2026/05/26

2026年5月 日本/東京 1~3日目

5月26日

朝6時に家を出た。奥さんに家の下まで送ってもらった。コピティアムでいつものビーフンをダーバオして、バス停に向かった。34番と858番のバスでT3へ向かう。バス停にはすでにすごいたくさん人がいた。T3に着き、中国東方航空のカウンターへ。もうWebチェックインを済ませていたので、荷物だけ預けて搭乗券をもらった。

出国審査を終え、発着場が見えるロビーに座って朝ごはんを食べた。ストレッチもして、少しソファーで寝て、9時半頃に搭乗ゲートへ行き、すぐに搭乗。機内はほぼ満席。席にはTVがなかったが、機内のWifiは使えた。離陸すると、なぜか全ての窓が閉められ機内が暗くなり、圧迫感から呼吸が変になった。機内食が出て、魚のごはんと温かいお茶をもらった。4時間ほど経ち、すこし気分がよくなったので、ノートPCで日記を書いたりした。5時間ほどで上海空港に着いた。

乗り継ぎはスムーズかと思いきや、荷物検査場を出てしばらく進んだところで、検査官に取られた携帯をまだもらってないことに気づき、急いで戻った。しかし携帯はなく、どうしようと思っていたら、オーストラリア人のおじさんが、間違って持って行ってしまったと言って、わたしの携帯を持ってきた。少し急いで搭乗ゲートまで行くと、すでに搭乗が始まっている。焦りで口の中がすごく渇いていたが、給水機を見つける時間もなく搭乗。機内はさっきのとは違い、TVもあったし、客室乗務員もサービスがいい感じ。魔法瓶にお湯を入れてもらった。隣の席も空いていた。

離陸して、機内食が配られた。牛肉ご飯を選んだ。TVで中国ピンポンという映画を見たが、途中で見るのをやめた。ほどなくして東京の羽田空港に無事着陸した。入国審査はパスポートのスキャンのみで簡単。荷物を受け取り、空港線に乗って、東日本橋へ向かった。電車の中は仕事帰りのサラリーマンがたくさんいた。時間は夜11時近い。

東日本橋駅から10分くらい歩いて、初日の宿、Unito Chiyodaに着いた。たまたまスタッフがいたので、入り口を開けてもらい、無事にチェックインできた。部屋は思ったより広く、荷物が置ける長い棚もあって便利だった。すぐ寝ようと思ったが、腹が空いたのが気になり、7-11に行ってカップラーメンのたぬきそばを買った。店員は外国人で、客も外国人がたくさんいた。共用スペースでそばを食べて、部屋に戻って寝ようとしたが、またぜんぜん寝られず、朝方まで起きていた。


5月27日

たぶん朝6時頃に起きて、散歩に出た。外にテーブルを出した洒落たカフェなどがあり、外国人がたくさんいた。小さい公園でストレッチしてあと、スーパーに行ったが、なにも買わなかった。帰りに調理パンと書かれたパン屋で、パンやおにぎりを3つ買った。会計は600円足らずで、安いなと思った。宿に帰り、共用スペースで、無料のドリップ珈琲を入れて、朝ごはんを食べた。それから午前中に2つ、共用スペースでレッスンをやった。ある日本人の女性も隣で、仕事をしているようだった。長くここに住んでいるのかもしれない。

午後は散歩に出かけた。隅田川を渡り、両国の横網公園に行った。関東大震災と東京大空襲で亡くなった人たちの慰霊碑と、博物館もあった。この場所は、関東大震災のとき、火災による被害者が東京で最も多かった場所らしい。それから両国駅で両国やきとりというのをプレゼントに2個買った。そして牛肉コロッケを1個買い、歩きながら食べた。隅田川をまた渡ったときに、橋から下を見ると大量のクラゲがいた。河なのになぜ。

やっとホテルに着き、1時間ほど休んでから、地下鉄で東京駅まで行き、さば銀という居酒屋でフジワラさんと、リエさん元夫婦に会った。店はすごく狭く、相席のような感じだった。フジワラさんは本を一冊くれた。原爆被爆者の本。りえさんは今日名古屋で仕事があり、ギリギリで帰ってきた。子供が一人いて、来年は神戸に買った家のほうに引っ越すんだとか。夜10時くらいまで飲んで話し、会計はフジワラさんが出してくれた。1万7千円くらいした。それからまた地下鉄でホテルに帰って寝た。


5月28日

朝は近くの立ち食いソバ屋で、おきあみ天ぷらそばだかを食べた。550円。職人さんたちがたくさんいて、殺伐とした雰囲気だった。立ち食いソバだが、外でうんこ座りしながら食べた。レッスンをやって9時過ぎにチェックアウトし、地下鉄で入谷駅へ向かった。1980ホテルというカプセルホテルに荷物を置いて、新宿駅南口へ向かった。タニやんに会い、いっしょに高島屋のパエリア専門店へ。テラス席で、イカ墨のパエリアを含むコース料理を注文した。タニやんは10年前にトモちゃんと離婚したそうだ。原因は、トモちゃんが掃除ができなさすぎて、ストレスで別れたらしい。しかしトモちゃんは別れたくなく、裁判にもなったとか。そして、子供たちには別居しているが、まだ結婚しているとずっと思わせていたが、去年はじめて、20歳近い息子たち二人に、もう離婚していることを打ち明けたとか。

タニやんは数年前から、ミュージカルで知り合った女性と結婚し、去年子供が生まれたらしい。もう17年も前から、八王子のファミレスで働き始め、今も週3くらいで入っていて、ライブと合わせると3つの仕事をかけもちしているとか。ライブもお客さんが多ければ、いくらかもらえるらしい。会計はタニやんがだしてくれたが、8000円くらいした。そのあと少し街を歩いて、カフェに入り、また飲み物を飲んで少し話した。

それからタニやんと別れ、入谷のホステルに帰ってチェックインした。部屋は下の段で、なかなか居心地がよかったが、ブランケットも薄いので少し寒い。夜は近くの定食屋に行って親子丼を食べた。客は誰もいないのに、暗いカウンターに座らされた。この店はイエローカレーというのが有名らしいが、ただのカレーだと思って頼まなかった。




2026/05/07

2026年5月 バリ/クタ 25~26日目

5月6日

朝は西の海岸の本に散歩した。ここも干上がっていたし、あまりキレイじゃなかった。帰りに昨日と同じ店で朝ごはんを買って帰った。午前中にレッスンを2つやり、それからチェックアウトして、クタに向かった。クタに着いてJl.ギディリの近くでバビグリンを食べた。それから空港近くのJineswari Kutaという路地裏にあるホテルにチェックインした。部屋はすごく天井が高く、ベランダも大きい。プールも水がすごくキレイだった。

すこし休んでから近くの床屋に髪を切りに行った。すそだけ刈ってもらって30,000。それからガソリンを入れに行った。ガソリンスタンドは少し長い列ができていて、進むスピードがめっぽう遅い。日差しが熱すぎて、途中でバイクを置いて日陰で待つようにした。やっと自分の番がきて、満タンにしてもらった。それからどこかのカフェに行こうと思ったが、ガソリンスタンドの隣にもカフェがあったので、そこでレモングラスティーを飲んでPCをいじった。エアコンが効いてて涼しかった。

4時くらいにホテルに帰ると、日本語を話すスタッフがいて、少し話しをした。それからプールで15分ほど泳いだ。5時半ちょうどに、バイク屋さんがホテルにバイクを取りにきた。ネガラで後ろからバイクが突っ込んできたときについたらしい傷があったが、小さいのでいいよと許してくれた。

6時前に歩いてJLギディリのBebek SurfinでBebek Gorengを食べた。セットでカンコンなどもついてきた。けっこう脂っこかったが、美味しかった。会計は40,000。そして帰りにドラゴンフルーツジュースを買った。ドラゴンフルーツは、インドネシア語でブア・ナガというらしい。ホテルに帰って、ジュースを飲みながらレッスンを2つやった。

夜になっても、地元のおばさんたちっぽいのはしゃぐ声がずっと聞こえてた。夜中3時に起きたが、まだ少し聞こえていた。


5月7日

あまりぐっすり眠れないまま、朝6時に起きて、ビーチまで散歩した。帰りにギディリのスーパーに入っているパン屋に行って、昼に食べるクロワッサンとバナナケーキを買った。それからいつもの朝ごはんも買った。ホテルのプールで少し泳いで、ボディーソープで全身を洗い、ストレッチをしてからベランダで朝ごはんを食べた。9時過ぎにホテルをチェックアウトし、歩いて空港へ向かった。15分かからずに着いた。3階の出国審査に行き、自動のスキャナーマシーンを通って、スムーズに中に入った。インフォメーションカウンターで給湯器がないかと聞いたら、水しかないと言われたが、行ってみたらお湯も出た。

機内では隣に中国人のカップルがいた。出発前に、シンガポールに着いたらすぐネットが使えるように、ネットのデータを購入しておいた。飛行中はKindleを読んだり、日記を書いたりして過ごした。機内はけっこう寒かった。空港からいつもどおりバスで帰った。

おしまい



2026/05/06

2026年5月 バリ/タンジュン・ベノア 22~24日目

 5月3日

朝はサヌールビーチまでジョギングしに行ったが、人が多すぎて走るどころじゃないので、30分くらい歩いて帰った。帰りにブブルアヤムを食べた。

11時くらいにチェックアウトして、タンジュン・ベノアに向かった。Rasa Sayangというホテルにチェックインした。掃除のおばさんがとても人懐こかった。部屋はとてもいい。

午後に半島の一番先っぽの港に行ってみた。地元の人がたくさん釣りをしていた。ムスリムのカフェでパイナップルジュースを飲んで、ロジャックも食べた。カフェの前ではパラセーリングやジェットスキーをしているのが見えた。マリンスポーツが盛んなようだ。帰りに東側のビーチに行ってみたが、またも干潮だった。

夜は地元のワルンでアヤム・ゴレンを食べた。


 5月4日

朝起きると蚊がたくさんいて、5匹ほど殺した。たぶんトイレの小窓から入ってきたんじゃないだろうか。

それからビーチに散歩に行った。ゴミと藻がすごかった。ビーチサンダルで靴擦れができそうだったので、帰りはサンダルを脱いで裸足で歩いて帰った。帰りにナシ・クニンをブンクスしたが、20,000もした。なんかぼったくられた感じがしたので、もう行くまいと思った。ホテルのソファーに座って食べた。

昼はヌサドゥアの町のほうまで行ってラワルを食べた。町までの道路はすごい渋滞だった。ヌサドゥアのビーチに行こうとしたが、最初ホテルの入り口のほうに行ってしまった。どうやらここは巨大な公園になっていて、その中に高級ホテルやモールがたくさん入っているらしい。

なんとかビーチに着いたが、金持ちのビーチという感じで、サーフィンなどもやっていた。ビーチにはゴミもぜんぜんなく、清掃にも金がかかってる感じがした。ウォーターブロウという波しぶきが見える所に行こうとしたが、公園でTVの撮影かなんかをやっているらしく、入れなかった。アイドルみたいな業界系の若者がたくさんいた。もし開いていても、現金がぜんぜんなかったので、入れなかったかも。

誰もいない小さいビーチがあったので、そこでタバコを吸ってちょっと休んだ。そしてバイクまでなんとか歩いて戻り、とっととホテルに帰った。帰りにフルーツジュースを飲みたくなったので、また昨日のカフェに行って、パパイヤジュースを飲んだ。

ホテルに帰って休み、夜は町のほうにイカン・バカールを食べに行き、帰りにジャックが見てきてくれという怪しいエリアに行って、偵察してきた。とても怪しいところで、外国人が行くような所ではないと思った。


 5月5日

朝は道路を少しジョギングした。帰りに朝ごはんを買って帰り、またソファーで食べた。昼は町へ行き、ガドガドを食べた。

それからヌサドゥアのパシフィカ・ミュージアムに行った。チケットは事前にオンラインで予約して10ドルくらいだった。エアコンがないからと、扇子を渡された。ちょうどいい広さで1時間かからずに見終わった。絵も良かったし、ポリネシアの島々の仮面や置物がとても面白かった。ちょうどニューギニア高地人という本を読んでいるし。特別な文明の道具は使ってないし、材料もそこらへんにあるもので、すごくアートの原点のような感じがした。

見終わって、ミュージアムの前にあるバリ・コレクションというモールに靴を見に行ったが、品ぞろえが悪く、何も面白い物はなかった。ただ金持ちそうな人達がたくさんいた。それからビーチに行こうとしたが、駐車場からビーチが遠いので、あきらめて帰った。

少し休んでから、腹が減ったので近くでミーアヤムを食べ、また同じカフェに行って、アボカドジュースを飲んだ。これは美味しかった。これからジュースは全部アボカドでもいいなと思った。

夜はサテ・カンビンを食べた。店の男性が、最初は外国人が嫌いなのかなと思ったが、最後は笑顔で挨拶してくれた。