2026/06/14

2026年6月 日本/東京 19日目

 6月13日

最後の日なので、朝は墨田川のほうまで散歩した。隅田川沿いではたくさんの人がジョギングなどをしていた。屋形船の看板を見ていると、日本語が上手なロシア人の男性に話しかけられた。出船なども読めるし、敬語もたいしたものだった。もう何年も住んで働いているようだ。ロシア人が多い地域などはまだ東京にはないと言っていた。とても感じのいい人で、10分近く話して、握手をして別れた。帰りに浄土真宗の寺があり、地域くるみの色んな活動をしており、いいなと思った。

ホテルに帰って朝ごはんを食べ、部屋で少し休んで、11時前にチェックアウトした。荷物を全部持って浅草線蔵前駅に行き、そこから浅草駅で降りたが、次の成田空港行きまでは30分もあり、プラットフォームで買って来たサンドイッチを食べた。電車がきてなんとか座れ、空港まで50分ほど。アヤカは先に着いて、子供と飛行機を見ているらしい。

成田空港第二ビル駅で降り、T2の北側デッキに行くと、アヤカと子供たちがいた。長男のとうわ君が9歳。次男のげんわ君?はまだ幼い。とうわ君は、右目の視力がほぼないかわりに、耳がすごく良いのだとか。子供の頃、水頭症とか色々やって、知能も普通より低いとかなんとか言っていた。しかしとても元気で、よくしゃべる可愛い子だ。

カフェに行き、せっかく車で来てくれたので、ごはんは全部おごってあげた。

アヤカはフリーのピラティス・インストラクターとして、頑張っているらしい。旦那さんが東長崎出身で、そのご両親の隣に家を建てて住んでいる。屋上やプールもあるんだよと子供が言っていた。車もあって、アヤカもよく運転しているらしい。子供に英語を教えてというので、毎日数時間勉強できなければ金の無駄だよと言って断っておいた。

旦那さんは若いときに飛行機の事故の動画などを見すぎて、今はまったく飛行機に乗れないので、海外旅行などは絶対に行けないという。その代わり車で長野に帰ったり、色々しているそうだ。

話しているうちに、そういえばアヤカってまっすぐで素直な性格だったよなーと思い出し、この子は何も心配がないなと思った。どんな問題でも、きっと前向きに乗り越えられると思う。

とうわ君が、もう帰りたいというのでカフェを出て、最後に空港のスタッフさんにみんなで写真を撮ってもらい別れた。私はバスに乗って第三ターミナルに行き、Spring Japanのカウンターに並んでいたが、間違って北京行きのカウンターに並んだ。やっと気づいて、正しいカウンターでチェックインし、荷物検査を終えて搭乗ゲートに着いた。無料の給水機などがないので、自販機でお茶を一本買っておいた。

飛行機はほぼ満席で、久しぶりに窓側の席に座った。ちょっとせまかったので、少し緊張したが、ノートPCで日記などを書いているうちに千歳に着いた。荷物もすぐに出てきて、外に出ると母がいた。カウンターにレンタルルーターを取りに行き、それから車でむかわの実家に帰った。

家で母の作った焼きうどんを食べた。ルーターはすごい強力で100Mbps以上あった。素晴らしい。部屋に昔の写真や、小学校の文集があったので、少し読んでみた。子供のときから、読書が好きだと書いているだけあって、文章もなかなか上手なほうだと思った。

2026/06/11

2026年6月 日本/東京 16~18日目

 6月10日

朝突然ヨシエちゃんからメッセージがあり、今日会えないかというので、10時半から上野で会うことにした。上野御徒町駅で待ち合わせて、歩いて上野公園に行った。ヨシエちゃんは体系も顔もあまり変わっていなかったが、頭に白い物が少し目立った。上野公園のスタバに行き、わたしが飲み物をおごってあげた。ヨシエちゃんはあいかわらずの勢いで話しまくる。

ヨシエちゃんはガンダムのイベントで、同じくガンダムファンの今の旦那さんと出会い、1年ほどで結婚し、旦那さんは勝どきに家(マンション)を買い、その後子供が3人生まれたのだとか。昼に一番下の子が帰ってくるので、それまで家に帰らなければいけないらしい。ずっと専業主婦をしているようだ。

スタバを出てアメ横に行き、たこ焼きをおごってもらった。ヨシエちゃんはアメ横で鮎を買っていた。さらに御徒町の魚屋に行き鯛を買っていた。そしてお別れして、私はパルコでブラブラしていたら、またヨシエちゃんからメッセージが来て、お菓子を買ったから渡したいという。待ち合わせをした所でまた会い、お菓子をもらって、やっと帰って行った。

そのあと一人で大江戸線に乗り、両国まで行き、江戸游というスーパー銭湯に行った。3時間で岩盤浴も入れるという2400円のパッケージにした。まず温泉とサウナに入り、それから岩盤浴に行った。初めて行ったが、温かい石の床の上にバスタオルをひいて寝るらしい。汗をたっぷりかいて、また温泉に戻ってサウナに入ったりして2時間半ほど過ごし、レッスンがあるのでホテルに帰った。腹が減ったので途中でコンビ二に行き、稲荷寿司を買った。ホテルに帰り、ベッドのシーツを取り替え、急いで稲荷寿司を食べて、レッスンを始めた。4時から10時まで立て続けに4本やった。

途中で今度はアベ君から連絡があり、なんとか会いたいというので、結局今晩10時にホテルまで来てもらうことにした。最後のレッスンが終わるとアベ君がホテルの外にいたので、二人で御徒町まで歩いた。途中でコンビニに寄り、飲み物を買った。わたしは酎ハイを買い、水筒に入れた。御徒町のマックに行き、アベ君にサラダをおごってあげた。私は小さい紅茶を頼んだ。

アベくんはずっと派遣会社で働いていて、今は護国寺に一人暮らししているらしい。釧路にも数年帰っていたこともあるが、仕事もないのでまた東京に帰ってきたらしい。元々背骨が自然な形じゃなく、力仕事などはできないので、今も整体に通っていて、月4万ちかくかかるとか。弟も妹も関東に来ていて、釧路には年老いた両親二人だけ。なんか色々大変そうだ。そういえば、煮え切らないところが、なんとなくインワイさんに似ているなと思った。東京じゃなく、さいたまとか郊外に移ってもいいんじゃないかと提案してみたが、たぶんしないだろう。

終電の時間がきたので、二人で大江戸線まで行き、アベ君は飯田橋のほうへ。わたしは新御徒町に帰った。


 6月11日

朝7時過ぎに起きて、公園に行きストレッチをして、朝ごはんを食べた。そしてすぐにホテルを出て、乃木坂駅まで行き、国立新美術館に行った。ピカソとポールスミス展、入場料は2400円だった。ピカソはもっと昔の人かと思っていたが、亡くなったのは1973年だった。展示はなかなかよかった。途中で休憩のために、ガラス張りの休憩室で、革の椅子に座って休んだが、静かでとても気持ちがよかった。

他の展示室で、習字や水墨画の無料の展示をやっていたので、それも見てみた。習字は高校生の作品が大人顔負けの素晴らしさで驚いた。水墨画も、色々な作品があり、とても面白かった。それから地下に行き、レストランで昼ご飯を食べたかったが、席がなかったのであきらめた。椅子に座って少し素焼き大豆を食べた。

それから地下鉄で神宮前に移動した。ここも外国人がすごい。とくに黒人が多い印象。アシックスの店を見て、竹下通りを歩いた。クレープ屋と、ガチャガチャの店がたくさんあった。原宿駅から山手線に乗って、大塚に行った。少しぶらぶらしてから、中華料理屋で油淋鸡を食べた。そして大塚駅北口から都営バスに乗って新御徒町まで帰った。

シャワーを浴びて、少し休んでから、1階で勉強したり日記を書いたりした。6時頃スーパーに行き、また弁当を買って食べ、7時半からレッスンが始まるはずだったが、生徒が忘れていたらしく、キャンセルになってしまった。

部屋に戻って11時くらいに寝ようとしたら、隣の部屋に今着いたらしい、フランス人っぽいカップルが来て、話しはしないのだが、荷物を出したり、部屋に出たり入ったりとアホみたいにうるさい。それが1時間近く続き、気にしていたら動機が激しくなってきて、寝られなくなった。しかたなく共用スペースに行くと、朝4時からのW杯の試合を見ると気合の入った男性が一人いた。しょーもない。腹が減ったのも寝られない原因の1つだと思い、トーストなどを食べ、さらに外を散歩し、コンビニで牛乳を買って、ホテルで温めて少し飲んだ。

やっと部屋に戻ると、少しは静かになっていたが、いっこうに寝られそうな気配がなく、結局3、4時近くまで眠れずに起きていたと思う。次の日の観光はあきらめたし、明後日のフライトにも不安が出てきた。人生は意地悪だなと思った。




6月12日

朝7時くらいに起きたが、睡眠時間が短いので、ちょっと頭がぼーっとする。とりあえず公園に行ってストレッチをし、帰ってきてスタッフに部屋の変更を申し出た。週末は満室で空きがないが、ベッドの変更はできるらしい。一度チェックアウトして、また午後3時に移れると言われた。

本当はサントリー美術館に河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の展示を見に行く予定だったが止めにした。久しぶりに休めというメッセージだと思うようにする。共用スペースで勉強などしたりして、10時に部屋に戻って荷物をまとめ、11時にチェックアウトし、荷物を置き、昼ご飯に出かけた。15分くらい歩いて、ある定食屋に着く。12時少し前だったので人はまだ少なく、カウンターに座ってサバみそ定食1100円を頼む。サラリーマンがどんどんやってきてすぐに満席になった。

食後に公園に行ったが、ここも弁当を食べるぼっちサラリーマンで溢れている。しかたなくホテルに帰ってチェックインの3時くらいまで時間を潰した。3時に部屋に入ったが、隣も上も割とおとなしそうな外国人。しばらくベッドで休んで4時から2つレッスンをやる。最後のレッスンのときに、ほかの外人客やスタッフが大声で話すものだから、生徒から少しうるさいと苦情が入り、最後の10分は部屋に移り、小声でやった。生徒にも、同室の方にも申し訳なかった。

レッスンが終わってすぐに中野に向かう。帰りのラッシュアワーで満員電車ばかり。みんな大変だなと思った。中野のロヂウラという居酒屋に行くと、タックが現れたが、恰幅がよくなってお父さんそっくりになっている。前に吉祥寺にあった行きつけの店が、ここに移ったらしい。隣には他の常連さんと思われる老夫婦もいて、なにやら話している。タックも私のことをスタッフや常連さんに紹介したりした。タックはあいかわらずこういうのが好きだ。

タックは今子供が4人だが、一番上もまだ中学生くらい。前の嫁との子、和(あい)ちゃんは、今法政大学に通っていて、ちょっとオタクな文学少女らしい。タックはあいかわらず酒に飲まれていて、友人の家に子供3人連れて行ったが、酔っぱらって帰りのタクシーで子供がいるのに車内でゲロを吐いて降ろされたらしい。それを見て子供が、自分は将来ぜったいお酒は飲まないと言ったのだとか。

オヤジさんはもう90歳を超えていて、今は地元の慶寿園で寝たきりらしい。

仕事は前のスポーツ系のTV局をやめてラグビー協会に入ったんだとか。給料は減ったが遣り甲斐を取ったと言っていた。スタッフの山田さんによく絡み、みんなにシャンパンをふるまい、日本酒もどんどん飲んでいた。酒も飯もたしかに美味しい。最後のほうはかなり酔っぱらって、支払いをしたあとに、もう一度支払いをしようとしていた。会計は4万近かったが、自分が出すとあらかじめ言っていたので、素直にごちそうになった。帰りはタクシーで帰ったようだ。

ここ最近、鬱っぽいのがひどくなり、病院に行って男性ホルモンを打ったりしてもらっているが、あまり良くならないのだとか。最近の犯罪の話しになると、あんなもんは死刑にしたらいいと言うのを聞いて、あまり精神状態がよくないなと思った。運動もやめてしまったし、音楽も聞かない、本も読まない。なんとか立ち直ってほしいが、けっこう難しそうだ。

わたしは中野から終電に乗り、飯田橋、そこからまた急いで大江戸線に乗り、なんとか12時くらいにホテルに帰った。部屋に入るともう静かで、昨日とはうってかわって良く寝られた。


2026年6月 日本/東京 13~15日目

 6月7日

朝6時前から、法被を着た男性たちがすでに準備をして1階にたまって話していた。その脇で静かにトーストを食べた。少しうるさいが、みんな横柄な感じではなく、わたしが道を通るときは気を遣ってくれた。彼らは7時頃に出て行き、外でもまた法被を着た人たちがどんどん現れた。

10時頃にホテルを出て、大江戸線の駅に向かった。途中で神輿や馬が道路を渡っていた。その間は道は封鎖されて、馬が通り終わったあと、また交通が再開した。

大江戸線で飯田橋まで行き、そこから九段下の前田さんのラーメン屋、ヌードルマイスター源九へ行った。店にはお客さんが数人。貝柱のスープがもうなかったので、煮干しのスープを頼んだ。厨房には前田さんが一人で、まだこちらには気づいていない。しかしラーメンを持ってきたときにわかったらしく、こちらを凝視して、どっかで見た顔だなぁと言っていた。

平日はサラリーマンなどで混んでいるらしいが、週末なので客も少なく、仕事の合間に少し話せた。ラーメンはあっさりしていてとても美味しく、おにぎりまでついていた。これはお得感がある。客が絶えなかったので、空気を読んで店を出た。前田さんはFBで連絡するねと言っていた。前田さんは少し太ったようだが、元気そうで良かった。

それから歩いて靖国神社に行った。鳥居がばかでかく感動した。とてもおごそかな雰囲気だ。途中にお店があったので、そこで大野さんのお土産に靖国ノートを買った。手を洗ってお参りしたら、あるおばあさんが隣でずっと、今の日本を嘆くような語り掛けを神社に向かってずっと言っていた。かなり自分の世界に浸っていた。それからゼロ戦や機関砲の展示を見た。お土産コーナーもあり、「武士道を読もう」という面白い本があったので1冊買った。

そして九段下駅から地下鉄で末広町駅まで行き、そこから歩いて神田明神へ行った。けっこう人がたくさんいた。お土産コーナーなども充実していた。スクナビコノ命を祀っているようだ。そこからまた歩いて秋葉原の電気街へ。裏道にはメイド服の女の子がたくさんいて、ビラを配っていた。大きい通りでは歩行者天国をやっていた。外国人がたくさんいる。ファミマでカフェラテを買い、縁石に座って持って来たアンパンを食べながら少し休憩した。カフェラテを飲み終わったが、ファミマのゴミ箱は使用禁止になっていた。コンビニだけじゃなく街中、ゴミ箱がないらしい。道路の真ん中に区役所のスタッフがいて、乗り物に乗っている人を注意していた。

色んな店に入ってみたが、アダルト系の店が意外に多かった。オタク系の店だと思って入って進んでいくとアダルト系に変わる。雨も降ってきたので、また電車でホテルに帰った。雨が降って神輿も担げなさそうだ。ちょっとかわいそう。午後6時半からレッスンが2つあった。


 6月8日

朝から雨が降っている。早くにホテルを出て池袋へ向かった。満員電車に巻き込まれ、サラリーマンの大変さがわかった。池袋に着き、西部池袋線に向かったが、逆方向はすごい人だが、さいたま行きはとても空いていた。飯能行の電車に乗り、50分くらいかかって10時に飯能駅に着いた。駅の外に出るとホワイトさんがいた。前より元気そうだ。パン屋があったので、パンをいくつか買った。カツラちゃんも車で来ていて、車に乗ってホワイトさんの家に向かった。

家には小5の娘さんが一人いたが、挨拶はしてくれず、スマホに夢中になっていた。そういう子らしい。ホワイトさんと桂ちゃんと3人で、2階のリビングルームで話した。カツラちゃんは14時から仕事があるらしい。長男はもう高2で、私立の学校に行っていて、次男は高1で、家のすぐ前の飯能高校に通っていて、グランドホッケーをやっているとか。飯能はホッケーが有名らしい。

1時間ほどで、その次男が帰ってきた。マッシュルームカットで、背が低い。こちらもとても内気な感じで、二人の子としては意外な感じがした。昼は家でカツラちゃんの作ったハンバーグなどを食べた。カツラちゃんが仕事に出かけ、それからしばらくして私もおいとまして、また歩いて駅へ向かった。飯能に着いてからネットに繋がらなくなり、ネットワーク選択設定を手動に帰ると、一瞬だけネットに繋がる。ネットが使えないと非常に不便だ。

帰りに池袋駅で、次の日に会う叔父さんへのお土産を買った。2000円のバームクーヘン詰め合わせ。ホテルに帰り午後6時からレッスンを2つやった。


 6月9日

今日も朝からホテルを出た。依然としてネットがうまくつながらず、グーグルマップが使えない。なんとか上野駅に着き、京浜東北線の宇都宮行きに乗った。10時に蓮田駅に着いた。えいじおじさんが車で迎えに来てくれていた。おじさんの家に行くと、おばさんがいた。冷たいお茶をもらって、色々話をした。

おじさんは15歳のときに、一人で大宮にきて国鉄の職員養成の学校に入ったらしい。その頃は飛行機がなかったので、東京北海道間はみんな電車に乗って移動していたので、東北、とくに青森はにぎやかだったらしい。移動にほぼ一日かかるが、みんな故郷が恋しいので、たとえ滞在時間が数時間になろうとも、頑張って帰ったらしい。ゆきはるおじさんの所に行こうとしたら、母に止められたという話をすると、ゆきはるおじさんはすごく気難しい人だから、母の気持ちはわかると言っていた。なんでもケチをつけたり、批判したりするので、一緒に旅行などはしたくないなと言っていた。

昼におじさんと二人で歩いて、近所の鮨屋に行った。まずは瓶ビールを飲んで、刺身を食べた。ランチの箱が来たが、ずっとビールを飲みながら話し続けていた。やっとランチを食べ始めたが、なかなかの量だった。しかし刺身はとても美味しかった。おじいちゃんが書いた戦争中の文集があると言うと、そんなの知らなかった、読んでみたいというので、帰ったらコピーを作って送ってあげようと思う。

おじさんが会計をしてくれて、また歩いて帰った。途中で伊奈町の由来などを教えてくれた。おじさんは歴史が大好きらしい。それから家に戻って、また話をしているとおばさんと一緒に、いとこのつよし君?の息子が来た。学校のあとは、いつもこうやって祖父母の家に来るらしい。挨拶もするし、とても礼儀正しい良い子だった。それからおばさんと次男くんも帰ってきて、そのあとお母さん(いとこのユキエちゃん?)も来た。イライラして子供やおばさんに怒ったりしていた。

それから長男くんがYouTubeを見始め、いつもの日常みたいな感じになり、私も客としてどうしていいかわからなくなった。おじさんもすごくリラックスしている。いつ帰ればいいのかチャンスをうかがっていたが、よくわからないし、おじさんも何も言いださない。ゆきえちゃんもシンガポールに来たことがあるというので、少しその話もした。

やっとおじさんが仕事に行くと言って立ち上がったが、バイクで行くとか言っている。わたしはどうしたらいいのだろうと思って、私も帰りますというと、おばさんが車で駅まで送ってくれることになった。もしかしたら、もう少し早めに、もう帰りますと言い出していればよかったのだろうか。おじさんも仕事に行く前に少し休みたかっただろうし。いずれにせよ、どうすればいいのか全然わからなかった。帰りにお土産をもらった。

みんな家を出ることになり、みんなにお別れを言って、駅まで送ってもらった。時間はもう5時近い。蓮田からまた電車で御徒町まで戻り、ホテルに帰った。夜はいつものようにスーパーで弁当を買って食べた。