7月22日
少し雨が降っていたが、8時15分のペガサス号に乗って、一人で札幌に行った。狸小路にある時計屋さんに行って、時計の電池交換ができるか店のおじさんに聞いたところ、おじさんは無言で時計を受け取り、交換を始めた。しかし、結局水が入って壊れているから、もう動かないと匙を投げられた。お代をきくと、要らないと言われた。防水だと思っていたが、そうじゃないらしい。今度から防水っぽいやつでも水にはつけないほうがいいようだ。つけた覚えもないのだけれど。
地下鉄に乗って11時半に円山公園駅に着くと、エリコちゃんが車で向かに来てくれていた。車で円山教授というカレー屋に行くと、タマキ君も来た。エリコちゃんが、全然別人になっているよと言っていたが、少しふくよかになっただけで、あまり変わらないと思った。先に8人くらい待っていたので、我々じゃ20分くらい待って店内に入り、私はキノコ・キーマカレーを頼んだ。濃厚だったが、さほど美味しいとは思わなかった。
二人とも今はアガスティアの葉というインドの占いのようなのにハマっているらしく、今年の春にエリコちゃんは一人で、そのスペシャルツアーに参加して、南インドを6日間回って、たくさんのお寺を参拝したりしてきたそう。費用は60万円近く。9月にも東京でその集まりがあるからと誘われた。その占いで、将来海外に住むらしいというのもわかったらしい。
エリコちゃんは今無職で、タマキ君はフリーのデザイナーで建築系のデザインなどを、在宅でやっているそうだ。タマキ君は、カレーを食べ終わって、仕事があるからと帰って行った。
それからエリコちゃんが北海道神宮に連れて行ってくれ、二人で小雨の中神社に参拝し、少し散歩した。エリコちゃんのお父さんは両親は二人で余市に住んでいるが、お父さんが少し痴呆症で心臓も悪く、大変らしい。コロナのときには、15歳のときから精神病院に入っていたお姉さんが急死したらしい。薬などもかなり飲んでいたようだ。
さらにタマキ君が前の会社をクビになってイライラしていたときに、もう耐えられなくなって、2年近く家から出てニセコのお父さんの家に住んでもらって、別居していたらしい。また戻ってきたのはつい去年だとか。本当に色々あったらしいが、今は前よりも気が楽になったと言っていた。
円山公園駅まで送ってもらってお別れした。そこから30分くらい歩いてホステル(LDKホステル大通り)に着いた。チェックインして部屋で休んでいると、新しいゲストが入ってきて、電話でずっと話しているので、部屋の外で話したほうがいいよと英語で言うと、理解してくれて、知らなかったんだと謝ってきた。ポルトガルから来たフィリップという40歳くらいの男性。日本に来るのが夢だったんだと言っていた。
6時くらいにホステルを出て、大通りまで歩いた。狸小路にできたMoyuk札幌というモールに入ってみた。水族館があって、ペンギンなどがいるらしいが、ずっと屋内にいるんだったら可哀そうだなと思った。地下鉄に乗って元町に行き、ちょうど7時に駅前のなごみ屋という居酒屋に入った。
久しぶりに会った門脇さんは、おでこにしわが数本できただけで、ぜんぜん変わっていなかった。話し方も以前と変わらずエネルギッシュだ。前に会ったときからもう10年近く経ったと言っていたので、今回会いに来て本当によかったと思った。今も前と変わらず、同じアパートに住み、お母さんと縫製の仕事をしているらしい。柴犬もまだ2匹いる。
ビールの飲みっぷりもよく、タバコもまだウィンストンを吸っていた。愛車のゼットは、去年会社の危機があり、そのために220万で売ってしまったらしい。今は普通の軽に乗っているとか。彼女はおらず、もう数年前から性欲が徐々になくなったので、そのせいでほしいとも思わないんだとか。
円山に比べると、元町は民度が低く、車いす用の駐車場はたいてい埋まっているし、ゴミも多い。白石区は昔から在日の人などが多く、治安が悪かった。なんて事も言っていた。
7月23日
7月24日
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