2026/08/21

2026年8月 タイ/バンコク 5~7日目

 8月18日

朝はまたしてもムーピンを食べ、8時に奥さんをマッカサン駅まで送った。スーツケースを引っ張ったが、なかなか一苦労だった。とくにマッカサン駅へ上がる階段は辛かったが、他にもスーツケースを持って上がる外国人がたくさんいた。

またホテルへ戻ってチェックアウトの11時まで休んだ。11時にチェックアウトして、さらに1時間近く、共用スペースで時間を潰した。それから、MRTでスクンビットまで行き、そこからBTSでバンチャックへ行った。駅の下で偶然中島さんに会った。

近くの店でカオマンガイを食べて、13時頃うらしま館に着いた。ドミトリーに泊ろうと思ったが、他に4人もいるらしく、じゃあ個室にと思ったら、個室も満室らしい。中島さんのはからいで、女性ドミを貸し切、個室価格の700バーツで泊らせてもらうことになった。2泊で1400バーツ払った。

お盆中は混んでいたし、それが終わっても20日までけっこう混んでいるらしい。私も入れて6人が20日にチェックアウトするとか。

あいかわらず掃除をしてなくて、ホテル内はクソ汚かった。移動などで疲れていたので、どこも出ずに部屋で過ごした。バンコクライフというフリーペーパーを読んだが、けっこう尖った記事ばっかりでびっくりした。7時くらいにレッスンを1つやった。

夜はお気に入りのクイティアオ屋で、臓物のバミーを食べたが、相変わらずとてもうまかった。ホテルに帰ったが、ロビーにはまだ誰もおらず、一度部屋に戻り、30分くらいしてから降りたが、まだ誰もいない。しかたないので、中島さんと二人で飲むことにして、近くの商店でビールを1本買ってきて、二人で飲んだ。

飲んでいると和歌山から来たという若い男性の方と、さらにあとで東京から来て20泊以上している女性の方も参加して、みんなで12時過ぎまで話した。男性の方はパタヤに行って、エロマッサの店でタイ人に混ざってロシア人の子がいたので、お相手してもらったと言っていた。そんなことがあるのか。

女性の方はバンコクに駐妻の友達が住んでいるので、その方とよく遊んだりして過ごしていると言っていた。独特な雰囲気の、いかにも東京出身という方だった。


 8月19日

けっこう遅く起き、急いで昨日買った食パンを、奥さんからもらったバターで食べ、朝から2つレッスンをやった。終わってから、一人で出かけ、まず近くでカオマンガイトードを食べ、そこからバスに乗って、リバーシティーへ向かった。

リバーシティー近くの倉庫にまず行ったが、色んなギャラリーなどが潰れていて、何も見なかった。リバーシティーも、1階の中国人アーティストよりのギャラリーカフェも潰れていた。2階では永井博というイラストレーターの個展をやっていた。センスがあってなかなか面白かった。

それと、中国系のギャラリー1つ以外、あまり見るものはなかった。ここもいくつか大きなギャラリーが潰れていた。バンコクのアートマーケットは下火なのだろうか。

リバーシティーを出て、タラートノーイを少し歩き、途中で点心の店があり、そこで廣田夫妻に月餅を1個買った。店に来ていた客のおばさんが、日本語でたくさん話しかけてきた。

しばらく歩いて、ついにフアランポーン駅に着き、ここからバスに乗ることにした。バス停の隣に、車椅子に乗った物乞いのおじいさんがいて、その前を通った家族連れの一人の少年が、じっとおじいさんを見たまま通り過ぎ、その数分後に走って戻ってきてお金をあげてまた走り去った。おじいさんきっと嬉しかっただろう。世の中捨てたもんじゃないなと思った。

そこからバスに乗ってMBKまで行き、バンコク文化芸術センターに行った。午後4時くらいだったが、学生が多くて、空騒ぎしてるのでうざかった。いつものようにロッカーに荷物を入れて、エスカレーター上の展示室に行った。3つほどローカルアーティストの展示をやっていたが、まぁ悪くはなかった。

午後5時にセンターを出て、エカマイのノムジット・ガイヤーンへと向かった。けっこう早くエカマイに着き、のんびりバスを待ってちょうど午後6時にお店に着いた。二人はもう来ていて2階に通されていた。ほかには誰もいない。

すでに注文もしたようで、ビールが来て、コームーヤーン、ソムタム、ガイヤーンなどが来た。味はまぁまぁだったが、ソムタムは辛さゼロなのでいまいちだった。

廣田夫妻は元気そうで、ユミちゃんが、何か始めなきゃいけないと悩んでいるようだった。コンドにもよく話しかけてくれるタイ人のおばさんがいるらしいが、いまいちタイ語の勉強もはかどらないとか。吹き矢、瞑想をすすめてあげた。

娘さんが、色々相談してくるのだけど、ユミちゃんはその負のオーラを受けて気が重くなるので、タイゾー君にふるものの、タイゾー君は話しを聞くよりも、こうすればいいだけだろと理屈で返すそうで、娘さんがちょっとかわいそうだなと思った。

8時に店は閉店で、会計はまた奢ってもらった。月餅をあげるのを忘れていて、急いであげた。帰りは一緒に車に乗り、運転手さんがエカマイ駅まで送ってくれた。

そこからBTSでホテルに帰り、何人かロビーに集まっていたので、まずはシャワーを浴びて洗濯して、ハーブティーを魔法瓶に入れてから下に下りて行って参加した。

神戸から来ている75歳だというおじいさんがいて、小さい声で色々話してくれた。年金でよく旅行しているらしい。これからナラティワートに飛行機で飛んで、そこから電車でまたバンコクに帰り、それからチェンマイに行くとか言っていた。

東京出身の女性がフラフラとどこかに行ってしまい、変わりに東京出身の背が高い青年がやってきた。仕事で心を病んでしまい、それの療養にずっと一人で来ていて、もう2週間滞在して、明日帰るらしい。神戸の人も、東京の女性も、彼も、私も、みんな明日チェックアウトだ。

プロンポンのエロマッサ、ハニームーンなどに何回か行った、とても良かったと言っていた。心の回復には、瞑想などがいいんじゃないかと教えてあげた。昨日から瞑想ばっかり言っている。

12時近くなってきて、寝落ちしてしまったと言って女性が帰ってきたが、わたしは入れ替わりで部屋に戻って寝た。


 8月20日

バンコクに来てからずっとそうだが、夢をたくさん見てしまい、疲れがとれない。朝8時頃に近くを散歩して、帰りにワンタンとドラゴンフルーツを買ってきて、ホテルのロビーで食べた。

それから部屋に戻り、11時に荷物をまとめてロビーに下りてチェックアウトした。中島さんがコーヒーを淹れてくれるというので、少しだけもらった。ソファーにもう一人白髪坊主のおじさんがいて、札幌に何年か住んだことがあると言うので、色々話した。バイクやスノボが好きで、道東のキャンプ場やライダーハウスなど、色々教えてくれた。茨城に住んでいるので、水戸の大洗から船でバイクを積んで北海道へよく行っていたらしい。

2026/08/16

2026年8月 タイ/バンコク 2~4日目

 8月15日

朝は二人でホテルの北側を1時間近く散歩した。ラマ9の裏もごみごみしていて面白い。最後にジョークを食べた。卵を入れて1つ50バーツ。それからホテルに戻って9時半からレッスン。昼ご飯は一人でカオゲーンを食べた。2種類、目玉焼き付きで75バーツ。

ホテルに戻ってからまたレッスン。夜は奥さんと二人でラマ9駅から北に2㎞くらい歩いて、ナイトマーケットに行った。たいして面白い物はなかった。中国人がたくさん。晩飯をまだ食べてなかったので、ナイトマーケットで焼きクイティアオを食べた。

帰りにラマ9のセントラルに寄って、ウィンドウショッピングをした。Moshi Moshiなど、我々のお気に入りの店などがあった。9時にホテルに帰り、私は疲れていたのか速攻で寝た。


 8月16日

朝4時くらいに起きて、奥さんも起きたので、Kindleで「夜と霧」を読んだ。とても面白かった。いくつかハイライトにもした。自分が苦しむことによって、愛する人達には苦しみが訪れないようにする、それが苦しみを耐え抜く力になる、そのような事。

奥さんはスタバに行ったので、一人で朝の散歩に行き、カオマンガイを食べた。

昼から奥さんと二人でチャトゥチャに行った。入ってすぐ時計屋があり、奥さんが母からもらってきた時計のリストバンドを変えた。選んだバンドが少し時計より小さかったようだが、おじさんはバンドを削ってちゃんとつけてくれた。200バーツだった。それから1時間近くブラブラしたが、やはり目新しいものはなかった。

おなかがすいたが、マーケット内のお店は普通の2倍近くの値段だったので、向かいのヴィンテージのモールに行った。奥さんがヤムウンセンを食べたいというので探したが、なんとヤムウンセンを売っている店はなかった。イサーン料理もなかった。しかたなく、二人ともカオゲーンの店に行った。どちらの料理もすごく辛くて、ヒーヒー言いながら食べた。

午後3時頃に帰って、夕方からまたレッスンをやった。おそらく辛い昼ご飯のせいでうまく消化できず、夜になってもおなかが膨れたままだったので、晩ご飯は食べなかった。


 8月17日

朝はムーピンを買ってきて、ホテルの共用スペースで食べた。

昼間はレッスンがなかったので、お昼は二人で20分くらい歩いて、ソムヨン・タムスア2という店に行った。イサーン料理のメニューが豊富で、値段もとても安い。奥さんが食べたかった、ヤムウンセン、ソムタムポンラマイ、ガイヤーン、それに豚肉も頼んだが、こちらは臓物だった。どれもとても美味しく、わたしもごはんを頼まなかったので、ちょうど腹7分目くらいになった。会計も一人200バーツちょっと。

それから日系のリサイクルショップを見て、またラマ9セントラルに行き、ブラブラした。1時間以上歩き、最後にお茶の店で冷たいジャスミンティーとスイーツを買って食べた。

夜は初日に行った店に、パッタイを食べに行ったが、注文した料理がぜんぜん来ない。しかし後から来た客にはとっくに来ている。どうやら注文が通ってなかったらしく、30分近く待ってやっときた。しかももう1つ頼んだ魚の料理がとてもしょっぱくて、奥さんも苛立っていた。ホテルに帰ってすぐにその日最後のレッスンをやった。

2026/08/10

2026年8月 日本/北海道 60~62日目

 8月12日

山下君から返事があり、キッチンやトイレも2つあるとは知らなかった、それならその査定は正しいねという返信。これを須藤君に声をかけてくれるということだったので、もっと詳細がわかるように、少し家の中の写真を撮って送った。

母は朝から麻雀に行ったので、少し荷物をまとめたりした。


 8月13日

今日で最後なので、一人で歩いてたんぽぽ公園に行った。とても風が強かった。

須藤君から返事があり、家の中を一度見てみたいというので、母と連絡を取らせて、20日に来てもらうことになった。興味を持ってくれたようで嬉しい。

午後3時にレッスンが終わって、すぐに車で四季の館に温泉に入りに行った。これで10枚綴りの回数券を全て使い切った。お盆のせいか、人がすごく多かった。柔道スポーツ少年団の佐々木だかいう男の子も見かけたように思う。サウナに入って、垢すりタオルで身体もしっかり洗った。


 8月14日

朝6時半くらいにみんなで最後の朝ごはんを食べて、7時半くらいに家を出た。これが実家とも最後になるので、少し写真を撮った。それから3人で空港に向かった。車の中で、タイ入国の条件を調べていたら、デジタル・アライバルカードが必要らしいので、急いで入力した。国内線のバスの停車場で降ろしてもらい、母は帰って行った。

国際線まで歩き、2階のカウンターでルーターを返した。3階でチェックイン荷物を預けて、時間もあるので国内線のほうに歩いて行った。チョコレート工場の展示が可愛かった。チョコレートの製造過程も興味深い。展示を見ていたら、家の冷蔵庫にチョコレートを忘れてきたことに気づき、ロイズで1080円のビターチョコを買った。

それから国内線のお土産売り場をぶらぶらして、帰りにクレヨンしんちゃんのお店で奥さんがしんちゃんのワッペンなどを買った。搭乗ホールに入って、搭乗ゲートに着くと、マレー人がたくさんいた。おそらくバンコクを経由してクアラルンプールにでも行く人たちだと思われる。

給湯器もあったので、水とお湯を水筒に入れた。10時くらいに時間通りに搭乗した。機内はやはりそれほど混んでおらず、私の列も奥さんの列も乗客はいなかった。とても快適で、気持ち的にもすごく楽になった。離陸して1時間ほどで機内食が配られた。私たちは照り焼きチキン。小さい蕎麦もついていて、全部美味しかった。

機体は新しいらしく、テレビのスクリーンも新しいし、窓もひさしを下ろすやつではなく、ボタンで押すと窓が黒くなるやつだった。エンターテイメントで親鸞のアニメがあったので、それを見た。親鸞は比叡山に登って修行をするが、九条家の娘タマヒのことが忘れられず修行を断念し、山を下りてさまよったのち、偉いお坊さんに会い、煩悩があっても女性であっても修行はできるという大乗経の教えにより、みんな救われるというもの。

それから3席使って贅沢に少し横になったり、買って来た週刊スピリッツなどを読んだ。スピリッツはどの漫画も最高に面白くなかった。殺し屋イチの作者などは、逆に絵が下手になったんじゃないかと思った。

それからまた映画で「バカ塗りの娘」という、津軽の漆塗りをする家族の映画を見た。津軽弁の「だから」の意味だと思われる「だはんで」が可愛いと思った。最後のほうに細長いチーズバーガーのような物も配られた。なかなか美味しかった。

そしてあっという間に7時間が経ち、バンコクに着いた。もう2時間くらい乗っててもいいかなと思うくらい快適だった。たしか6万くらい払ったが、これなら価値があるかもしれないと思った。

入国審査もさほど混んでおらず、荷物受取もスムーズだった。実家からもってきた現金が210バーツほどあったので、それでエアポートリンクの切符を買って、マッカサン駅まで行き、そこから歩いてラマ9のLITA Bangkokというホテルに向かった。湿度がものすごく高く、奥さんのスーツケースを階段の度に持ってあげたので、汗がたくさん出た。

ホテルに着きチェックイン。新しいホテルなので、チェックインもオンラインで、自分でやるのがちょっとめんどくさかった。部屋は5階でエレベーターなし。奥さんのスーツケースを持って上がるのはしんどかった。部屋はキレイでお洒落だが、すこし使い勝手が悪い。ケトルもないし、ティッシュ箱もない。一泊43ドル。

少し休んでからレッスンを1つやった。7時半に終わり、奥さんと二人で出かけて、ラマ9駅地下のスーパーリッチで、両替した。私は400ドル持ってたし、母からもらった外国紙幣も、半分は古くて両替えできないとのことだったが、もう半分は2千円ちかくになった。

それからホテルの近くのレストランで鶏肉カシューナッツ炒めと、卵カオパットを食べた。奥さんは、タイ料理の味が濃すぎて、北海道の母の料理がすでに恋しいと言っていた。その夜は寝苦しくてあまり寝られなかった。私は2段ベッドの上段なので、下よりも暑い。次の日はなんとか対策を考えねばと思った。



2026年8月 日本/北海道 57~59日目

 8月9日

妹家族が泊まっていったので、みんなで朝ごはんを一緒に食べた。9時頃に、母以外のメンバーで墓参りに行った。お参りしたあと、墓地をみんなでぐるっと歩いた。クリスチャンのお墓もいくつかあった。

10時から、宮司さんがきてお参りをしていった。あまり愛想のない宮司さんらしい。それからまた母以外のメンバーで、ぽぽんた市場、四季の館をぶらぶらし、11時に蕎麦屋いごころに集合し、昼ご飯を食べた。わたしはゴボウ天ぷら蕎麦と小盛天丼を頼んで、奥さんとシェアした。お店で、西内留美ちゃんが働いていて、話しかけてくれた。帰りも少し話した。留美ちゃんは藤井君のガソリンスタンドでもかけもちのアルバイトをしているとか。

帰ってまたみんなは麻雀を始め、私と奥さんは部屋で昼寝をした。起きてリビングに行くとまだ麻雀をしていて、りっちゃんが暇そうだったので、また絵を描くかい?と聞いたが、したくないと言われたので、私もクーラーの効いたリビングで、一人でまったりした。

4時近くにやっと麻雀も終わった。ブンゴが漫画が好きだと言うので、「柔道部物語」と「寄生獣」を全巻あげた。翔くんの「そのミステリー・・・」も、前の本が妹の家にあるようなので、今回のもあげて、読んでもらうことにした。妹家族の車を、3人で見送った。

夜は2つレッスンがあった。


 8月10日

母は朝から苫小牧の美容院に行った。私は10時からレッスンをして、そのあと布団のクリーニング屋さんがふとんを取りに来た。12時に昼ご飯を食べてから、一人で自転車に乗り家を出た。まず郵便局に行って、熊本に募金をしようとしたが、どうしてもできないので、2万円だけおろした。それから役場に行って海外転出の届を出した。ちーちゃんがいたので、LINEを交換して色々話した。それから四季の館に行って、いつものジム、プール、温泉を楽しんだ。

帰りにパセオに行くと、パセオの前で古川さゆりちゃんを発見し、またLINEを交換し色々話した。今は家族で札幌の豊平区の医療大学の近くに家族で住んでいると言っていた。そのあとパセオでサーモンや肉を買って帰った。6時前にみんなで晩御飯を食べ、そのあとすぐに寝てしまった。22時頃に起きて、リビングでNHKを見て0時頃にまた寝た。


 8月11日

朝ごはんのときに、私の味噌汁がもう冷えていたので、電子レンジで温めようとすると、木のお椀でやっても温かくならないよと怒られた。

10時に家ステーションから若い男性がやってきて、家の中を色々見て、家を査定してくれた。結果、家ステーションの買い取りで250万、家ステーションが仲介して誰かに売れば600万くらいでは売れると言われたようだ。そして、私の友達に売るならば550万でいいが、登記などの手続きはそちらで全部やって費用も出してくれるという条件付きということになった。

すぐに山下君にLINEして、そのように伝えた。



2026年8月 日本/北海道 54~56日目

 8月6日

10時半頃に奥さんと二人で車で千歳に向かった。12時前に着き、7-11で仮眠する。12時に千歳の一休そばに入っていると、少し遅れてメンさんが来た。母も来ると思ってたらしく、母にお土産を持ってきてくれた。私たちは天ぷらそば、メンさんはカレーライスを注文した。

メンさんは、仕事を辞めたかったが同僚が社長に失言をしたせいでクビになってしまい、辞められなくなったらしい。ニセコへ外国人を送ったるする仕事をしているが、顧客にはシンハビールの社長などもいて、かれらはニセコに別荘を持っているらしい。今も忙しいが、冬はもっと忙しくなるらしい。

しばらくして社長のキムさんも昼飯を食べにやってきた。43歳。中国の哈爾濱生まれの韓国系だが、親は韓国に引っ越し、キムさんもここにもう20年以上住んでいるらしい。子供は7歳で、千歳の北陽小学校という所に通っていて、学校では日本語、家で韓国語と中国語、さらに英語のクラスにも言っているらしい。北陽小学校は、千歳の自衛隊の関係で学生の人数がいまだに増えている珍しい学校らしい。

キムさんは日本はとてもいい国、可能性を秘めた国なのに、やり方がよくないので、すごくもったいないとしきりに言っていた。スノボも好きだが、冬は家に帰れないほうど忙しいので、ボードにも全然いけないと言っていた。

会計はメンさんが全部出してくれた。キムさんが会社にも寄って行ってと言っていたが、用事もあるので、お断りした。そのあと苫小牧のハードオフに行って、釣竿セット、ラジカセ、デジカメ、服などを買い取りに出した。15分ほど待って審査が終わり、全部で8千円ちかくにもなった。それからブックオフに行き、ロゴデザイン、ファッションイラストの本を200円で買い取ってもらった。

それからにDCMにも寄って帰った。むかわに着いて、パセオに行き、キャンプに使う木炭などを買って、四季の館の図書館に行って「僕には鳥の言葉がわかる」という本を借りてきた。非常に疲れた一日だった。


 8月7日

朝からキャンプの準備をして、11時に家を出ようと思ったが、山下君に電話すると、まだ畑にいるというので、もうしばらく待つことにして家に入ったが、キャンプの肉などをパセオで買うことにして、家を出発。パセオでカルビやサーモンなどを買って、それからまくまくパンに行った。次の日の朝ごはんと、私は山下君へも千円分くらい買って、山下君の家へ向かった。

ちょうど12時に着くと、なんと夏江が旦那さんと来ていた。夏江を見るのは中学校卒業以来かもしれない。今日は山下君から米を買いに来たらしい。今は恵庭に住んでいて、娘が一人いるがもう結婚したらしい。年のせいか声がすっかり変わっていた。しかしマイペースな感じが昔のままで、とても懐かしかった。山下君に家の事を尋ねると、フジさんという方に家の査定をお願いして、その金額で売りたい人に交渉すればいいんじゃないかとのことだった。

30分ほど話してから、夏江たちと同時に山下君の家をあとにして、二風谷ファミリーランドキャンプ場に向かった。13時に着き、管理棟に行くと、ほんとに車を横付けできないバンガローでいいのかと聞かれ、まずは実際に見てみようと思い、車で行ってみると、横付けできるほうがいいと思い、そうすることにした。バンガロー4000円、レンタルコンロが500円、宿泊税が二人で200円。バンガローに着き、中を掃除して、炭をおこし、昼ご飯の準備を始めた。しかし肝心のWifiが繋がらない。色々やって、結局ルーターを小屋の外に出すと、Wifiが繋がった。急いでお米を炊き、カルビなどを焼いて食べた。15時から車の中でレッスンを2つやった。

夕方になったが、まだおなかがすかない。奥さんは先に食べ始め、どうやら食べ物が足りなそうだったので、平取市街まで買い出しに行くことにした。一人で車を飛ばし、ある個人商店に行き、サバと豚バラ肉を買った。店員さんにこの近くでガソリンスタンドがないかと聞くと、お客さんの綺麗なお姉さんが、エネオスが開いているかもと教えてくれた。しかし行ってみたが、閉まっていた。帰りに奥さんにチューハイを買って帰った。

着いて私も晩御飯を食べることにして、色々焼いたが、蚊がすごくて落ち着いて食べられない。やっと食べ終わったが、今度はバンガローの光にものすごい数の虫が群がっていて、中に入れない。ほうきで追い払ったり色々やって、やっと落ち着いたので、一人で近くの温泉「ゆから」に向かった。しかし気づいたら時間は8時半を回っている。急いで館内に入ると、9時に出るなら入ってもいいと言ってくれたので、500円払って急いで入った。30分で、サウナ、露天風呂に入って、煙臭い身体を洗って出た。

バンガローに帰り、布団に寝ながら借りてきた本を読んだが、世界一周夫婦みたいなテンションで大袈裟な文章なので、読む気がうせた。昼間はとても暑かったが、夜はちょうどいい気温で、よく寝られた。


 8月8日

朝6時前に起き、二人で周辺を散歩した。老人ホームの廃墟があった。山の中に滝もあるようだが、奥さんが熊が怖いので行かないと言うのでやめた。バンガローに戻って、お湯を沸かし、コーヒーなどを飲みながら、まくまくパンで買ってきたクロワッサンなどを食べた。奥さんが虫がうざいので帰ると言って片づけ始めたので、早めに帰ることにした。8時くらいにバンガローを出て、奥さんが管理棟に鍵を入れる箱があるというので行ってみたがない。バンガローに戻ると、鍵はバンガロー内の下駄箱の上に置いといてと書いてあった。

また出発しようと思い車をバックさせたら、不注意で後ろにあった杭にぶつかって倒してしまった。また土に入れ戻してキャンプ場をあとにした。帰る途中にアイヌの小屋を見たり、沙流川沿いを散歩したりした。川沿いの景色がとてもキレイだった。

それからむかわに帰り、スーパーで買い物し、そのあとまくまくパンに行った。そのあと実家に帰りしばし休む。午後2時くらいに、汐見の浜でやっている柔道少年団のキャンプに顔を出しに行った。7-11でビールと、自分のノンアルチューハイを買って行った。

浜には大きなテントがあり、中には伊藤先生、新沼ちゃん、山下、イトトモ、それに子供たちがたくさんいた。伊藤先生は首が細くなった。今75歳で、運動はもうしていないらしい。新沼ちゃんは見事な太鼓っ腹。このキャンプは3年前にイトトモと新沼ちゃんが、子供たちのために復活させたとか。毎年お盆前の週末にやることにしているらしい。途中で、富川の牧場で働いている埼玉から来た一本松さんという方が来た。子供4人が少年団に通っていて、男の子は中3のとき相当強かったらしいが、高校では乗馬クラブに変えたんだとか。汐見の浜は波が高くて危険だと思っていたが、けっこう遠浅で比較的安全なのだそう。

1時間くらいで帰ることにしたが、みんなに来年も来いよと言われた。やっぱり古い友達はいいなと思った。帰ると、もう妹家族が来ていた。すぐ麻雀を始めたので、りっちゃんが暇を持て余していた。かわいそうなので、一緒にお絵描きをした。奥さんも参加して、ラマや、アメリカ人など、お題を決めて3人で絵を描いた。夜は麻雀を一度やめ、みんなでタイムボムという、爆弾犯と警察が対決する、人狼のようなゲームをした。みんな慣れているらしく、とても上手だった。