2026/06/21

2026年6月 日本/北海道 7~8日目

 

6月20日

午前中レッスンを1つやり、それから一人で自転車で四季の館の温泉に行った。サウナと温泉に入り、あかすりで身体も洗った。最高に気持ち良かった。休憩室で30分ほど休み、また家に帰った。4時からまた1つレッスンをやり、そのあと2つあるはずだったが、どちらもキャンセルになった。




6月21日

朝は奥さんと二人でたんぽぽ公園に行って、軽くジョギングした。帰りにベンチに座っていた若い外国人男性二人に話しかけた。彼らはインドネシア人で、一人はスラカルタ、もう一人はスラバヤから来たらしい。日本に来て1年目と2年目、前は熊本と福島で働いていたらしい。二人ともイスラムなので、スーパーではよく鶏肉と魚を買うと言っていた。農家で米とブロッコリーをやっているとか。今日は休みで、これからジョギングすると言っていた。

11時からレッスンをやり、それから昼ご飯を食べて部屋で本を読んだ。「未来からの遺言」を読み終わったが、なかなかすごい本だった。さすがフジワラさんはすごいのを薦めてくる。病気で苦しむ人は、周りの人に病気と闘う姿を見せることで、苦しむ意味を見出すとかなんとか書いてあったのが、とくに印象に残った。午後4時からもレッスンを3つやった。晩御飯はジンギスカンを食べた。



6月22日

6月23日
6月24日
6月25日
6月26日

2026年6月 日本/北海道 4~6日目

 6月17日

朝7時前に、原チャリを押してフジタさんまで行き、店の横に停めて帰ってきた。昼くらいに車でまたフジタさんに行くと、調べてみるからまた明日来てくれと言われた。

そのまま新しくできたらしいミカミというレストランに行って、とんかつ定食を食べた。シェフの男性は髪がかなり薄くて、神経質そうだった。とんかつは塩で食べるのがおすすめだと言われたので、そうしてみたが、なかなか美味しかった。とんかつ以外もこだわって作ってある感じだった。

それから四季の館で30分ほど時間を潰すと、奥さんを乗せた道南バスがやっと着いた。スーツケースを引っ張って、二人で歩いて家に帰った。


6月18日

バイク屋に行くと、これはもうボロボロで、たとえ直してももう長くは乗れないと言われた。カバーを開けて内部を見せてもらったが、錆びがすごい。これは古いとかじゃなくて、どこかに放置されていたんじゃないかと言っていた。廃棄にするならうちでしてあげると言われたので、一日考えさせてくださいと言って店を出た。

それからまた役場に行くと、まずチーちゃんがいたので、少し話した。役場に私の事を知っている人が他にもけっこういるのかと思うと気が重い。おとついと同じ課に行き、搭乗証明書が取れなかったというと、それじゃあやはりどうにもできないとなったが、結局チケットを買った旅行会社のサイトに残っていた履歴で大丈夫だということになり、スクリーンショットをとって役場のメールに送った。なんとか健康保険証を発行してもらい、まだ国民年金の免除申請などがあったが、レッスンがあったので、一度家に帰った。午後からまた行って免除申請をして、そのあと松風歯科に行ったが、健康保険証がまだ使えないと言われ、しかたなく来週にまた予約を入れて家に帰った。歯科の女性の先生は目がギラギラしてて、話し方もなんか怖かった。ここじゃないほうがいいんじゃないかという予感も少しした。

夜は7時から柔道に行った。入ると子供たちしかおらず、みちるは子供を連れて出ていったそうだ。すぐ帰ってくると思ったが、結局30以上も帰ってこず、わたしは柔道着もないので参加もできず、非常に居心地が悪かった。やっとみちると、ヨッチも一緒に来て、ヨッチに柔道着を貸してもらって着替えた。乱取りに参加したが、痛めている左手を使わないでやろうとしたが、やはり無理で、投げられまいと思っていたが、男子に投げられてしまった。練習中でアドレナリンも出ているのか、痛みは感じなかったが、次の日にやばいことになるんじゃないかと怖かった。

男子との乱取りは二回だけにして、それからは女の子とやったが、これもなかなか大変で、けっこう汗をかいた。練習は9時に終わって、1階でテニポンをやっていた母と車で帰り、すぐにシャワーを浴びて、9:15からレッスンを1つやった。


6月19日

朝から母と奥さんと3人で、車で札幌へ向かった。車の中で、家のことを話したが、どうしても私にはあげたくないようで、色んなテキトーな理由をつけてくるので、非常に腹が立ったが何も言わなかった。

奈津子の家に着き、奈津子も加え4人で、奈津子の車に乗って、福住の常口アトムへ行った。お店には、無料のスリッパ、飲み物、エコバッグなどがあってびっくりした。

思っていたより良い物件は見つからなかったが、内見できるのが1つあるということで、月寒中央駅徒歩1分くらいのマンションに行った。

10畳のリビングに部屋が1つ繋がっていて、大きい窓があり、山なども見えてとても良い景色だった。これで管理費などが込みで8万近く。駐車場が1万8千円と少し高いようだった。

内見が終わり、あるスープカレー屋で、昼ご飯を食べた。カレーは最安でも1480円と、ちょっと割高かと思ったが、最近はこんなものだという。わたしはスパイスカレーを頼んだが、スープカレーではなかった。

それからカツトシおじさんが入院している西円山病院へ行った。面会にはマスクが必要だというので、自販機で買った。面会は午後2時からだと言われたが、母も妹もそれを無視して部屋に向かったのにはびっくりした。なんとか部屋に着くと、次男のハルヒコさんがいた。おじさんはベッドの上にあぐらをかいていた。母が話しかけると、母も私たちの事も、おまけに父のことなども忘れたと言っていた。しかし話しているうちに少しずつ思い出してきたらしく、話しが合うようになってきた。忘れてはいるが、忘れているということを自覚しているし、話し方も前とまったく変わらない。母がおじさんの昔の事を言うと、あんた俺のことをよく知っているなと感心していた。母がおじさんの話しはとても面白かったよと言うと、じゃあ今は面白くないってことかと突っ込んでいたのにも驚いた。今は目もあまり見えないらしく、我々の顔もよく見えないようだ。思い出せないのはそれもあるかもしれない。こんな姿を見せてしまって。。。と言っていたのが感慨深かった。自分でわかっていてもどうしようもないのだろう。目もあまり見えず、身体も思うようには動かない、これが老いなのだ。今日は来てくれて本当にありがとうと何度も言っていた。あと、カステラが大好きだと言っていた、もしもう一度来れるチャンスがあったらカステラを買ってきてあげたい。

帰りに、みんなでぜんぜん呆けてない、おじさんはやっぱりすごいねと話した。

帰りは高速に乗って帰り、家に着いてから奥さんと二人でスーパーに行き、刺身を買ってきて食べた。400円くらいの切り落としだったが、とても美味しかった。

2026年6月 日本/北海道 1~3日目

 6月14日

レッスンが4つで割と忙しい1日。

Wifiレンタルどっとこむで借りた、「WiMAX 5G L13 無制限」が調子よく、レッスンもなんの問題もない。前回借りたポケットwifiは最悪だったので、今回は嬉しい。

短期 1 日 700 円(税込)

30 泊 31 日 9,800 円(税込)

(1 日あたり 316 円(税込))

翔くんが去年送ってくれた郵便物を開けたら、新作の「その殺人、本格ミステリーにさせません。」が入っていた。いつも送ってくれて、ありがたい。

昼から佐々木さんのおばさんの家に行った。家に入るとちょっと異様な臭いがした。おばさんとシュンちゃんがいたが、おばさんの痴呆がひどくなっている。ここ最近、TVでわたしが映っていたとずっと言っていたらしい。福岡で街頭インタビューを受けていたのを見たのだとか。質問に答えても、何度も同じことを聞いてくる。母とシュンちゃんは私の背後で大声で二人で話しているし、おばさんもうるさいしで、部屋の中がカオスだった。おばさんをよく観察していると、同じことを私に聞きながらも、周りのことも気にして、必死にみんなの気を引こうとしているように見えた。まるで注目を集めたい子供みたいだ。奥さんと別れてもいいから帰ってきなさいというフレーズも、みんなの気を引けると思ったようで何回も言ってくる。おばさんの姿を見て、本当に色々考えさせられた。こうなってしまっては、もうおばさんのためにしてあげられることはなんなのかよくわからない。

思うに、おばさんはもしかしたら頭をぜんぜん使っていなかったんじゃないか、だから呆けてしまったんじゃないかと思った。たくさん友達がいて、四六時中しゃべっていた印象があるが、じつはただ反射的にしゃべっていただけで、じつは何も考えてなかった、脳みそを使っていなかったんじゃないか、そう思った。


6月15日

10時頃から母と二人で、苫小牧に住んでいる消防のおじさん(母の兄)の家へ行った。初めて行ったが、家の前に公園があり、庭にはハウスもある。おじさんはあまり変わっていなかった。キクエさんと、娘のマリちゃん、その子供たちもいた。家に入ってコーヒーをもらい、シンガポールのことなど、少し話した。

それからおじさんたちとイオンに行き、母の車にみんな乗り、日本橋という料理屋へ行った。店の看板にはやまべと書いてある。個室には座敷の上にテーブルが置かれていた。豚肉の鍋のほか、やまべの揚げ物、などなど。全部美味しかった。やまべはヤマメとも言うらしく、同じ魚。

八王子に住んでいるいとこのノリコちゃんの高2の娘が、今度一人でセブ島に、夏休みを利用して英語留学に行くらしいので、行く一か月前くらいから、勉強始めたほうがいいよとか、アドバイスしておいた。帰りに無印に寄って、長袖シャツと、サンダルなどを買った。


6月16日

9時頃に一人で役場に行って住民票を入れようと思ったが、パスポートにスタンプも押してないし、飛行機のチケットの半券がないとかで、できなかった。なので、航空会社に連絡して搭乗証明書をもらうように言われた。

昼くらいにバイクのバッテリーが届き、その15分後に大西さんがやってきて、バイクにガソリンを入れて、そのバッテリーもつけてくれた。しかしエンジンはかかったものの、アクセルが壊れていて動かない。むかわ町のフジタモーターサイクルでバイクの修理もしてくれると教えてもらったので、今度自分で持って行くことにした。大西さんには家に上がってもらって、少しお話をした。相馬くんとよく現場に入るそうで、相馬くんは腕もよくて、人気があるクロス屋だと教えてくれた。大西さんはバイクを15台も持っているらしい。よく壊れたバイクなどももらってきて自分で直すのだとか。相馬くんも最近原チャリを乗り始めたと言っていた。

大西さんが帰ってから、車で山下くんの家に行った。実家のほうにおお邪魔して、お父さんに線香をあげた。1年前くらいに脳出血で倒れて、それからずっと入院していたらしい。お茶をもらって、仏壇の前でおばさんも一緒に少し話した。

最近山下くんの家でも外国人を一人雇い始めたらしい。今年はインドネシア人の若者。むかわではブロッコリーの収穫などはほとんど外国人がやっているそうだ。今晩柔道の練習があるらしいので、行くことにした。

7時半くらいに行くと、よっちとみちるが指導していた。中学生の男子が3人、女子が2人。あとは小学生。みんな打ち込みや投げ込みが下手で、すごく指導したかったが、道着もないのでやめておいた。あとから山下くん、イトトモ、ヨシカツも来た。乱取り中の激がうるさくて、自分だったらこんなに言われたらイヤだなぁと思った。

2026/06/14

2026年6月 日本/東京 19日目

 6月13日

最後の日なので、朝は墨田川のほうまで散歩した。隅田川沿いではたくさんの人がジョギングなどをしていた。屋形船の看板を見ていると、日本語が上手なロシア人の男性に話しかけられた。出船なども読めるし、敬語もたいしたものだった。もう何年も住んで働いているようだ。ロシア人が多い地域などはまだ東京にはないと言っていた。とても感じのいい人で、10分近く話して、握手をして別れた。帰りに浄土真宗の寺があり、地域くるみの色んな活動をしており、いいなと思った。

ホテルに帰って朝ごはんを食べ、部屋で少し休んで、11時前にチェックアウトした。荷物を全部持って浅草線蔵前駅に行き、そこから浅草駅で降りたが、次の成田空港行きまでは30分もあり、プラットフォームで買って来たサンドイッチを食べた。電車がきてなんとか座れ、空港まで50分ほど。アヤカは先に着いて、子供と飛行機を見ているらしい。

成田空港第二ビル駅で降り、T2の北側デッキに行くと、アヤカと子供たちがいた。長男のとうわ君が9歳。次男のげんわ君?はまだ幼い。とうわ君は、右目の視力がほぼないかわりに、耳がすごく良いのだとか。子供の頃、水頭症とか色々やって、知能も普通より低いとかなんとか言っていた。しかしとても元気で、よくしゃべる可愛い子だ。

カフェに行き、せっかく車で来てくれたので、ごはんは全部おごってあげた。

アヤカはフリーのピラティス・インストラクターとして、頑張っているらしい。旦那さんが東長崎出身で、そのご両親の隣に家を建てて住んでいる。屋上やプールもあるんだよと子供が言っていた。車もあって、アヤカもよく運転しているらしい。子供に英語を教えてというので、毎日数時間勉強できなければ金の無駄だよと言って断っておいた。

旦那さんは若いときに飛行機の事故の動画などを見すぎて、今はまったく飛行機に乗れないので、海外旅行などは絶対に行けないという。その代わり車で長野に帰ったり、色々しているそうだ。

話しているうちに、そういえばアヤカってまっすぐで素直な性格だったよなーと思い出し、この子は何も心配がないなと思った。どんな問題でも、きっと前向きに乗り越えられると思う。

とうわ君が、もう帰りたいというのでカフェを出て、最後に空港のスタッフさんにみんなで写真を撮ってもらい別れた。私はバスに乗って第三ターミナルに行き、Spring Japanのカウンターに並んでいたが、間違って北京行きのカウンターに並んだ。やっと気づいて、正しいカウンターでチェックインし、荷物検査を終えて搭乗ゲートに着いた。無料の給水機などがないので、自販機でお茶を一本買っておいた。

飛行機はほぼ満席で、久しぶりに窓側の席に座った。ちょっとせまかったので、少し緊張したが、ノートPCで日記などを書いているうちに千歳に着いた。荷物もすぐに出てきて、外に出ると母がいた。カウンターにレンタルルーターを取りに行き、それから車でむかわの実家に帰った。

家で母の作った焼きうどんを食べた。ルーターはすごい強力で100Mbps以上あった。素晴らしい。部屋に昔の写真や、小学校の文集があったので、少し読んでみた。子供のときから、読書が好きだと書いているだけあって、文章もなかなか上手なほうだと思った。



2026/06/11

2026年6月 日本/東京 16~18日目

 6月10日

朝突然ヨシエちゃんからメッセージがあり、今日会えないかというので、10時半から上野で会うことにした。上野御徒町駅で待ち合わせて、歩いて上野公園に行った。ヨシエちゃんは体系も顔もあまり変わっていなかったが、頭に白い物が少し目立った。上野公園のスタバに行き、わたしが飲み物をおごってあげた。ヨシエちゃんはあいかわらずの勢いで話しまくる。

ヨシエちゃんはガンダムのイベントで、同じくガンダムファンの今の旦那さんと出会い、1年ほどで結婚し、旦那さんは勝どきに家(マンション)を買い、その後子供が3人生まれたのだとか。昼に一番下の子が帰ってくるので、それまで家に帰らなければいけないらしい。ずっと専業主婦をしているようだ。

スタバを出てアメ横に行き、たこ焼きをおごってもらった。ヨシエちゃんはアメ横で鮎を買っていた。さらに御徒町の魚屋に行き鯛を買っていた。そしてお別れして、私はパルコでブラブラしていたら、またヨシエちゃんからメッセージが来て、お菓子を買ったから渡したいという。待ち合わせをした所でまた会い、お菓子をもらって、やっと帰って行った。

そのあと一人で大江戸線に乗り、両国まで行き、江戸游というスーパー銭湯に行った。3時間で岩盤浴も入れるという2400円のパッケージにした。まず温泉とサウナに入り、それから岩盤浴に行った。初めて行ったが、温かい石の床の上にバスタオルをひいて寝るらしい。汗をたっぷりかいて、また温泉に戻ってサウナに入ったりして2時間半ほど過ごし、レッスンがあるのでホテルに帰った。腹が減ったので途中でコンビ二に行き、稲荷寿司を買った。ホテルに帰り、ベッドのシーツを取り替え、急いで稲荷寿司を食べて、レッスンを始めた。4時から10時まで立て続けに4本やった。

途中で今度はアベ君から連絡があり、なんとか会いたいというので、結局今晩10時にホテルまで来てもらうことにした。最後のレッスンが終わるとアベ君がホテルの外にいたので、二人で御徒町まで歩いた。途中でコンビニに寄り、飲み物を買った。わたしは酎ハイを買い、水筒に入れた。御徒町のマックに行き、アベ君にサラダをおごってあげた。私は小さい紅茶を頼んだ。

アベくんはずっと派遣会社で働いていて、今は護国寺に一人暮らししているらしい。釧路にも数年帰っていたこともあるが、仕事もないのでまた東京に帰ってきたらしい。元々背骨が自然な形じゃなく、力仕事などはできないので、今も整体に通っていて、月4万ちかくかかるとか。弟も妹も関東に来ていて、釧路には年老いた両親二人だけ。なんか色々大変そうだ。そういえば、煮え切らないところが、なんとなくインワイさんに似ているなと思った。東京じゃなく、さいたまとか郊外に移ってもいいんじゃないかと提案してみたが、たぶんしないだろう。

終電の時間がきたので、二人で大江戸線まで行き、アベ君は飯田橋のほうへ。わたしは新御徒町に帰った。


 6月11日

朝7時過ぎに起きて、公園に行きストレッチをして、朝ごはんを食べた。そしてすぐにホテルを出て、乃木坂駅まで行き、国立新美術館に行った。ピカソとポールスミス展、入場料は2400円だった。ピカソはもっと昔の人かと思っていたが、亡くなったのは1973年だった。展示はなかなかよかった。途中で休憩のために、ガラス張りの休憩室で、革の椅子に座って休んだが、静かでとても気持ちがよかった。

他の展示室で、習字や水墨画の無料の展示をやっていたので、それも見てみた。習字は高校生の作品が大人顔負けの素晴らしさで驚いた。水墨画も、色々な作品があり、とても面白かった。それから地下に行き、レストランで昼ご飯を食べたかったが、席がなかったのであきらめた。椅子に座って少し素焼き大豆を食べた。

それから地下鉄で神宮前に移動した。ここも外国人がすごい。とくに黒人が多い印象。アシックスの店を見て、竹下通りを歩いた。クレープ屋と、ガチャガチャの店がたくさんあった。原宿駅から山手線に乗って、大塚に行った。少しぶらぶらしてから、中華料理屋で油淋鸡を食べた。そして大塚駅北口から都営バスに乗って新御徒町まで帰った。

シャワーを浴びて、少し休んでから、1階で勉強したり日記を書いたりした。6時頃スーパーに行き、また弁当を買って食べ、7時半からレッスンが始まるはずだったが、生徒が忘れていたらしく、キャンセルになってしまった。

部屋に戻って11時くらいに寝ようとしたら、隣の部屋に今着いたらしい、フランス人っぽいカップルが来て、話しはしないのだが、荷物を出したり、部屋に出たり入ったりとアホみたいにうるさい。それが1時間近く続き、気にしていたら動機が激しくなってきて、寝られなくなった。しかたなく共用スペースに行くと、朝4時からのW杯の試合を見ると気合の入った男性が一人いた。しょーもない。腹が減ったのも寝られない原因の1つだと思い、トーストなどを食べ、さらに外を散歩し、コンビニで牛乳を買って、ホテルで温めて少し飲んだ。

やっと部屋に戻ると、少しは静かになっていたが、いっこうに寝られそうな気配がなく、結局3、4時近くまで眠れずに起きていたと思う。次の日の観光はあきらめたし、明後日のフライトにも不安が出てきた。人生は意地悪だなと思った。




6月12日

朝7時くらいに起きたが、睡眠時間が短いので、ちょっと頭がぼーっとする。とりあえず公園に行ってストレッチをし、帰ってきてスタッフに部屋の変更を申し出た。週末は満室で空きがないが、ベッドの変更はできるらしい。一度チェックアウトして、また午後3時に移れると言われた。

本当はサントリー美術館に河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の展示を見に行く予定だったが止めにした。久しぶりに休めというメッセージだと思うようにする。共用スペースで勉強などしたりして、10時に部屋に戻って荷物をまとめ、11時にチェックアウトし、荷物を置き、昼ご飯に出かけた。15分くらい歩いて、ある定食屋に着く。12時少し前だったので人はまだ少なく、カウンターに座ってサバみそ定食1100円を頼む。サラリーマンがどんどんやってきてすぐに満席になった。

食後に公園に行ったが、ここも弁当を食べるぼっちサラリーマンで溢れている。しかたなくホテルに帰ってチェックインの3時くらいまで時間を潰した。3時に部屋に入ったが、隣も上も割とおとなしそうな外国人。しばらくベッドで休んで4時から2つレッスンをやる。最後のレッスンのときに、ほかの外人客やスタッフが大声で話すものだから、生徒から少しうるさいと苦情が入り、最後の10分は部屋に移り、小声でやった。生徒にも、同室の方にも申し訳なかった。

レッスンが終わってすぐに中野に向かう。帰りのラッシュアワーで満員電車ばかり。みんな大変だなと思った。中野のロヂウラという居酒屋に行くと、タックが現れたが、恰幅がよくなってお父さんそっくりになっている。前に吉祥寺にあった行きつけの店が、ここに移ったらしい。隣には他の常連さんと思われる老夫婦もいて、なにやら話している。タックも私のことをスタッフや常連さんに紹介したりした。タックはあいかわらずこういうのが好きだ。

タックは今子供が4人だが、一番上もまだ中学生くらい。前の嫁との子、和(あい)ちゃんは、今法政大学に通っていて、ちょっとオタクな文学少女らしい。タックはあいかわらず酒に飲まれていて、友人の家に子供3人連れて行ったが、酔っぱらって帰りのタクシーで子供がいるのに車内でゲロを吐いて降ろされたらしい。それを見て子供が、自分は将来ぜったいお酒は飲まないと言ったのだとか。

オヤジさんはもう90歳を超えていて、今は地元の慶寿園で寝たきりらしい。

仕事は前のスポーツ系のTV局をやめてラグビー協会に入ったんだとか。給料は減ったが遣り甲斐を取ったと言っていた。スタッフの山田さんによく絡み、みんなにシャンパンをふるまい、日本酒もどんどん飲んでいた。酒も飯もたしかに美味しい。最後のほうはかなり酔っぱらって、支払いをしたあとに、もう一度支払いをしようとしていた。会計は4万近かったが、自分が出すとあらかじめ言っていたので、素直にごちそうになった。帰りはタクシーで帰ったようだ。

ここ最近、鬱っぽいのがひどくなり、病院に行って男性ホルモンを打ったりしてもらっているが、あまり良くならないのだとか。最近の犯罪の話しになると、あんなもんは死刑にしたらいいと言うのを聞いて、あまり精神状態がよくないなと思った。運動もやめてしまったし、音楽も聞かない、本も読まない。なんとか立ち直ってほしいが、けっこう難しそうだ。

わたしは中野から終電に乗り、飯田橋、そこからまた急いで大江戸線に乗り、なんとか12時くらいにホテルに帰った。部屋に入るともう静かで、昨日とはうってかわって良く寝られた。