2026/06/01

2026年6月 日本/東京 7~9日目

 6月1日

朝は線路の反対側を散歩してみた。住宅ばっかりで、いたるところに自転車がたくさんあった。おにぎり屋を見つけたので、明太子玉子焼きというのを一個買って、ホテルで昨日の残りのごぼうサラダと一緒に食べた。

10時半くらいにチェックアウトし、バックパックを背負って池袋の西口に行った。10分くらいで翔くんがきて、まず一緒にドラッグストアに行き、乾燥対策のワセリンを買った。それから中国の蘭州ラーメンの店に行き、二人で蘭州ラーメンと水餃子を食べた。いつも本を送ってもらってるので、ここは私が払った。

それからスタバに行って、カフェモカを飲んだ。ここは翔くんが奢ってくれた。私はホットを頼んだはずだったが、気づいたらアイスを飲んでいた。

翔くんの奥さんは左耳がほとんど聞こえないらしく、翔くんも家で大声を出しているせいか、スタバでもなかなか大きい声を出していて、みんなの迷惑になってないかちょっと心配だった。翔くんはマイルを貯めてノルウェーに行った話をしていた。今は娘が二人いるらしい。最近DDMという動画配信サイトでやっている窪塚洋介が出ている外道の唄というドラマの第二弾の脚本を書いているとか。数年前に武蔵小金井に建売の家を買ったそうだ。35年ローンだとか。そしてご両親もそのすぐ近くに家を買ったんだとか。

二時間くらい話し、やっと解散。新御徒町にあるWINDS Asakusaというホテルに行った。受付はインドネシア人っぽい女の子だが、日本語も英語も上手な感じ。

荷物を置いて、日の出温泉という銭湯みたいな所に行った。狭いしサウナもなく、客はおじいちゃんばっかり。ヒノキの風呂があったので、そこに入ったり、椅子で休んだりした。温泉を出て、目の前にあった天ぷら屋で晩御飯を食べることにした。1500円の天丼を頼んだが、量が多く、時間をかけてなんとか全部完食したが、すぐに便意を催し、ホテルまで急いで帰った。

ホテルには、お静かになどの貼り紙も一切なく、夜でもどたどたうるさい人が多かった。



 6月2日

朝は近くのスーパーヤマザキへ行って、納豆、豆腐、お稲荷さんアンパンなどを買った。公園でストレッチしてホテルに帰って、豆腐と納豆、お稲荷さんを食べた。

10時前に大江戸線で六本木ヒルズの森美術館に行った。ロン・ミュエクの展示があり、リアルで大きな人の彫像などがいくつかあった。入場料は2300円。制作風景のビデオなども面白かった。

見終わったあと、ファミマでカフェラテを買い、ヒルズのベンチで、カフェラテを飲みながらアンパンを食べた。それから日比谷線と銀座線を乗り継いで浅草まで行ったが、その途中、乗り換えで通路を歩いていると、突然駅のトイレから出てきた人に声をかけられた。誰かと思ったら、シンガポール柔道クラブのエイドリアンだった。家族や息子と一緒に旅行中で、これからミズノショップに息子の道着を買いに行くのだとか。彼が便所から出て来るタイミングで私がそこを通りかかるなんて、本当にすごいタイミングだった。

一緒に写真を撮って、それから浅草まで行った。やはり外国人がたくさんいる。浅草のユニクロで奥さんに頼まれていたスパッツを2枚買った。値段を見るとシンガポールより明らかに安い。しかし必要なものはなかったので何も買わなかった。

それから浅草寺に行くと、さらに多くの外国人と、修学旅行生などがいた。そして隣の浅草神社では奉納の歌謡曲を歌っていて、お富さんなどを歌っていた。観客はみんな地元のお年寄りとみられる人達で、みんなチップなどをあげたりしていた。

それから東西めぐりんというバスに乗って、ホテルまで帰った。夕方に共用スペースでレッスンをやったが、うるさい日本人のオヤジが一人いて、TVの音量は上げるわ、イヤホンもせずにテレビ電話をするわ、典型的な日本人などによくいるかまってちゃんオヤジで辟易した。

レッスンが終わってすぐにホテルを出て、都営バスで御徒町のda GIORGIOというイタリア料理店へ行った。まだ三好夫妻は来ておらず、先にトイレに行ったが、途中で案内してくれたスタッフの笑顔が素晴らしくて癒された。二人がきたので、ヒルズで買ったお菓子をあげた。ここはマユコさんの友達がやっているお店らしく、店のオーナーの男性が挨拶にきてくれた。
同級生の女性もここで働いていて、さらにその娘さんもウェイターをしている。ここで働いている男性従業員たちはみんな将来ピザ職人になりたいのだとか。漫画のバンビーノみたいだなと思った。

きのこのピザと、タコのピザと、イワシのマリネかなんかを食べて、ビールを一杯飲んだ。マユコさんの同級生の女性も同席して、4人で色々話した。閉店近くまで話して、周りの客はみんな帰ってしまった。最後にデザート、プリンとジェラートとティラミスを食べた。

会計は全部で2万ちかくだったと思うが、奢ってもらった。代わりに今度シンガポールに泊りに行ったら泊めてくれと言われたが、はてして叶うのか。外に出ると小雨が降っていたので、バスに乗って帰った。みんな雨の中ずっとバス停に傘をさして立っているが、バスの来る時間がわかっているのだから、それまでどこかで雨宿りすればいいのにと思った。

ホテルに帰って部屋の中にいると11時頃に部屋に男性が一人入ってきて、私の部屋のすぐ隣で中国語でずっと話していたので、顔を出してちょっと静かにと言ったが、なにか怒鳴られてまだ話続けている。私の隣の部屋に入り、さらに10分くらい話しているので、今度は英語で静かにしてと言うと、ファックユーだかなんだか言われた。さらに10分以上も話し続け、おまけに向かいの部屋からも中国語で話す声が聞こえだしたので、もう我慢ならんと思い、フロントに苦情を言いに行った。

フロントに男性が3人いて、2人が一緒に行くからどの部屋か教えてくれと言うので同行して部屋まで行き、そこの部屋を指さして、私はまたフロントの階の共用スペースに戻って、PCで少し作業をした。このホテルはもともと静かにしてなどのサインが一切なく、チェックイン時にも言わないし、スタッフもあまり気を遣う風でもないので、起こるべくして起こったことだと思った。

しばらくして部屋に戻ると、電気も消灯していて、静かにもなっていた。次の日は台風なので移動したくなかったが、もう無理だと思って、近くのホテルを予約してから寝た。



 6月3日

朝起きるともう雨が降っていた。散歩にも行けないので、共用スペースで、豆腐と納豆を食べてPCで少し作業をした。若いスタッフがぺちゃくちゃ話していてうるさい。また腹が減ってきたので、誰かのビニール傘をさして、近くのローソンへ行き、ハンバーガーとカフェラテを買い、ホテルで食べた。

9時くらいに部屋に帰り少し休んだが、チェックインが10時なのに気づき、急いで出発の準備をして、9:55くらいにチェックアウトをすませ、10時から共用スペースでレッスンをした。雨のせいなのか、周りにはすでに人がたくさんいて、座れる場所は限られていた。レッスン中にも後ろに人が映り込んだり、すぐ後ろでまたうるさいおじさんが他の客相手にうんちくを語ったりして、本当に最悪なホテルだなと思った。

レッスンが終わって、荷物を共用スペースに起き、すぐ出かけたが、外は小雨になっていた。バスと電車に乗って、東京駅の本屋丸善に行った。とても大きい本屋で、可愛い雑貨などもあった。本も色々あったが、どれも趣旨が軽く、ひまつぶしの本のように思えた。作家が心から書きたいと思って書いた本は少なくなっているんじゃないだろうか。結局、「マンガで教養やさしい日本絵画」という本を一冊だけ買った。

また電車で帰り、ホテルまで行って荷物を取り、小雨の中5分ほど歩いて、E10ホステルという新しいホテルに着いた。まだ2時くらいだったので、荷物を置かせてもらい、スーパーヤマザキでかつどんを買ってきて、共用スペースで食べた。地元のおじさんが3人、カフェ利用のためやってきて、色々話しだした。改めて日本人がいちばん声がでかくてうるさいなと思ったが、カフェ利用なのでしょうがない。競馬や病気の話をしていた。

1時間ほど待ってチェックインをした。部屋はそこそこ広い。5時くらいにレッスンを1つやり、そのあと違うスーパーに行って晩御飯と、次の日の朝ごはん用にパン、バター、ジャムなども買った。ホステルで晩御飯を食べて、7時から2つレッスンをやった。共用スペースは静かだし、客もあまり多くなさそうなので、ここに連泊しようと思った。

夜も早めに寝たが、わりとぐっすり眠れた。

2026年5月 日本/東京 4~6日目

 5月29日

ホテルの近くを歩き、スーパーでサンドイッチなどを買って、小さい公園でストレッチをして朝ごはんも食べた。10時頃にホステルを出て、中野新橋駅に向かった。中野坂上で乗り換えが必要で、みんな不便だと言っていた。

駅に着いて、マルエツというスーパーでJUN OSONを待った。二人で買い物をして、フクイさんの家に向かった。なかなかいいマンションで、中もキレイで広かった。コトリさんとフクイさんと、犬のスーちゃんがいた。あとからかよちゃんも来て、みんなで色々話した。フクイさんとコトリさんがお酒が大好きなようで、ずっとビールなどを飲んでいた。

フクイさんの彼は会計士で、二人でこの家を購入したらしい。

コトリさんは結婚していて、彼は料理が下手で衛星面も気を付けないから、自分がずっと料理を作り続けなきゃいけないと不満を言っていた。運動はしないが毎日1万歩くらい歩いているらしい。

かよちゃんも、私と同じくらいに結婚したけど、子供ができず不妊治療をやったが、注射を打ったり色々大変で、女だけが辛いと言っていた。彼はドゥカッティーという大きなバイクを持っていて、土日はいつも二人でタンデムでドライブするらしい。かわいい猫がいるから、必ず日帰りなのだとか。毎年やっている3人展を、もうやめようかと他の2人に話したら、がんばって続けようと説得されたらしい。ボブカットと眼鏡がとても似合っていた。

JUNさんは、浮気をよくしていたら、ある日愛人の会社に興信所から電話がかかってきて、調査中は二人は会っていなかったが、調査期間外で、会っているのを確認したとかなんとか言われたのだとか。たぶん奥さんが雇ったのだろうが、真相はわからないらしい。それで懲りて、今は浮気はしていないが、奥さんはヤラせてくれないので辛いとか。子供は二人とも私立にやっているので、お金がたいそうかかるらしい。トレランが好きで毎日近くの山を16km走っているとか。

12時から夕方までずっと話していた。帰りはフクイさん以外の3人と新宿まで行って別れた。ホテルに帰って、スーパーで買った総菜を食べて、レッスンをやった。




 5月30日

朝は近くを散歩して、スーパーでおにぎりを買って歩きながら食べ、一葉記念館だかの前の公園でストレッチをした。11時くらいに入谷のホステルをチェックアウトして、池袋の豊島区立南池袋公園に行って、るりちゃん家族に会った。芝生は養生中で入れないらしい。旦那さんは、大学で同じバレーボールサークルに入っていた方。趣味は千葉ロッテの応援らしい。江東区出身。るりちゃんも飯田橋出身なので、江戸っ子夫婦だ。

娘は眉毛の濃い長女が凪ちゃん4歳、妹が麦ちゃん1歳。凪ちゃんは聡明そうな子で、とても元気に公園を走り回っていた。家族は九段下のおばあちゃんの家に住んでいるそう。おじいちゃんは亡くなり、おばあちゃんは施設。お父さんも今年の春に亡くなったらしい。るりちゃんも働いているが、主に在宅ワークだとか。

途中から陽介が来たが、髭を脱毛していたので、変な感じだった。仕事が営業らしく、態度も営業の人っぽくて、ちょっと違和感があったが、あいかわらず優しそうだった。陽介はあれから27歳までとんちゃらりで働き続け、それから今の美容品などを売る会社に入ったとか。今の奥さんとは数年前に婚活アプリで知り合い、不妊治療をして、去年やっと子供が生まれて、今も二人目を凍結卵子で作ろうとしているとか。

あいかわらず女好きだが、大変な事も色々あったとか。たとえば前にナンパしてセフレの関係になった女性に、ある日呼び出されて、嫌な予感がしつつも向かったところ、子供ができたという話をされ、自分の子かどうかわからないのではと話したところ、突然近くの車からいかつい男性が三人おりてきて、その不誠実な態度はなんだ、慰謝料を100万はらえと言われ、誓約書をその場で書かされたらしい。

しかしバイト先に親がヤクザの子がいて、その親にお願いしたところ、なんとかしてあげると言われ、あとは弁護士に誓約書のことを相談し、なんとか金は払わずに済んだらしいが、すぐに引っ越し、それからは不特定の女性を相手にするナンパのような事はやめたとのこと。今は埼玉県の和光氏に家を建てて、神田の会社まで通っているとか。

3時過ぎに解散し、ホステルに帰って、6時にときわ台駅まで歩いて行き、インワイさんに会った。最初は鳥貴族に入ったが、インワイさんもお酒は飲まないとのことで、そこを出て、向かいの定食屋に入った。わたしは鮭フライ、彼は3つくらい頼んでたくさん食べていた。

彼は今年、研究者のビザを取ったらしい。あいからず良い就職はなく、ボードが好きなので、カナダのボードインストラクターの資格を取ったらしい。コースと検定がセットで20万ちかく。コースが2日間、試験が2日間みたいな感じだったとか。ボードインストラクターで働くのもいいかなと少し思っているとか。

彼女はいないが、ロシア人の女性と数カ月付き合ったと言っていた。親がたぶんすごくお金持ちだけど、すこし変な人で、突然フラれたらしい。

お店は8時で閉店。会計は私が全部払ってあげた。インワイさんはまだ給料も出ていないらしいので。それから少し歩いてコンビニで黒ビールを買って、バス停の椅子に座って飲みながらまた話した。セシリアさんは楽天に契約社員で入ったらしい。9時ぐらいに分かれて、また歩いて帰った。


 5月31日

ホステルの近くの住宅街を散歩して、氷川神社というのを見つけて少し入ってみた。帰りにオリジン弁当で、おにぎりを二個買ってホステルで食べた。レッスンを1つやってから、府中市へ向かった。保房くんが息子と駅まで迎えに来てくれていた。モールの中の鮨屋へ行くと、奥さんと次男くんがいて、みんなで寿司を食べた。

彼は最初宇都宮の三井製薬で働いたが、同僚や上司がダメなやつばかりなので、止めて川崎のほうの違う製薬会社でずっと働いていたが、去年あたりに給料も下がりそうだったので、転職して今の原子力の研究所に就職したらしい。

子どもはたぶん6歳と1歳くらい。長男が真幸(まさち)、次男が秀水(しゅうすい)。どちらも人懐こくて可愛かった。奥さんは府中市出身で、今は彼女の親が持っていたマンションに住んでいて、隣のユニットには親も住んでいるんだとか。駅からすごく近いようだ。よく奥多摩にキャンプなどしに行くらしい。保房くんはバイクの免許しかもっていなかったので、最近2週間かけて車の免許を取り、シェアカーなどをときどき使うのだとか。

寿司屋はおごってもらい、そのあとみんなで近くの大国魂神社へ行った。大きくて、人がたくさんいた。それから遊歩道にでていたテーブルに座り、マックで買った飲み物などを飲んだ。3時頃に解散し、池袋に帰った。一人で池袋の飲食店に行ったが、サービスが悪く面白くはなかったが、いい経験になった。すごい人で、東京はやっぱり無理だと思った。

おなかが減っていたので、帰りにオリジン弁当でとんかつとごぼうサラダを買って、ホテルで食べ、レッスンを1つやり、早めにベッドに入り、村上春樹の本などを読んでいるうちに眠ってしまった。

2026/05/26

2026年5月 日本/東京 1~3日目

5月26日

朝6時に家を出た。奥さんに家の下まで送ってもらった。コピティアムでいつものビーフンをダーバオして、バス停に向かった。34番と858番のバスでT3へ向かう。バス停にはすでにすごいたくさん人がいた。T3に着き、中国東方航空のカウンターへ。もうWebチェックインを済ませていたので、荷物だけ預けて搭乗券をもらった。

出国審査を終え、発着場が見えるロビーに座って朝ごはんを食べた。ストレッチもして、少しソファーで寝て、9時半頃に搭乗ゲートへ行き、すぐに搭乗。機内はほぼ満席。席にはTVがなかったが、機内のWifiは使えた。離陸すると、なぜか全ての窓が閉められ機内が暗くなり、圧迫感から呼吸が変になった。機内食が出て、魚のごはんと温かいお茶をもらった。4時間ほど経ち、すこし気分がよくなったので、ノートPCで日記を書いたりした。5時間ほどで上海空港に着いた。

乗り継ぎはスムーズかと思いきや、荷物検査場を出てしばらく進んだところで、検査官に取られた携帯をまだもらってないことに気づき、急いで戻った。しかし携帯はなく、どうしようと思っていたら、オーストラリア人のおじさんが、間違って持って行ってしまったと言って、わたしの携帯を持ってきた。少し急いで搭乗ゲートまで行くと、すでに搭乗が始まっている。焦りで口の中がすごく渇いていたが、給水機を見つける時間もなく搭乗。機内はさっきのとは違い、TVもあったし、客室乗務員もサービスがいい感じ。魔法瓶にお湯を入れてもらった。隣の席も空いていた。

離陸して、機内食が配られた。牛肉ご飯を選んだ。TVで中国ピンポンという映画を見たが、途中で見るのをやめた。ほどなくして東京の羽田空港に無事着陸した。入国審査はパスポートのスキャンのみで簡単。荷物を受け取り、空港線に乗って、東日本橋へ向かった。電車の中は仕事帰りのサラリーマンがたくさんいた。時間は夜11時近い。

東日本橋駅から10分くらい歩いて、初日の宿、Unito Chiyodaに着いた。たまたまスタッフがいたので、入り口を開けてもらい、無事にチェックインできた。部屋は思ったより広く、荷物が置ける長い棚もあって便利だった。すぐ寝ようと思ったが、腹が空いたのが気になり、7-11に行ってカップラーメンのたぬきそばを買った。店員は外国人で、客も外国人がたくさんいた。共用スペースでそばを食べて、部屋に戻って寝ようとしたが、またぜんぜん寝られず、朝方まで起きていた。


5月27日

たぶん朝6時頃に起きて、散歩に出た。外にテーブルを出した洒落たカフェなどがあり、外国人がたくさんいた。小さい公園でストレッチしてあと、スーパーに行ったが、なにも買わなかった。帰りに調理パンと書かれたパン屋で、パンやおにぎりを3つ買った。会計は600円足らずで、安いなと思った。宿に帰り、共用スペースで、無料のドリップ珈琲を入れて、朝ごはんを食べた。それから午前中に2つ、共用スペースでレッスンをやった。ある日本人の女性も隣で、仕事をしているようだった。長くここに住んでいるのかもしれない。

午後は散歩に出かけた。隅田川を渡り、両国の横網公園に行った。関東大震災と東京大空襲で亡くなった人たちの慰霊碑と、博物館もあった。この場所は、関東大震災のとき、火災による被害者が東京で最も多かった場所らしい。それから両国駅で両国やきとりというのをプレゼントに2個買った。そして牛肉コロッケを1個買い、歩きながら食べた。隅田川をまた渡ったときに、橋から下を見ると大量のクラゲがいた。河なのになぜ。

やっとホテルに着き、1時間ほど休んでから、地下鉄で東京駅まで行き、さば銀という居酒屋でフジワラさんと、リエさん元夫婦に会った。店はすごく狭く、相席のような感じだった。フジワラさんは本を一冊くれた。原爆被爆者の本。りえさんは今日名古屋で仕事があり、ギリギリで帰ってきた。子供が一人いて、来年は神戸に買った家のほうに引っ越すんだとか。夜10時くらいまで飲んで話し、会計はフジワラさんが出してくれた。1万7千円くらいした。それからまた地下鉄でホテルに帰って寝た。


5月28日

朝は近くの立ち食いソバ屋で、おきあみ天ぷらそばだかを食べた。550円。職人さんたちがたくさんいて、殺伐とした雰囲気だった。立ち食いソバだが、外でうんこ座りしながら食べた。レッスンをやって9時過ぎにチェックアウトし、地下鉄で入谷駅へ向かった。1980ホテルというカプセルホテルに荷物を置いて、新宿駅南口へ向かった。タニやんに会い、いっしょに高島屋のパエリア専門店へ。テラス席で、イカ墨のパエリアを含むコース料理を注文した。タニやんは10年前にトモちゃんと離婚したそうだ。原因は、トモちゃんが掃除ができなさすぎて、ストレスで別れたらしい。しかしトモちゃんは別れたくなく、裁判にもなったとか。そして、子供たちには別居しているが、まだ結婚しているとずっと思わせていたが、去年はじめて、20歳近い息子たち二人に、もう離婚していることを打ち明けたとか。

タニやんは数年前から、ミュージカルで知り合った女性と結婚し、去年子供が生まれたらしい。もう17年も前から、八王子のファミレスで働き始め、今も週3くらいで入っていて、ライブと合わせると3つの仕事をかけもちしているとか。ライブもお客さんが多ければ、いくらかもらえるらしい。会計はタニやんがだしてくれたが、8000円くらいした。そのあと少し街を歩いて、カフェに入り、また飲み物を飲んで少し話した。

それからタニやんと別れ、入谷のホステルに帰ってチェックインした。部屋は下の段で、なかなか居心地がよかったが、ブランケットも薄いので少し寒い。夜は近くの定食屋に行って親子丼を食べた。客は誰もいないのに、暗いカウンターに座らされた。この店はイエローカレーというのが有名らしいが、ただのカレーだと思って頼まなかった。