまってやっと審査完了。終始機嫌悪い顔をしていた。

機械が全部動かないらしく、バリだめだなーと失望した。

搭乗ゲートに着き、着替えたり、水を汲みに行ったりして、30分遅れでやっと搭乗。奥さんとは席が遠くて、窓側の席だった。隣は小柄で整形済のロシア人女子。申し訳なかったが途中で一度トイレに立たせてもらった。

あとはチョコレートを食べて、PCをいじっていたらすぐに着いた。チャンギ空港から858のバスに乗ろうとしたが、カードが使えず、現金で2ドル50も払った。高速で降りて、歩いてLRTまで行き、まずは駅の横のコピティアムで奥さんはバーチョーミー、わたしはブンクスしたやつを食べた。そこからLRTで帰ってギリギリ4時で、レッスンをすぐにやった。

今回は、ホテルが25日で576ドル、バイクのレンタルが120ドルだから、一人350ドル。その他の現金の出費が530ドルなので、飛行機代を抜かして880ドルほど使ったようだ。

以上