2026/06/11

2026年6月 日本/東京 13~15日目

 6月7日

朝6時前から、法被を着た男性たちがすでに準備をして1階にたまって話していた。その脇で静かにトーストを食べた。少しうるさいが、みんな横柄な感じではなく、わたしが道を通るときは気を遣ってくれた。彼らは7時頃に出て行き、外でもまた法被を着た人たちがどんどん現れた。

10時頃にホテルを出て、大江戸線の駅に向かった。途中で神輿や馬が道路を渡っていた。その間は道は封鎖されて、馬が通り終わったあと、また交通が再開した。

大江戸線で飯田橋まで行き、そこから九段下の前田さんのラーメン屋、ヌードルマイスター源九へ行った。店にはお客さんが数人。貝柱のスープがもうなかったので、煮干しのスープを頼んだ。厨房には前田さんが一人で、まだこちらには気づいていない。しかしラーメンを持ってきたときにわかったらしく、こちらを凝視して、どっかで見た顔だなぁと言っていた。

平日はサラリーマンなどで混んでいるらしいが、週末なので客も少なく、仕事の合間に少し話せた。ラーメンはあっさりしていてとても美味しく、おにぎりまでついていた。これはお得感がある。客が絶えなかったので、空気を読んで店を出た。前田さんはFBで連絡するねと言っていた。前田さんは少し太ったようだが、元気そうで良かった。

それから歩いて靖国神社に行った。鳥居がばかでかく感動した。とてもおごそかな雰囲気だ。途中にお店があったので、そこで大野さんのお土産に靖国ノートを買った。手を洗ってお参りしたら、あるおばあさんが隣でずっと、今の日本を嘆くような語り掛けを神社に向かってずっと言っていた。かなり自分の世界に浸っていた。それからゼロ戦や機関砲の展示を見た。お土産コーナーもあり、「武士道を読もう」という面白い本があったので1冊買った。

そして九段下駅から地下鉄で末広町駅まで行き、そこから歩いて神田明神へ行った。けっこう人がたくさんいた。お土産コーナーなども充実していた。スクナビコノ命を祀っているようだ。そこからまた歩いて秋葉原の電気街へ。裏道にはメイド服の女の子がたくさんいて、ビラを配っていた。大きい通りでは歩行者天国をやっていた。外国人がたくさんいる。ファミマでカフェラテを買い、縁石に座って持って来たアンパンを食べながら少し休憩した。カフェラテを飲み終わったが、ファミマのゴミ箱は使用禁止になっていた。コンビニだけじゃなく街中、ゴミ箱がないらしい。道路の真ん中に区役所のスタッフがいて、乗り物に乗っている人を注意していた。

色んな店に入ってみたが、アダルト系の店が意外に多かった。オタク系の店だと思って入って進んでいくとアダルト系に変わる。雨も降ってきたので、また電車でホテルに帰った。雨が降って神輿も担げなさそうだ。ちょっとかわいそう。午後6時半からレッスンが2つあった。


 6月8日

朝から雨が降っている。早くにホテルを出て池袋へ向かった。満員電車に巻き込まれ、サラリーマンの大変さがわかった。池袋に着き、西部池袋線に向かったが、逆方向はすごい人だが、さいたま行きはとても空いていた。飯能行の電車に乗り、50分くらいかかって10時に飯能駅に着いた。駅の外に出るとホワイトさんがいた。前より元気そうだ。パン屋があったので、パンをいくつか買った。カツラちゃんも車で来ていて、車に乗ってホワイトさんの家に向かった。

家には小5の娘さんが一人いたが、挨拶はしてくれず、スマホに夢中になっていた。そういう子らしい。ホワイトさんと桂ちゃんと3人で、2階のリビングルームで話した。カツラちゃんは14時から仕事があるらしい。長男はもう高2で、私立の学校に行っていて、次男は高1で、家のすぐ前の飯能高校に通っていて、グランドホッケーをやっているとか。飯能はホッケーが有名らしい。

1時間ほどで、その次男が帰ってきた。マッシュルームカットで、背が低い。こちらもとても内気な感じで、二人の子としては意外な感じがした。昼は家でカツラちゃんの作ったハンバーグなどを食べた。カツラちゃんが仕事に出かけ、それからしばらくして私もおいとまして、また歩いて駅へ向かった。飯能に着いてからネットに繋がらなくなり、ネットワーク選択設定を手動に帰ると、一瞬だけネットに繋がる。ネットが使えないと非常に不便だ。

帰りに池袋駅で、次の日に会う叔父さんへのお土産を買った。2000円のバームクーヘン詰め合わせ。ホテルに帰り午後6時からレッスンを2つやった。


 6月9日

今日も朝からホテルを出た。依然としてネットがうまくつながらず、グーグルマップが使えない。なんとか上野駅に着き、京浜東北線の宇都宮行きに乗った。10時に蓮田駅に着いた。えいじおじさんが車で迎えに来てくれていた。おじさんの家に行くと、おばさんがいた。冷たいお茶をもらって、色々話をした。

おじさんは15歳のときに、一人で大宮にきて国鉄の職員養成の学校に入ったらしい。その頃は飛行機がなかったので、東京北海道間はみんな電車に乗って移動していたので、東北、とくに青森はにぎやかだったらしい。移動にほぼ一日かかるが、みんな故郷が恋しいので、たとえ滞在時間が数時間になろうとも、頑張って帰ったらしい。ゆきはるおじさんの所に行こうとしたら、母に止められたという話をすると、ゆきはるおじさんはすごく気難しい人だから、母の気持ちはわかると言っていた。なんでもケチをつけたり、批判したりするので、一緒に旅行などはしたくないなと言っていた。

昼におじさんと二人で歩いて、近所の鮨屋に行った。まずは瓶ビールを飲んで、刺身を食べた。ランチの箱が来たが、ずっとビールを飲みながら話し続けていた。やっとランチを食べ始めたが、なかなかの量だった。しかし刺身はとても美味しかった。おじいちゃんが書いた戦争中の文集があると言うと、そんなの知らなかった、読んでみたいというので、帰ったらコピーを作って送ってあげようと思う。

おじさんが会計をしてくれて、また歩いて帰った。途中で伊奈町の由来などを教えてくれた。おじさんは歴史が大好きらしい。それから家に戻って、また話をしているとおばさんと一緒に、いとこのつよし君?の息子が来た。学校のあとは、いつもこうやって祖父母の家に来るらしい。挨拶もするし、とても礼儀正しい良い子だった。それからおばさんと次男くんも帰ってきて、そのあとお母さん(いとこのユキエちゃん?)も来た。イライラして子供やおばさんに怒ったりしていた。

それから長男くんがYouTubeを見始め、いつもの日常みたいな感じになり、私も客としてどうしていいかわからなくなった。おじさんもすごくリラックスしている。いつ帰ればいいのかチャンスをうかがっていたが、よくわからないし、おじさんも何も言いださない。ゆきえちゃんもシンガポールに来たことがあるというので、少しその話もした。

やっとおじさんが仕事に行くと言って立ち上がったが、バイクで行くとか言っている。わたしはどうしたらいいのだろうと思って、私も帰りますというと、おばさんが車で駅まで送ってくれることになった。もしかしたら、もう少し早めに、もう帰りますと言い出していればよかったのだろうか。おじさんも仕事に行く前に少し休みたかっただろうし。いずれにせよ、どうすればいいのか全然わからなかった。帰りにお土産をもらった。

みんな家を出ることになり、みんなにお別れを言って、駅まで送ってもらった。時間はもう5時近い。蓮田からまた電車で御徒町まで戻り、ホテルに帰った。夜はいつものようにスーパーで弁当を買って食べた。

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