8月12日
8月13日
8月14日
8月6日
10時半頃に奥さんと二人で車で千歳に向かった。12時前に着き、7-11で仮眠する。12時に千歳の一休そばに入っていると、少し遅れてメンさんが来た。母も来ると思ってたらしく、母にお土産を持ってきてくれた。私たちは天ぷらそば、メンさんはカレーライスを注文した。
メンさんは、仕事を辞めたかったが同僚が社長に失言をしたせいでクビになってしまい、辞められなくなったらしい。ニセコへ外国人を送ったるする仕事をしているが、顧客にはシンハビールの社長などもいて、かれらはニセコに別荘を持っているらしい。今も忙しいが、冬はもっと忙しくなるらしい。
しばらくして社長のキムさんも昼飯を食べにやってきた。43歳。中国の哈爾濱生まれの韓国系だが、親は韓国に引っ越し、キムさんもここにもう20年以上住んでいるらしい。子供は7歳で、千歳の北陽小学校という所に通っていて、学校では日本語、家で韓国語と中国語、さらに英語のクラスにも言っているらしい。北陽小学校は、千歳の自衛隊の関係で学生の人数がいまだに増えている珍しい学校らしい。
キムさんは日本はとてもいい国、可能性を秘めた国なのに、やり方がよくないので、すごくもったいないとしきりに言っていた。スノボも好きだが、冬は家に帰れないほうど忙しいので、ボードにも全然いけないと言っていた。
会計はメンさんが全部出してくれた。キムさんが会社にも寄って行ってと言っていたが、用事もあるので、お断りした。そのあと苫小牧のハードオフに行って、釣竿セット、ラジカセ、デジカメ、服などを買い取りに出した。15分ほど待って審査が終わり、全部で8千円ちかくにもなった。それからブックオフに行き、ロゴデザイン、ファッションイラストの本を200円で買い取ってもらった。
それからにDCMにも寄って帰った。むかわに着いて、パセオに行き、キャンプに使う木炭などを買って、四季の館の図書館に行って「僕には鳥の言葉がわかる」という本を借りてきた。非常に疲れた一日だった。
8月7日
朝からキャンプの準備をして、11時に家を出ようと思ったが、山下君に電話すると、まだ畑にいるというので、もうしばらく待つことにして家に入ったが、キャンプの肉などをパセオで買うことにして、家を出発。パセオでカルビやサーモンなどを買って、それからまくまくパンに行った。次の日の朝ごはんと、私は山下君へも千円分くらい買って、山下君の家へ向かった。
ちょうど12時に着くと、なんと夏江が旦那さんと来ていた。夏江を見るのは中学校卒業以来かもしれない。今日は山下君から米を買いに来たらしい。今は恵庭に住んでいて、娘が一人いるがもう結婚したらしい。年のせいか声がすっかり変わっていた。しかしマイペースな感じが昔のままで、とても懐かしかった。山下君に家の事を尋ねると、フジさんという方に家の査定をお願いして、その金額で売りたい人に交渉すればいいんじゃないかとのことだった。
30分ほど話してから、夏江たちと同時に山下君の家をあとにして、二風谷ファミリーランドキャンプ場に向かった。13時に着き、管理棟に行くと、ほんとに車を横付けできないバンガローでいいのかと聞かれ、まずは実際に見てみようと思い、車で行ってみると、横付けできるほうがいいと思い、そうすることにした。バンガロー4000円、レンタルコンロが500円、宿泊税が二人で200円。バンガローに着き、中を掃除して、炭をおこし、昼ご飯の準備を始めた。しかし肝心のWifiが繋がらない。色々やって、結局ルーターを小屋の外に出すと、Wifiが繋がった。急いでお米を炊き、カルビなどを焼いて食べた。15時から車の中でレッスンを2つやった。
夕方になったが、まだおなかがすかない。奥さんは先に食べ始め、どうやら食べ物が足りなそうだったので、平取市街まで買い出しに行くことにした。一人で車を飛ばし、ある個人商店に行き、サバと豚バラ肉を買った。店員さんにこの近くでガソリンスタンドがないかと聞くと、お客さんの綺麗なお姉さんが、エネオスが開いているかもと教えてくれた。しかし行ってみたが、閉まっていた。帰りに奥さんにチューハイを買って帰った。
着いて私も晩御飯を食べることにして、色々焼いたが、蚊がすごくて落ち着いて食べられない。やっと食べ終わったが、今度はバンガローの光にものすごい数の虫が群がっていて、中に入れない。ほうきで追い払ったり色々やって、やっと落ち着いたので、一人で近くの温泉「ゆから」に向かった。しかし気づいたら時間は8時半を回っている。急いで館内に入ると、9時に出るなら入ってもいいと言ってくれたので、500円払って急いで入った。30分で、サウナ、露天風呂に入って、煙臭い身体を洗って出た。
バンガローに帰り、布団に寝ながら借りてきた本を読んだが、世界一周夫婦みたいなテンションで大袈裟な文章なので、読む気がうせた。昼間はとても暑かったが、夜はちょうどいい気温で、よく寝られた。
8月8日
朝6時前に起き、二人で周辺を散歩した。老人ホームの廃墟があった。山の中に滝もあるようだが、奥さんが熊が怖いので行かないと言うのでやめた。バンガローに戻って、お湯を沸かし、コーヒーなどを飲みながら、まくまくパンで買ってきたクロワッサンなどを食べた。奥さんが虫がうざいので帰ると言って片づけ始めたので、早めに帰ることにした。8時くらいにバンガローを出て、奥さんが管理棟に鍵を入れる箱があるというので行ってみたがない。バンガローに戻ると、鍵はバンガロー内の下駄箱の上に置いといてと書いてあった。
また出発しようと思い車をバックさせたら、不注意で後ろにあった杭にぶつかって倒してしまった。また土に入れ戻してキャンプ場をあとにした。帰る途中にアイヌの小屋を見たり、沙流川沿いを散歩したりした。川沿いの景色がとてもキレイだった。
9時くらいに
8月3日
朝から札幌へ賃貸マンションの管理会社へ面接に行くという母の車に乗り札幌へ行った。妹の家に着くと、妹とブンゴがいた。猫のゲンはもう私の事を覚えてくれたらしく、ソファに座っていると隣にやってくる。
すぐに母と妹と出発し、車で天然温泉絢(あや)ほのかまで送ってもらった。まずは近くのファミマでピーナッツクリームパンを買って、少し食べてからほのかに入った。値段は1400円が基本料金で、これに無料の館内着かタオルセットを選べる。わたしは手ぬぐいがあったので、館内着を選び、岩盤浴を使うために、大きい岩盤浴タオルを200円で借りた。合計1600円。
まだ朝10時前だったが、すでにたくさん人がいた。色んな種類のお風呂やサウナがあり、とりあえず一通り全部入った。サウナ室は自動ロウリュウと熱風を拡散させる装置があった。1時間ほどで出て、次は休憩コーナーに行って漫画を読んだ。転生したらスライムだった件とかいう漫画の1巻だけ読んだ。面白かったが、相変わらずオタク男子の考えそうな話しやキャラに、ちょっと辟易した。
身体が冷えたので、次は岩盤浴に行った。40度、47度、65度とあって、全部入ってみた。47度の部屋で少し寝てしまい、すごい汗をかいた。また温泉に戻って1時間くらいして出た。ロッカーを開けて着替えていると、母から電話がかかってきたので、1分ほど話したら、ロッカーが閉まって鍵もなくなっていた。裸のままでどうすることもできず、あかすりのほうから来たスタッフに話しかけると、どうやら彼がカギを持って行ったらしく、返してくれた。盗難が多いので、気を付けてとのこと。本当にびっくりした。
入口で待っていると、母と塾から帰ってきたりっちゃんが車で来て、それに乗って妹の家に帰った。妹はもう仕事が始まっていたし、リツとブンゴしかいなかったので、すぐに家を出発してむかわに帰った。りつは夏期講習で、日曜以外は朝8時から午後1時までずっと勉強するらしい。
昼飯も食べていたなかったので、セイコマに寄っておにぎりと紅茶を買った。帰りの車の中で、母の面接のことを聞いた。面接官は富川出身の好青年で、昔はよく四季の館にプールに入りに行っていたと言われたらしい。マンションには単身赴任の方などが多いが、大丈夫そうかとも聞かれたとか。とりあえず好感触で、受かりそうだと言っていた。
8月4日
朝から天気がよく、朝ごはんのあとで奥さんとたんぽぽ公園を散歩した。昼ご飯のあとで、一人で厚生病院に行った。整理券を取って、検温をすると、機械にマスクをしてくださいと言われた。なかったので、すぐ母に持ってきてもらった。病院はリノベされて、すっかり明るくてキレイになっていた。昔はもっと暗くて、リノリウムの廊下などが陰湿な感じだった。
まずはX線を取り、それから診察室に入った、先生は王子病院から来ているという若い男性で、詳しく経緯を説明して、肩のチェックなどもされたが、X線じゃとくに異常はないので、後日大きい病院でMRIを受けたほうがいい。痛み止めの注射も打ちますか。などと言われたので全部断り、湿布だけ出してもらった。会計は2200円だった。四十肩ですなどと言ってもらえると期待したが、そうはならなかった。
家に帰ってから、また車に乗ってヒトシ君の所に行った。ちょうど外で溶接して、新しいロケット窯を作っている所だった。ハルキ君と2万5千円ずつ出して、溶接機を買ったらしい。自家製ビールはもうないというので、500円の泡盛ジンを頼んだつもりだったが、なぜか700円のレモネードを出された。
今回の滞在の報告を色々し、コースケの所に行ったことなども話した。ヒトシ君は先日国広の父さんに会ったときに、マコトは三重県に永住すると聞かされたらしい。あいかわらずQ的な陰謀論な話しに持っていこうとし、自称元マイクロソフト契約社員のクリフハイだかいうスピリチュアルなじいさんがこう言ったとか、カウチが逮捕される、やばい事になっていると、そんな事ばかり言っている。
酔っぱらってくると、急に彼女のサツキちゃんに、おいサツキ、ようちゃんになんか言いたいことあるんじゃないの?などと変なフリをし、サツキちゃんもとまどっていた。しかしサツキちゃんもかなりQアノン信者らしく、今たしかにヤバいことになっているよと言っていた。
ヒトシ君に貯金はあるのかと聞くと、以前70万円分の銀を買ったらしい。どんな銀だと聞くと、大量の銀貨で、郵送で家に届いたとか。金はカネヘンに「良」だから、金より良いんだよと言っていたが、「良」じゃなくて「艮(コン)」だ。さらに仮想通過も100万円ちかくあるんだとか。現金は30万円くらい。
ヒトシくんが寝始めたので、午後5時過ぎにおいとました。コースケなどには、ヒトシ君はよくなっていると伝えたが、今回話してみて、あまりよくはなってないかもしれない。もう誰もかれもが、自分より低能だと思っているので、リスペクトも思いやりも、完全になくしてしまったように見える。もうダメかもなと思った。
8月5日
母は8時半に家を出て麻雀に行った。二風谷のキャンプ場の管理棟が9時からオープンだと言うので、苫小牧からかけてもらったら、バンガローの予約が取れた。
午前中にレッスンを2つやって、あとはリビングで「未来からの伝言」を読み返していた。やはり2回読んでみてやっとわかる事が多い。アウシュビッツから生還した心理学者フランクルの「夜と霧」についても言及していた。アウシュビッツを生き延びた人はすべて、自分の苦しみに意味を見出せた人だと。
夕方に奥さんと歩いてパセオに行って買い物した。奥さんは100均でたくさんシールなどを買っていた。地球の歩き方や、クレヨンしんちゃんのシールなど、色々なものがあった。帰りにガソリンスタンドで藤井君がいたので話しかけた。ニコニコレンタカーのことを聞くと、競馬場に行く人や、病院に行く地元の人などが借りるので、けっこう需要があると言っていた。
家に帰ると母が帰ってきていた。管理会社から、入居決定の知らせがやっと来たという。9月から入れるらしい。
7月31日
仕事がなかったので、雨降りだったが10時過ぎに3人で車で出かけた。まずは厚真の此方(コチ)という硬いパン屋に行った。店は留守だったが開いていて、客が自分で取ってお金も置いていくようなスタイルになっていた。小さいパンを2つ取って、トレイの上に620円を置いてきた。車の中で少し食べたら、本当にすごく硬かったが、味はしっかりあって美味しかった。
それから早来のそば哲という店の隣にあるパン屋も見つけたので、寄ってみた。ここは普通のパン屋で、クロワッサン、メロンパンなど、4つぐらい買って、全部お店で食べた。
それから溝口農場ミルクプラントという店の前を通ったら、ポニーが見えたので、引き返した。3頭ほどのポニーが放し飼いにされていて、お店で100円のにんじんの餌を買って、あげた。すごく人懐こくてかわいかった。
それから千歳の水族館にいった。料金は800円。サケ、マス、ヤマメなど、千歳川にいる魚を中心に色んな魚がいて、かなり見応えがあった。サケは千歳川で生まれ、海に出て太平洋を3、4年回って、ちゃんと千歳川に帰ってきて産卵するらしい。それをインディアン水車というのでとって、卵をとってまた放流する。そんな事をいまもしているようだ。今まで水族館といえばカラフルな熱帯魚しかいなかったので、サケなどは逆に新鮮だった。
建物を出て、道の駅に歩いて行くと、外で猿まわしをやっていた。奥さんは面白かったらしくチップに千円もあげた。道の駅の中はあいかわらずすごい人だった。しかしちょっと割高かなと思い、何も買わなかった。
それから千歳のイオンに行き、フードコートで豚丼などを食べた。そして3人で1時間くらいイオンを歩いた。100均でムーのピンバッヂを買った。それからスーパーで出汁のパックを2つ買った。
8月1日
10時くらいから3人で佐々木さんのおばさんの家へ行った。玄関でおばさんが待っていて、奥さんを見ると、痩せた?髪短くなった?などと言っていたので、まだ覚えているようだ。本人を見ると記憶が蘇るのかもしれない。コーラゼロをもらって、少し話した。おばさんは、エリコちゃんや梅原さんはまだ働いていると言っていたが、母曰くもう退職してずっと家にいるとのことだった。
家に帰ってレッスンをやり、午後はリビングでのんびりしていたら、照二さんとこのめぐみちゃんがやってきた。母が嫌な顔をして、我々に部屋に戻ってと言って来たが、せっかくなのでと家に入ってもらい、我々もリビングでいっしょに話した。母はめぐみちゃんがずうずうしいから嫌いで、我々とも話させたくないらしい。
おばさんの家に寄ってみたら、我々が来ていたと聞き、私の顔を見に寄ってくれたらしい。母と睡眠薬の話をしていたと言うと、すぐに、止めなさい、骨粗鬆症などの薬も身体にすごく悪いよと言っていた。めぐみちゃんは今年69歳。苫小牧に旦那さんと二人で住んでいて、娘たちは、札幌や東京で、看護師などをしているらしい。イオンによく行くと言っていた。
30分くらい世間話をして帰って行った。母はずうずうしいから嫌いだと言うが、私もプリちゃんもああいう正直な人は好きだ。
夕方からも2つレッスンをやった。
8月2日
11時からレッスンをやって、そのあと母と車で宮戸の墓地に行って墓の掃除をした。近くの清水さんという所のお墓を掃除しているおじいさんがいた。私は周りの草などを引き抜いたが、母はそのあとこれでもかと除草剤をまいていた。
帰ってきて「それがやさしさじゃ困る」という本をずっと読んでいた。読んで面白いなと思うことがたくさんあった。
最近の親や大人はみんな子供に優しいし、すごく配慮してくれる。だから子供たちも、その配慮に感謝し、我慢しなきゃ、期待に応えなきゃと思うようになる。そして自分の自然な欲望も芽生えさせることができない。これは新たな支配だ。そして欲望を抑えきれなかった子供たちに大人はこう言う。「せっかく配慮してあげたのに」
大人たちは子供の思考を先回りして道を整えてあげる。しかしそれが子供たちが未来に有していたはずの可能性の芽をつぶしてしまう。チャレンジとは偶然的な未知の未来に身を投げるもので、先回りして安定した未来を獲得することではない。子供たちはチャレンジするチャンスがないだけでなく、チャレンジの意味さえもわからなくなっている。