2026/04/14

2026年4月 バリ/クタ、チャングー 1~3日目

 4月12日

朝ホーカーセンターでカリパップと餡子入り揚げパンを買い、11時頃にバスで空港へ向かった。スムーズに搭乗ゲートまでたどり着き、少しドラクエをやる。ゲート内に入り、カリパップを食べる。搭乗が始まりスクートに乗り込む。隣の席は欧米人の子連れのお母さんと子供。うるさいかなと心配したが大丈夫だった。機内ではKindleで読書したり、日記を書いたりして、アンパンも一個食べた。

17時前にバリの空港に着き、入国審査は自動ゲートですんなり通過し、荷物の申告だけ少し混んでいたが、すぐに出られた。暑いので短パンにはきかえた。Wifiにつなげて、バイク屋にメッセージを送り、SIMカード屋まで歩いた。お店の手前にバイク屋さんがすでに来ていて、1,500,000払って前回と同じ水色のスクーターを借りた。ロンボク島へ行ってもいいかと聞くと、車検証かなにかの本物が必要だから、行くなら渡すので、決めたら取りに来てと言われた。

それからお店でTelecomselのSIMカード、23GBを2300,000で買った。そしてバイクで予約していたPondok Tiga Merthanに向かった。チェックインして荷物を置く。部屋は狭くてシングルベッド。すぐに近くでララパンのアヤム・ゴレンを食べて、バイクでクタ・ビーチウォークへ向かう。スポーツ商品店と靴屋を回って、ウォーキング用の靴をチェックした。HOKAで安くてかっこいい靴があったが、トレッキング用。ほかのブランドもトレッキング用のほうがかっこいい。2時間近くモールを歩き回ったが、結局決められずにホテルに帰った。

バリは蒸し暑く、部屋にいると関節の裏が湿気で痒くなってきたが、冷蔵庫がないので、保冷剤も冷やせず、痒い想いをした。











4月13日

夜明け前に目が覚め、夜明けと同時に外に出かけ、まずは市場でいつものブブルを食べた。それからクタビーチに行って散歩した。やはり歩道が波で削られてなくなっていた。ゴミも散乱していて、非常に残念なことになっていた。

ホテルに戻ってドラクエをやったりした。月曜だというのに、泊っているホームステイに人がたくさん集まって儀式が始まり、けっこううるさかった。レッスンを1つやって、昼前にチェックアウトした。ホテルにカバンを置かせてもらって、まずはスクーターで昼飯を食べに行った。ナシチャンプルを食べたが、肉を入れなかったらたったたの20,000だった。店には中国人が何人かいた。住んでいるような感じだった。それからガレリアモールに行き、Pranet Sportsで色々試して、結局HOKAのClifton 10というウォーキング用のスニーカーを1,800,000で買った。

デビッド・カードで払いたかったが、2枚とも使えず、現金で払った。

それからホテルに戻って荷物を取り、チャングーへ向かった。30分ちょっとで着いたが、暑いので汗だくになった。Nudel Roomというホテルで、一階の部屋だったが、湿気がすごくて、洗濯物も乾かなそうだった。スマートTVがあったので、またパラサイト旅などを見て休んだ。

3時半にラオスで知り合ったワタルさんと合流し、Susuという奥さんのお気に入りのカフェに行くことにした。1階の席でパームシュガーラテを飲みながら、色んな話をした。ワタルさんはパワーリフティング3種の66kg級千葉県記録保持者らしく、毎日ジムに行って筋トレを欠かさないらしい。スクワットは190kg、ベンチプレス140kg、持ち上げるのは230kgだそう。この1か月くらい、あまり食事制限しなかったら11kg痩せたとか言っていた。ちゃんと管理しないと体重を維持できないらしい。今は千葉県の野田市で、友達家族が経営する非鉄金属の会社でバイトをしてるとか言っていた。夢は自分の飲食の店を持つことらしい。

2時間くらい話して、それから路上のバビサテーを食べに行き、それからビーチへ行って、夕暮れ空を見ながら歩いた。帰りはホテルの前まで送ってあげて、私も急いでホテルに帰って7:30pmからレッスンをやった。そのあと、小腹が空いていたので、コンビニでカップ麺を買ってきて部屋で食べた。薬屋で筋肉痛の塗り薬も24,000で買ってきて、肩に塗った。

夜と朝方は道路からの音がけっこううるさかった。
















4月14日

世明けとともにホテルを出て、バイクでビーチに行った。途中で朝ごはんを買って、釣りをしている人達を眺めながら食べた。それからかなり西のほうまで歩いて行った。ビーチでお祈りをしているバリ人グループのおばさんたちが、露出度高めのビキニで歩く欧米人女性を見て笑っていた。バイクまで戻ってきて、そのままビーチ沿いをバイクで移動し、隣のビーチのカフェでフラットホワイトを飲んで、しばらくKindleを読んだ。

9時近くにホテルに戻って洗濯してから、勉強したり、TVを見たりした。11時過ぎにチェックアウトし、近くのRice Fare GHという所に移った。誰もいなかったので、レセプションにカバンを置いて、昼ご飯を食べに行った。バビグリンの人気店で、そこそこ混んでいた。食べ終わって、田んぼのあぜ道を走って、遠回りしてホテルに帰った。掃除しているスタッフがいたので、少し待って1時くらいに部屋に入れてもらった。2回の部屋で広くてとてもキレイだった。とりあえずドラクエをやった。人さらいのアジトでカンダタを倒した。

4時のレッスンまで時間があったが、外がすごく暑そうなので、部屋でKindleを読んで時間を潰した。4時からレッスンをやって、それからOpenhouse Cafeという店に行き、カナちゃん家族に会った。














2026/03/25

2026年3月 ラオス/ヴィエンチャン 22~24日目

 3月25日

朝、お湯を飲もうとしたが、電気ケトルのコンセントの形状が、ベッドの横のコンセントとしか合わないので、ケトルを高く持ち上げてお湯を沸かした。それからトンカンカム市場に行って、タロイモのデザートを買った。帰りに屋台で太い麺の料理を食べたが、ぬるくてあまり美味しくなかった。ホテルでレッスンを3つやった。

昼は老成都という店で担担麺を食べる。うまかったが、かなりしょっぱかった。午後3時くらいにNaked Espresso Misayというカフェに行って、フラットホワイトを飲んだ。美味しかったし、接客もよかった。午後7時くらいからまたレッスンを2つやって、晩ご飯は前にも行ったネームの人気店。今回は薄皮の春巻きみたいなのを食べたが、ネームほど美味しくはなかった。夜は黒ビアラオを飲んだ。


3月26日

朝7時前にホテルを出て、バスターミナルへと歩く。着いてすぐカオピャックを食べるが、量が多すぎて鶏肉を取り除いて袋に入れ、残りはなんとか全部食べた。7時半発のブッダパーク行きの14番のバスに乗る。料金は25,000。最新情報は18,000だったが、この数カ月でさらに上がったらしい。友好橋を通り、8時20分くらいにブッダパークに着く。たぶん1番乗り。入場料は60,000。豪勢な入口ができたり、中も休憩所やカフェなどが整備されていた。気温はすでに30度近く、日傘をさして見て回った。セミの鳴き声がすごい。一番最初にきたときに撮ったポーズと同じ感じで写真を撮った。

だんだん中国人観光客がやってきて、とてもにぎやかになった。1時間くらいでおいとまし、帰りのバスを20分くらい待った。バスが来て乗り込んだが、友好橋でさらに15分くらい泊まっていた。なんとか昼前にバスターミナルに帰ってきた。タラートサオでTシャツを見た。昨日ナイトマーケットで75,000で売っていたが、クオリティが高いのは120,000と言われた。白いビアラオTシャツが欲しかったが、私に合うサイズがなく、しかたなく奥さんにだけビアラオTシャツのLサイズを買った。

それから歩いて三週間前に行った床屋に行った。理容師の青年にわたしを覚えているかと聞くと、覚えてないと言っていた。仕上がりは満足だったが、前よりもだいぶ短い時間でさっと切られた。値段は変わらず80,000。歩いてホテルまで帰ったが、だいぶ暑い。38度くらいだろう。ホテルについて荷物を置き、またすぐ昼ご飯を食べに近くのチリ料理の店へ行った。店に入っても誰もメニューを持ってこない。イラっとくる。フィッシュタコス、55,000を頼んだ。注文しに行くときも立って自分で行くと、席に座れみたいな事を言われさらにイラっときた。ぜったい悪いレビューを書いてやろうと思った。タコスは美味しかった。さっさとお金を払って出た。帰りに屋台で揚げパンみたいなのを4個、10,000で買った。部屋で食べたが、肉が入ってるのは嫌な味がしたのではいて捨てた。

しばらくしてラップトップを持ち、また昨日のカフェに行った。ビーツルートのフルーツジュース、70,000を頼んで、1時間近くパソコンをいじったりした。

ホテルに帰り、午後5時頃にまたサウナに行った。客は誰もいない。あまり疲れないように、早めに出るようにした。暗くなったので、休んでいると蚊がたくさんきて、足を刺されすごく痒い。結局ほかには地元の男性が2、3人来ただけだった。

それから近くの店でラープを食べて、ソーダを飲んだ。会計は120,000くらい。けっこう量が多かったので、少しだけ残してしまった。覇気のない物売りの少年がきたので、マンゴーを20,000で買ったが、食べないので店に置いてきた。帰りにビアラオIPAを買って、部屋で飲んで寝た。


 3月27日

朝はホテルの近くを30分くらい散歩して、路上の屋台でバインクオンを食べた。それから昼飯用にカオチーを買いに行き、蒸しパンも1個買った。帰りに路上にいたトゥクトゥクのおじさんに声をかけ、9:50にホテルに来て、空港まで送ってくれるように手配した。値段は100,000。目の色素が薄い、人のよさそうなおじさんだった。ホテルに帰ってストレッチをし、8:30から1つレッスンをやって、9:45にチェックアウトすると、外にちゃんとおじさんがいた。しかしトゥクトゥクには白人のおじさんが一人乗っていた。どうやら相乗り客を見つけたようだ。思ったよりできるおじさんだ。相乗りのおじさんは身なりもかばんも汚く、長く放浪している風だったが、とくに何も聞かないでおいた。15分ほどで、無事に空港まで着き、ちゃんとお金をあげた。

チェックインカウンターは15人くらい並んでいた。無事にチェックインし、すぐに搭乗ホールに入った。あいかわらず中国人がたくさんいてうるさい。かれらの便が出るたびに、当たりは静まり返ったのがシュールな感じがした。搭乗ゲートにはお湯はおろか、水の供給機もない。ベンチで買ってきたカオチーを食べた。

ほぼ時間通りに搭乗になり、来た時と同じ1列4席の機体。機内で4ドルのミルクティーを買って、朝に買った蒸しパンを食べた。ずっと中国語レッスン用にワークシートの答えを書いたり、日記を書いたりしてたが、のこり1時間くらいのところで、緊張してきたのか、また過呼吸気味になった。

シンガポールに到着すると隣のシンガポール人おやじが、早く降りたいようで、棚の上のカバンを取りたいなどと言っていた。前に座っていたオヤジ共と友達だと思っていたが、どうやら関係ないようで、降りると一人で速足で歩いていった。

入国ゲートまで来たが、アライバルカードを書くのを忘れていたので、ゲートが開かなかった。すぐに書いて提出し、無事に入国した。バスに乗ってさっさと帰り、夜はインドミーを食べた。

おわり