2015/11/11

ソープにさよなら

2週間前にレボリューションをしました。
そのレボリューションとは、石鹸を使わないこと。シンガポールへ来てから、なんとなくシャンプーを止めて、洗顔クリームもやめて、頭も顔もオーガニック石鹸で洗ってきました。それで以前よりやっぱりなんかよくわからんけど良いような気がする〜と思っていたのですが、こないだ日本に帰ったときにテレビで、堺正章の元嫁の名前はわからないですがクソ可愛いオバハンが、わたし顔洗うときは何もつけないんですよとか言いながら美肌の自慢をしていたのを見て、それを急に思い出しいきなり止めてみた次第です。それを信じたというよりは、けっこう前からやってみたかったんですが。

最初の2日間くらいは、ちょっと抵抗があり、まだなんかヌルヌルしてんじゃんという肌と頭をタオルでぬぐうのが躊躇われたんですが、もう慣れて全然平気です。調子がよくなったとまでは言いませんが、悪くはなってない気がするし、今度北海道へ帰ったときも、前みたく肌がカサカサにならないんじゃないかな、ならないよ、きっとならないよこんな大胆な事してるんだから、という希望的観測をしています。なんにせよ石鹸代浮いたぜラッキー。



2015/11/03

岸辺のシロー



先週末エスプラネードで、舞台「海辺のカフカ」を見てきました。村上春樹原作で、主演は宮沢りえさん。
前から3列目だったしきっとチケットはお高かったと思うんですが、もちろん私が買ったわけではなく、日本語を教えているフランス人の方からいただきました。お連れ様が行けなくなったみたいで。なのでその人と二人で見ました。
エスプラネードで舞台を見るのは初めてだったのですが、今回の舞台が行われるところはオペラハウスみたいな4階席まである劇場でした。お客さんはおそらく半分以上が日本人だったはず。それもそのはず、劇は全部日本語で、ステージの両端に小さいスクリーンがあって、そこに申し訳程度に英語字幕が流れるだけなので。

劇は午後8時ちょうどに始まり、いきなり舞台の奥からガラス張りの箱に入った宮沢りえさんが出て来ました。わたしはなぜだかものすごく興奮して、胸の奥から熱いものがこみ上げてきました。けっこうミーハーだったみたいです。そのあとも藤木直人さんが出て来ましたが、藤木さんの時はとくに感動もしませんでした。やはり宮沢リエは特別です。

ほかの役者さんは、知っている人はいませんでしたが、でも宮沢さん藤木さんを筆頭にみんなとてもいい演技で、すぐに劇に引き込まれました。ものすごく長いセリフもたくさんあって、逆にわたしがハラハラしましたが、みなさんきちんと演じきっていました。内容もとても難しく、小説を読んでなかった人はチンプンカンプンだったと思います。難しいというか、猫と話したり、カーネルサンダースが出て来たりと、とてもエキセントリックな内容です。
わたしは村上春樹の小説はほとんど読んだことがないのですが、奇跡的に「海辺のカフカ」だけは読んでいたので、なんとかついていけました。

おそらくこの小説を読んでいない、しかもみんなシンガポール人だと思うのですが、私にとっては全く笑う必要のないシリアスな場面で、なぜか会場から笑いが巻き起こったりしました。たとえば脇役のおっちょこちょいな女性が諺を忘れてしまったときとか、藤木直人が自分の身体の秘密をカミングアウトしたときとか。
となりのフランス人の方も、なぜみんな笑うのかやはり不思議だったと言っていました。

そして3時間はあっというまに過ぎ、役者さんがみんな出て来て、頭を下げたり手を振っていましたが、このときも私は宮沢りえさんだけを見ていました。ほんとうに綺麗でした。5分くらいずっと拍手をして、劇は終わったんですが、フランス人の方が、フランスだとこれが30分くらい続くんですよと言っていました。フランスで舞台は見ないようにします。


2015/10/24

引き蘢る日々













また元のシンガポールに生活に戻りました。そして今日もヘイズがひどく、お外が真っ白でお外に出られないので、お内で中国語の勉強したり、インターネット・サーフィンなどをしています。

今日はあまり何も考えずに「北海道」「自給自足」というキーワードで検索していました。もしかしたら北海道が恋しいのかもしれません。

そこで「北海道移住ブログ」というブログを見つけました。ブロガーさんは、神奈川県の川崎に住んでいたらしいですが、東北地震を機に北海道に移住したらしいのです。このブログがなかなか面白くて、もう3時間くらいずっと読んでしまいました。とにかく行動力があり前向きな人で、なかなか読んでいて痛快です。北海道に移られてからも、北海道の事を道外の人からの目線で、とても的確に書かれているので、元道民としては意外な事や納得させられる事がたくさん書いてあって、非常に面白いです。

私も十分に北海道が大好きですが、もしかしたら、私が思っている以上に北海道は魅力的な所かもしれません。道内旅行編はまだ全然読んでいないのですが、またときどき読ませてもらおうと思っています。北海道にちょっと帰ってみたくなりました。

もし帰ったら、すごく安い所に住んで質素な生活して、またあまり働かないで、家庭菜園とかもしてみたいです。もっと欲を言えばヤギを飼いたい。

2015/10/21

おれたちのJAPAN -2015 秋-

先月末から2週間ほど日本に帰りました。
東京に6日ほどいて、そのあと北海道に渡り、札幌に行き、旭川に行き、実家に帰り、青森にも行ってきました。かなり久しぶりに会う友達がたくさんいました。変わっている人もいれば全然変わっていない人もいました。

日本はどこもあいかわらず平和そうで、食べ物は美味しく、人は優しかったです。しかし正直に言うと、食べ物は放射能の問題もあり、やや心配しながら食べなければいけなかったし、こんな不安定な社会状況においても、あまり我関せずと言う感じのマイペースな人達には、ちょっと心配になりました。でも東北地震以降、そんな事ばかり考えて生きてきて、もう自分ができる事は全部やった気がするし、そろそろ終わりにして、また自分の危なっかしい人生に集中しようと思いました。

シンガポールもヘイズ(煙害)が年々ひどくなってきてるし。北京の空気汚染を哀れんでいた頃が懐かしいです。毎日お外が真っ白になっていて、もう以前のように気軽に自転車に乗って遠出するという事もできなくなってしまいました。そろそろシンガポールも去り時なんでしょうか。

ところで、日本で食べて美味しかったものを自慢がてらに羅列しようと思います。

まず鎌倉の「麻心(まごころ)」というマリワナ好きが集まりそうなオーガニック系?レストランで食べた、なんたらかんたら定食。肉食べてたときはベジ料理なんて全然美味しいと思わなかったけど、ベジ人間になってからは、レストランのベジ料理がもう美味くてたまんねー。たくさん食っても胃にもたれんし、健康にも環境にもいいべさ。

青森の浅虫温泉「秋田屋」の夕ご飯、朝ご飯。俺は天下の北海道からいらっしゃったんだから、青森ごときの料理じゃ満足せんよと思ってたけど大間違い。海鮮、総菜、白米にリンゴジュース、全部泣けるくらい美味かった。青森さんすごいっす。

北海道、美瑛町の丸太小屋のレストラン「木のいいなかま」で食べた坊ちゃんカボチャのシチュー。小さい坊ちゃんカボチャそれ自体が器になってて、そん中にシチューが入ってて、その器のカボチャも食べれる。野菜は近所の農家さんが作ってて、どれもこれも美味かった。とくにカボチャ、トマトは、東南アジアではぜっったいに食べられないクオリティだった。こんなの毎日食える北海道人は幸せだなーとか上辺では言ってみるが、ときどき食べる俺の方が幸せ度高いに決まってる。

札幌ススキノ、ロビンソンの地下2階にある回転寿司「魚一心(さかないっしん)」。とりたてて有名な店ってわけじゃないと思うけど、前にたまたま来たらすごく美味しくて、札幌に来る度に一人で来てしまう。ほんとは放射能とか気にしてるし、普段から肉も魚も全く食べないんだけど、やっぱ寿司だけは別で、年に一回程度だからいいかと食べてしまう。他にもっと美味しい店もあるんだろうけど、この店で俺は十分泣き、震え、舌鼓16連打できるので、もう札幌で寿司と言ったらここにしか来ない。

他にも色々美味しかったけど、そりゃ北海道だから美味いに決まってる。

でもちょうど帰ったときにTPPがなんたらかんたらテレビでやってたから、これから日本の食も色々変わってくるんだろう。どうでもいいけどね、もう原発爆破で日本の食は十分レイプされちまったから。日本の料理が食えなくなったら、他の料理を食うまでさ。おれはなんだって食えるし、どこでだって生きていける。もっと自由に、執着せずに生きてかなきゃいかんね、そんな事を思った今回の帰省でした。














2015/09/23

バンコクで柔道

奥さんの調子もだいぶ良くなったので、先週月曜から一週間ほどタイのバンコクに一人で行ってきました。8月頃に爆弾事件がありやしたが、なんのそのと思って行ったら、他にもなんのその思って来ている日本人がたくさんおりました。男性の団体客がたくさんいて、みなさん綺麗なタイ女性を買われて、お互いに自慢し合っていました。変な病気をもらいたくない奥様は、くれぐれも旦那さんをバンコクに行かせないようにしてください。

今回私の目的は柔道でございました。先日香港に行ったときに友達になりました、バンコク在住のタイ人の「チュンさん」が、ぜひバンコクにも練習に来てくださいとおっしゃってくれたので、じゃあお言葉に甘えてと一人で行ったわけです。

練習は水、金、日曜の夜にありました。水・金は「Dhurakij Pundit 大学」という所の柔道部の練習に参加させてもらいました。郊外の方にあるので、一人で辿り着けるか不安だったのですが、チュンさんが街で私を拾って、車で大学まで乗せて行ってくれました。
部員は15人ほどいましたが、半分は「バンコク大学」の学生だそうで、いつも合同練習をしているとの事でした。黒帯の人は少なかったのですが、タイで黒帯を取るのは日本よりも数倍難しいみたいで、なるほど黒帯じゃない人もとても強かったです。そして先生も元タイ代表選手で、鬼のような強さでした。
みんな英語はあまり話せないので、直接話す事はあまりできませんでしたが、いつも手を合わせて「コップンカーップ」や「サワディカーップ」と笑顔で挨拶してくれました。日本人の礼儀正しさとはまた違った、すごく温かい感じがしました。




練習のあとは地元の料理屋で一緒に晩ご飯を食べましたが、みんなタイ語で何話してるのかわかりませんでしたが、料理はとても美味しく、辛く、そしてみんなコーラが大好きなんだなと思いました。

日曜日の練習は「Kasetsart 大学」という所の道場に行きました。チュンさんとバスに乗り約束の午後4時に道場に着いたのですが、まだ一人しか来ておらず、来る気配もないので畳の上で1時間くらい昼寝をしてやっと一人、もう30分後にまた一人で、結局5人だけで練習を始めました。しかも彼らは大学生ではなく、大学の教員二人と、他の道場で練習をしている社会人という、よくわからない構成でした。深くは聞きませんでしたが、おそらく学生は日曜なのでみんな帰ってしまい、しかしわざわざシンガポールから日本人が来てくれたのだから練習相手になってやろうという、そういうタイ人の心遣いだったような気がします。
しかしそんな事はどうでもいいくらい、遅れてきた二人は強かったです。準備運動もとくにせず、一組が乱取りして他の人はそれを見るというスタイルで、交代で乱取りをしました。みんな投げても投げられても笑いが絶えず、お互いの技を教え合う、とても良い練習でした。



練習後は、バンドの生演奏があるオサレなレストランで晩ご飯を食べてビールを飲みました。結局一人500BTHもかかりましたが、これはタイではかなり高級な食事の部類に入ると思います。そしてバスで来た私とチュンさんは終電に乗り遅れ、タクシーで帰りました。

そんな感じで3日間練習がありましたが、柔道着の洗濯などもしなくてはならなかったので、練習の合間でアユタヤかパタヤに遊びに行こうと思っていましたが、結局バンコクから出られませんでした。練習がない日は温泉に行ったり、土曜日はウィークエンドマーケットに行って、色々買い物したりしました。ゴーゴーバーも一回だけ行きましたが、全てが完全に想定の範囲内で、なんの驚きも興奮もありませんでした。今度は日本人カラオケに行ってみたい。

初めての一人での海外遠征練習という事で、色々心配でしたが、タイ人の友達もたくさんできたし、タイ語も少し上達したし、色々な技を教えてもらったし、素敵でハードな一週間でした。バンコクも含め、またどこか海外に練習に行きたいですが、柔道着持って行くのはほんとに大変です。海外での柔道着レンタル、だれかやってください。


2015/09/07

講習パート2

先日また柔道インストラクターセミナー・パート2に参加してきました。前回の3日間で終了だとすっかり思い込んでいましたが、もう2日間あったみたいで。

1日目の午前はメンタルスキルという事で、スポーツにおける精神のコントロールの仕方なんかを学びました。メンタルの弱い私にはとても興味深いトピックだったのですが、英語だったので案の定30%くらいしか理解できませんでした。もったいねーの極みでありますが、テキストをいただいたので、一ヶ月くらいかけて英和辞書片手にじっくり解読しようと思っています。

一つ印象に残ったのは、試合を前に緊張している選手に、コーチが「落ち着け、落ち着け」と言ったところで、どう落ち着いていいのかわからないので意味なし、という所です。これは希望を失った人に、周りの人が浅はかな言葉で励ますのに似ているなと思いました。

午後からは初心者向けの柔道レッスンの進め方で、二人ずつペアになってインストラクターの役になり、準備運動、受け身、打ち込みなどの、格基本運動をすすめていくというもので、わたしは20歳くらいのシンガポール人のベン君とペアになって、「乱取り」を担当しました。乱取りを始める前に、「乱取り」と「試合」の違いについて、みんなに説明をしなければならなかったのですが、もちろんほぼベン君にしゃべってもらいました。わたしは「投げられたら受け身で畳をバシッ!と叩いてね。その音が大きいと、投げた方がもっとスカッと気持ちがいいから。」とわけのわからない説明をはさみ、みんなの失笑を買いました。

2日目は「投の形(なげのかた)」の指導についてです。投の形とは、強さを競う競技柔道とは違う、正しい技の形を学ぶための形稽古で、黒帯を取るときに、必ずみんなこれを練習しなければならないのですが、なぜか私はこれをやった事がありません。役場に出生届を取りにいったらなかったみたいな気分です。講師の人も、黒帯を持っているのに形を指導できないというのは非常に恥ずかしい事です、と言っていました。という事で、そしらぬ顔で講習を受けましたが、未知との遭遇でなかなかおもしろかったです。

誰かが道場の隅でいつも練習しているのを見ながら、もう黒帯も取ったし昇段する気もないし、わたしには縁がないものだなと思っていましたが、実はこの投の形は非っっ常に奥が深いもので、今のMMA(ミックスマーシャルアーツ)ブームに対する自分の違和感を払拭してくれました。いわゆる暴力とは一線を画す武道のあり方のようなものを感じたわけです。もうこんな年ですが、ここに来てやっと武道というものの神髄に触れたような気がしました。たしかにこれをやらずして柔道を語るのはナンセンスというものでございます故、これから少しずつ練習していきたいです。

そんなこんなのハッチポッチステーションで、講習は朝9時から夜6時までみっちり行われ、家に帰ったときには疲労困憊で夜9時前に寝てしまいました。