2022/11/24

コロナ後初の海外旅行『マラッカ』in 2022 初日、2日目

 2022年11月16日(水)初日

久しぶりのマラッカ旅行。

いつもは3,4日の旅程で、ローカルバスを乗り継いで行っていたが、今回はシンガポールからマラッカまでの直行便のバスで行くことにした。

朝7時に家を出て、地下鉄でダウンタウン線のRochar駅まで行き、そこから歩いてQueens streetのバスターミナルへ。JB行きのコーズウェイリンクに乗る人の長い列ができていた。

我々は予約した707というバスのチケットカウンターへ行き、名前と降りたい場所を告げる。トイレに行ったり動画を撮ったりして待っていると、707と書かれたバスが到着。1列3人の大きいシート。座り心地は悪くないが、あいかわらずエアコン強め。

撮った動画をチェックしてみると、間違ってスローモーションで撮っていたので、仕方なくバスを降りてもう一度撮る。

乗客はほとんど中華系で、後ろの席にバックパッカーの白人の女性が2人だけいた。

8時30分に出発したバスは、高速に乗りトゥアースの国境へ向かう。途中30分くらい渋滞に巻き込まれる。シンガポールのカスタムも、マレーシアのカスタムもほとんど人がおらず非常にスムーズ。マレーシアのカスタムに小さい店があり、そこで梅干しみたいなのを買ったが、非常にすっぱかった。

そこから高速をひた走り、1時間くらいで休憩タイム。食堂のある大きな休憩所だと思ったら、トイレとショップカーが数台並んでいるだけの小さいところで、ちょっとがっかり。カレーチキンマンを買ったが、けっこう辛くて、味も微妙。焼いてきたサワードウは食べ終わり、作ってきたおにぎりを食べてみるがまずい。

それからまたひたすら高速を走り、午後2時頃に高速を降りてやっとマラッカ市に入る。マレーシアの信号はクソ長く、なかなか進まない。やっとバスターミナルに着き、人を少し降ろし、次にエスタディアホテルで降ろし、最後のCasa Del Rioホテルに着いたときは、もう午後2:30だった。6時間かかった。

バスのサイトには4時間の予定と書いていたが、これではどうやったってそんなに早く着くはずがない。早くて5時間だろう。

ホテルから歩いて、予約したD'Laksamanaへ行ったが、ドアが開いておらず、奥さんのケータイのホットスポットを使ってネットに繋ぎ、なんとかオーナーと連絡を取り、開け方を教えてもらってチェックインをすませる。部屋はキレイだが暑い。おなかが減っていたので、遅い昼飯を食べに外にでるが、半端な時間でどこも閉まっている。

結局ジョンカーストリートの有名店に行き、マレーシア人のすごい太った女性二人との相席で、ババ・ラクサを食べる。やけに揚げ豆腐スキンが多いなと思ったら、奥さんが間違って追加で注文したらしい。豆腐スキンを4枚近く食べて少し気持ちが悪い。

けっこう辛かったので、口を潤したく、ババ・チェンドルも食べた。奥さんは女性二人とけっこうたくさん話していたが、私は会話には参加せず黙々と食べた。二人が言うには、今週の金曜は選挙の投票日なので、マレーシア人は地元に帰ったりなんだりで、移動が激しくなったり色々あると言っていた。しかし観光にはさして影響はなさそう。

ラクサが11RM(330円)、チェンドルが6RM(190円)くらいだった。ここは人気店なので高い。


宿まで歩いて帰ったが、暑くてしんどい。シンガポールよりも全然暑く感じる。部屋の中も暑く、すぐにエアコンをつけてシャワーを浴びて、2時間近く昼寝した。

日暮れ近くに起き、19時に晩御飯を食べに外に出る。宿の裏にあるコピティアムのようなところで、外に出してあるテーブルに座る。涼しくて気持ちがいい。

私は水餃子スープと冷たい自家製菊茶。奥さんはロジャックと、ビールを買おうとしたが、ここはオーナーが最近変わったばかりで、アルコール販売のライセンスをまだ取得していないので酒類は販売していないとのこと。店員もミャンマー人と思われる若者が4,5人いて、中国系のスタッフに色々教わっている風だった。奥さんが頼んだロジャックにはカンコンとマンゴーが入っていて、少し不思議な組み合わせに思えたが、美味しかった。私はスープと一緒に、昼間食べなかったおにぎりも食べた。

食後は少し雨が降る中、街を少し散歩した。電飾をつけた派手なトライショーがたくさん走っていた。ロックダウン中は彼らも大変だっただろう。彼らがマラッカで一番仕事熱心のように見える。

ボートクルーズの呼び込みと見られる、キティーちゃんや、ミニー等の着ぐるみを着た人も4,5人いて、愛想よく手を振ってきた。観光客もちらほら歩いていたが、呼び込みや販売員の数のほうが多く、全体的に寂しい感じがした。雨はどんどん強くなってくるので、早々に宿に帰った。雨はすぐに土砂降りになった。暑かったので、ファンをつけて寝た。



 2022年11月17日(木)二日目

7時過ぎに起き、周りの住宅街を10分くらい散歩して、インド料理の食堂でローティーチャナイ、ドーサ、ローティピサン(バナナ)、テータリック2杯を注文。全部でたったの12RM(380円)。店員はインド人で、チェンナイから来たと言っていた。ローティピサンが最高に美味しかった。

宿に戻って9時からインワイのレッスン。終わると、オーナーのMr.Keeが部屋にやってきた。コロナの前に何度か泊まったことがあるんだよというと、すぐに思い出してくれた。よかったら今日の夕方から無料で街や、地元の食べ物を案内するツアーをするけどと言われたが、もう何度も来て熟知してるので、けっこうだと丁重に断った。自転車も無料で使っていいよと言っていた。

10時半頃、奥さんは一人でカフェに行くと出かけて行き、私は11時半頃に、アヤコさん(マラッカに20年近く住んでいる年配の日本人)に会いに自転車で出かけた。

アヤコさんの家(ショップハウスの2階)はJonker Streetの真裏で、ヒッピーや、アート系の住民がウロウロしているエリアにある。

家に上がると、可愛い猫がたくさんいた。5匹いるらしい。一度来たことがあるが、あいかわらず素敵な家だ。ここに来る前は名古屋に20年住んでいて、そこの物を全部持ってきたらしい。壮絶な引っ越しだったと想像できる。

アヤコさんのご主人のピーターさんはアメリカ人で、名古屋大学の教授をして、日本映画の研究の第一人者だかなんだか。ピーターさんも奥の部屋にいたみたいだが、色々調子が悪く出てこなかった。少し前にすごく信用していたオーストラリア人に貯金を全て使い込まれたらしく、それが元で最近鬱っぽいのだとか。

今はホームダイニングという、家に予約しくれたお客さんを招いて日本風のお料理を出すという事を始めたらしく、それで収入はけっこうあるらしい。一人前65RM(2,000円)くらい取っているとか。


立ち話もそこそこに、昼ご飯を食べに外に出た。家の下のカシミールという服飾雑貨の店のオーナーと出くわし、オーナーが体調が悪いと訴えていた。店の中に入り、アヤコさんが自分で作って置いているらしいアクセサリーを2つもらった。

オーナーとも少し話したが、ジョークが好きらしく、何が本当なのかよくわからなかったが、どうやらカシミール地方で生まれたインド人らしい。カシミールはインドに占領されたからインド人とは呼ばれたくないとか、そんなところだろう。

それから5分くらい歩いて中華系のベジタリアンの店にお昼ご飯を食べに行った。外を歩くと色んな人がアヤコさんに挨拶してきた。20年ちかくも住んでいると、もう近所の人も家族同然という感じなのかもしれない。

お店ではほとんどの物が売り切れで、魚頭スープのビーフンを頼んだ。酸っぱくて、タイ料理のトムカーみたいだった。値段は5RM(150円)とすごく良心的。昼ご飯はアヤコさんが奢ってくれた。

店を出て、運河沿いの問屋通りを歩き、葯材店で乾燥ナツメを200g、2袋買って、1つをアヤコさんにプレゼントした。1kgで18RM(550円)。

中国語で話してみたが、マレーシアの中華系は非常に気が長く、寛容で話しやすい。

コーヒーが飲めそうな所を探し、運河沿いの小さな洒落た通りに入った。五號というカフェにしたが、ずっと前にタツヤさんという日本人を介して会ったことのある青年の店だった。名前はたしかオーエン。カプチーノを頼み、私の事を覚えているかと聞くと、ちゃんと覚えていた。タツヤさんともときどき連絡を取っているらしい。

店の外のテーブルに座っていると、向かいの店にスキンヘッドのごついアラブ系のおじさんがやってきた。アヤコさんの知り合いみたいで、彼は最近ここに店を出して繫盛しているけど、たぶんノービザだと言っていた。

店の家賃はいくらぐらいなのか興味があったので、アヤコさんが聞いてみてくれたが、2,000RM(61,000円)くらいだという。アヤコさんは最初800RMくらいじゃないかと言っていたので、驚いていた。

カフェの青年にも聞いたら、彼の店はお父さんの所有なのでタダだが、ここらへんは2,000RMが相場で、他のところも1,000~1,500RMがマラッカの中心部の相場だと言っていた。

コーヒーを飲み終わり、橋を渡ってバナナを売っている店で少し買い物したあと、アヤコさんの家まで歩いて戻り、別れた。

アヤコさんは出身が北海道の根室だが、もう親類は日本にはいないと言う。外国で、外国人の旦那と二人で心細いのかなと思ったが、もうマラッカが今の故郷で、しっかり地元に根付いて、周りの人達にも助けられながらやっているので、思ったより大丈夫だなと思った。これがもし放浪者だったら、誰にも頼れずもっと大変だろう。とても良い勉強になった。


自転車で宿に戻り、少し休んだ。とてもおなかが空いていたので5時半に晩御飯を食べに、昨日と同じ宿の裏の店に行ったが、なぜか閉まっており、しょうがないので、その近くにある魚鮫麺(ユイジャオミェン)の店で食べた。

基本の魚鮫麺の大が8.5RMで、それにトッピングの具を追加した。ピータンと、湯葉を揚げたやつが本当に美味しかった。スープも美味しかったが、かなりMSG強めで、食べたあとに喉が渇いた。会計は31RM。


19時からセシリアのレッスンの予定だったが、宿に帰るとなんとキャンセルのメールが。しかたないので、歩いて古着屋へ行くことにした。

その前に少し腹休めに、宿の一階でお茶を飲んでいると、向かいの部屋に今日やってきたアジア系の青年が帰ってきた。挨拶をして、少し話をしてみた。

彼は中国人で、北京から来たらしい。英語がとても上手で、物腰も柔らかく聡明そう。中国からKLに来て、7日間隔離をして、その後2日KLに滞在し、今日マラッカに着いたそうだ。冷蔵庫にワインが入っているから、よかったら飲んでくださいと言っていた。中国人嫌いの人が彼を見たら、きっと中国のイメージが変わるだろう。

30分くらい休んだので出かけることにした。日が暮れて外も涼しい。20分ほど歩いて古着屋に着いた。夜の12時までオープンしているらしい。

客はみんなマレー系。パンツを解体してトートバッグを作ろうと思い、5RMのパンツを3本と、2RMの帽子を一つ買った。奥さんも大量にTシャツやパンツを買い、全部で60RM(1,800円)もした。だいぶ満足したらしく、奥さんはテンションが高かった。

帰りは川沿いの遊歩道を歩いて帰った。奥さんが買った古着を洗いたいというので、宿の近くのコインランドリーに立ち寄り、買った物を全て突っ込んだ。20分かかるというので、朝ごはんを食べたインド料理の店に入り、またローティ―ピサンを食べて、武者小路実篤の「友情」を読む。

20分経って洗濯は終わったらしいが、今度は乾燥でもう20分待った。朝にローティ―を焼いていたインド人はまだ働いていた。いったい何時間労働なのだろう。

洗濯物を持って宿に帰り、シャワーを浴びてすぐに寝た。






2022/10/19

日記で振り返るコロナ後初の日本帰省 東京編9月17、18日(最終話)

 9月17日(土)東京

今日も6時から一人で散歩。旧中川に出て北に向かって1kmほど歩く。鴨やシラサギがいた。川沿いの家はさぞかし眺めがいいだろう。川向うを歩いたら、倉庫に集まっているおじさん達がいて、倉庫の扉が少し開いていて中の金色の神輿がチラっと見えた。やはり神輿というのはユダヤの契約の箱なんだなと確信を得た。宿に戻って朝ごはんを食べ、中国少年のレッスン。

少し休んでから12時に二人で宿を出て、駅前デパートの無印でトランクスを一枚買った。それからJRで御茶ノ水へ行き、歩いて神保町へ向かう。まだ入ったことのない店に入ってみた。タロットカードがたくさんある店、アイドル系の古本を扱ってる店、囲碁の本の専門店など。奥さんは抹茶ラテを買い、私はトイレに行きたくて探したが、どこにもなくて困った。しばらくブラついて、イースター島の本を200円で買った。

14時半に半蔵門線で清澄白河駅に移動。A3出口で吉田さんが待っていた。ここは吉田さんの生まれ育った地元なので、色々案内してもらう。まずは清澄庭園に入る。チケットは吉田さんが買ってくれた。三菱の創業者、岩崎弥太郎が作ったらしい。池に大きなスッポンがたくさんいて可愛かった。庭園を出て、近くの小さな商店で駄菓子をたくさん買った。イナゴの佃煮や深川飯も売っていた。深川飯とは、アサリの炊き込みご飯のことらしい。昔はよくアサリが獲れたのだろう。

次に江戸博物館。ここも吉田さんがチケットを買ってくれた。実物大のセットが面白かった。大阪くらしの今昔博物館とコンセプトは同じだ。昔は火事になると水をかけるだけじゃなく、他の家に燃え移らないように、周りの家も壊してしまったんだとか。出口に大鵬のコーナーがあった。大鵬は父親がサハリン人らしく、とても男前だ。育ったのは北海道だそうだ。

それから食器のお店を少し見て、吉田さん行きつけのコーヒー屋に行く。途中で高そうなケーキ屋でお菓子を買い、高級トリュフパンの店をのぞき、ARIZEというコーヒー屋に着いたときには、店はもう閉まりかけていた。なんとかコーヒーを2杯テイクアウトして、外のベンチに腰掛けて飲んだ。店の中には巨大な焙煎機があり、いたる所にタイ文字が書いてあった。タイによく行くんだろう。コーヒーは、吉田さん曰くとてもフルーティーで、苦みが少ない飲みやすいコーヒーだった。

この付近は寺と墓地がやたら多い。地下鉄の入り口のすぐ前にある吉田さんのマンションに行くと、マンションの前まで奥さんと娘さんが、挨拶しに出てきてくれた。今日は娘さんの体調が良くないらしい。高そうなお出汁をプレゼントにもらった。

3人で商店街まで歩き、吉田さん馴染みの鳥長(とりちょう)という居酒屋に入った。店のおばさんがとてもひょうきんで可愛らしかった。吉田さんに全部おまかせで注文してもらった。生ビールのジョッキを飲むと、日本にいるという感じがした。金目の刺身、鳥皮のもつ煮、チーズイモなどなど、全部美味しかった。そして会計も吉田さんが奢ってくれた。

それから自販機でチューハイを買って隅田川に行き、川沿いのベンチでまた乾杯し川を眺め、私がチューハイをこぼしてしまったので、今度はスーパーに行ってまた酒を買い、清瀬橋に行って橋の欄干に腰かけて、青春チックにチューハイを飲んだ。吉田さんは将来的にはもっと人に必要とされる仕事をしたいと言っていた。アイデアを出したりするのがすごい好きらしい。

地下鉄まで戻り、33番の亀戸行きのバスに乗り、吉田さんとお別れした。本当にありがとうございます。亀戸に着き、商店街の銭湯が11時半までと書いてあったので、宿に帰って急いで用意をして向かったら、番頭のおばさんにコロナで今は10時までだと言われあきらめる。帰っておとなしく寝た。



9月18日(日)東京 最終日

6時前に起きて、ソファベッドを片付けて、一人で30分歩いて墨田区の黄金湯に朝風呂に入りに行った。風呂が500円で、サウナは550円。せっかくなのでサウナ券も買って、腕にオレンジのバンドを巻いてもらった。とてもオシャレな銭湯だ。サウナは激込みで、入墨が入ったおじさんもいた。みんな土曜の夜に飲んだ酒を抜きにくるのだろう。サウナから出て、屋外のリクライニング風のプラスチックのイスでゆっくりできる。バンコクの湯の森にとても似ている。サウナでのっぽさんのような変な帽子をかぶっている人がいて、よく恥ずかしくないなと思った。

大変すっきりして、また歩いて宿に帰る。途中でスーパーに寄って、4個入りの卵を買い、宿で朝ごはんを作って食べる。少し休んでから荷造り。醤油や食材も全部使い切ることができた。完璧だ。10時にチェックアウトしたら、ちょうど雨が降ってきた。今日から台風だとか。傘をさして駅まで歩くが、荷物が重いし、駅にはエスカレーターすらない。

JRで船橋まで行き、駅前のデパート地下のサンマルクカフェでコーヒーを飲む。イスを蹴っ飛ばすヤバい女性がいた。日本人は病んでいると思う。席を確保したまま、本屋に行ってカレーの本を買い、スーパーで鍛高譚とウィスキーを買った。13時くらいにカフェを出て、ネットで調べたスリランカカレーの店に行った。大雨の中、店に着いたら今日は休みだった。しかたなく、隣のデパートのレストランで、アジフライ定食を食べた。房総半島で獲れたこだわりのアジだと書いてあったが、衣が厚すぎてまずかった。全部食べ切れず、少し残してタッパーに入れた。最後の最後にハズレを引いてしまった。

京成線に乗り、成田空港第一ターミナルに着き、すぐに長ズボンにはきかえて、荷物を預けた。陰性証明などを全く確認されなかったのでカウンターに聞いてみると、それを確認したりするのに15分近くかかった。手間をかけさせたので、言わない方がよかったのかなと思った。お土産屋は半分くらいが閉まっていた。奥さんがお土産を買っているあいだ、タバコを吸おうと思い、通りかかった警察官に喫煙所の場所を聞くと、彼らも知らないらしく店員に聞いてくれた。喫煙所がなんとか見つかり、タバコを吸って、マッチは置いてきた。

トイレで結局アジのフライを捨て、17時に出国審査をして到着ロビーに入る。今までにないくらい外国人がたくさんいる。ゴージャスなイスがあったので、座って日記などを書く。17:45分に搭乗開始。奥さんは41列目、私は34列目。廊下側の席を選ぶと別々になってしまった。見たところ、日本人は少ない。

飛び立って、まずは映画「呪術回戦」を見たが、つまらない。オタクの妄想全開だ。次に伊能忠敬の大河ドラマを作るという「大河への道」を見る。中井貴一が主演。キャラが一貫しておらず、ふざけたり、真面目になったりの緩急が激しすぎて不自然。

飲み物のサービスが来たので赤ワインを頼んだ。晩ご飯はうな玉。赤ワインをおかわりしたが、とても喉が渇き、お湯ももらったが、なぜかすごくぬるい。最後にドキュメンタリー系の、情熱大陸のキャンパー特集、ガイアの夜明けの寿司屋の特集などを見る。そうこうしてるうちにシンガポールに着いた。

飛行機を降りて奥さんと合流した。入国審査は自動のマシーンで、何もチェックされなかった。荷物を取って、タクシー待ちの列に並ぶ。当たった運転手は、だるそうな中国人のおじさん。ハイウェイを走り、1時過ぎに家に着く。HDBの下に、新しいコピティアムが9月30日にオープンするという張り紙があった。家の中は少し埃っぽく、奥さんはベッドのシーツを換えたり、掃除をしたり、寝る様子が全くないので、3時頃に先に寝た。

おしまい




日記で振り返るコロナ後初の日本帰省 東京編9月14、15、16日

 9月14日(水)北海道→東京

早起きして部屋を掃除し、7時前に朝ごはんを食べる。あいかわらず量が多くておなかがキツイ。8時前に家を出て母の運転で新千歳空港に向かう。車内で、母の友人のことについて話す。一家離散してしまったことについて、彼女に落ち度はない、みんな孫が悪いんだと主張する母。70年生きてきてこの程度の思考しかできないのかと落胆した。

空港に着きすぐにチェックイン。少しお土産屋を見て回ると言うと、母は帰って行った。二人で土産売り場をしばしウロウロし、一番近くのゲートから出発ロビーに入ろうとするが、ここはANA専用だと言われる。その隣もJAL専用。結局元来た一番端まで戻りゲートをくぐる。もう搭乗は始まっていたので、トイレに行ってすぐに乗り込んだ。

私の席は窓側だったが、窓はついてなかった。前に若い夫婦がいて、赤ちゃんを抱いていた。赤ちゃんが可愛かったので、後ろからそっと手に触れたが、それに気づいたのか母親が赤ちゃんを移動させた。機内ではかりんとうを食べて、本を読んでいたらあっというまに成田に着いた。成田は暑い。

荷物受取場では、我々のバッグがすぐに出てきた。電車に乗るためにT2まで歩いたが、相当距離があった。成田の国内線を使ったのは初めてだったので、なにかと不慣れ。やっと駅に着き、京成線で船橋行きを買う。改札に移動するときに切符を落とし、カバンが重いのですごくイラついた。電車は空いていた。車窓からは田んぼばかりが見える。車内で母が作ってくれたおにぎりを食べた。

船橋駅でおりて、しばらく歩いてJRに乗り換え、亀戸駅まで行った。車内はけっこう混んでいた。我々はマスクをしていなかったが、私の隣に座ってきた女性もしていなかった。わざと座ったのか偶然なのか。

亀戸駅から10分くらい商店街を歩いて、やっと予約していた宿に着く。アパートの3階の部屋。ドアを開けるとキレイに掃除されていた。荷物を置いて軽装に着替えてまた外に出る。荷物は置いていいと言われたが、一応チェックインは16時なので、外で時間をつぶす。

商店街には中華系の店がたくさんある。懐かしい花椒の香りが漂う。腹が減ってたので、奥さんは塩ラーメン屋に入り、私はそのはす向かいにある亀戸餃子という、有名らしい店いに入る。カウンターに通され、一皿餃子5個で300円のやつを二皿と、ビールの小瓶を頼む。期待していたが、いまいちだった。中国の餃子のほうが断然美味い。向かいのカウンターには若い男女が座っている。みんな何皿も追加して食べている。そういう店のようだが、とっとと食って出た。

奥さんと合流し、再び歩いて古着屋を見つけて入った。私はカバンと帽子、奥さんはTシャツを買った。さらに歩いて亀戸天神社へ。いかにも人工的な池と橋があった。二人で写真を撮ると、時間はもう15時半だったので、歩いて宿に帰る。途中に商店街でシュークリームを買う。あとから来た無言でショーケースを見つめるおじさんに、私に対応していた店員さんが急に中国語で話し出し、おじさんも中国語で答える。実はみんな中国人だ。外を歩いてる人も、耳をすませば中国語を話している。

宿に戻ってシャワーを浴びてくつろぐ。18時に一人でスーパーに買い物に行き、肉、野菜、ヨーグルトなどを買って帰り、キッチンですぐに晩飯を作った。枝豆、オクラ、とうきびを茹でて、肉も焼いて、残っていたおにぎりと食べた。奥さんは頭の後ろが痛いと言って、早めに寝た。私はネットで彫刻刀についてずっと調べていた。夜は布団をかけなくても寒くなかった。



9月15日(木)東京

部屋で朝ごはんを食べて、奥さんは8時半に宿を出て一人で代官山にあるという手ぬぐいの店へ行った。私は9時過ぎに出て、亀戸から錦糸町まで歩き、駅でSuicaを買ってJRで新宿へ行った。11時から新宿バルトで、友達の片岡翔が監督をつとめた「この子は邪悪」を鑑賞。チケットは1,900円。会場に入る前にカフェでコーヒーを買って、映画をみながらかりんとうを食べた。

映画は、最初は気味が悪くて良い感じだったが、少しずつテンポが悪くなり、最後の方は少し失笑してしまう場面もあったが、まぁ翔くんらしさも出てたし、なかなか面白かった。玉木宏がいちいちセクシーだった。隣に座ってたおじさんが後半からリアクションが多くなり、むふふと笑ったりしてた。アイドルの男の子が出演していたので、そのファンがたくさん来ていたような気がする。

新宿バルトを出て、歩いて東急ハンズに行った。3,000円のハイス鋼の彫刻刀を買って、習字の筆と練習用の用紙も買った。腹が減ったので7-11でフライドチキンを買って、東急ハンズの前で持ってきた白飯と一緒に食べた。それから歩いて代々木のBook Offへ行き、それから地下鉄でまた神保町へ行き、古本を物色した。面白そうな本がたくさんあったが、結局何も買わなかった。また腹が減ったので、前にも行った十割そばの店で、同じく天ぷらせいろうを食べて、トイレも借りてすっきりした。

18時近かったので、歩いて御茶ノ水まで行き、JRに乗って亀戸に帰った。シャワーを浴びて、ソファーベッドを出して、別々に寝た。



9月16日(金)東京

朝6時から一人で散歩に出かける。亀戸水神社を通り、亀戸中央公園を歩いて旧中川の河川敷に出た。釣りをしてる人や、鴨が数羽いて、とても平和な雰囲気。ストレッチをして少し気功をやった。7時過ぎに宿に帰り朝ごはんを食べ、9時に宿を出てJRで新宿に向かうが、電車は満員だった。9時でこれとは、都民は大変だ。代々木で降りて山手線に乗り換え、渋谷で降り、宮下公園の前のスタバへ行った。宮下公園がスカイガーデンみたいになっていてびっくりした。ホームレスはどこへ。

スタバにはすでに翔君が来ていて、私もレジでコーヒーを頼んだら、受け取るのに10分くらい待たされた。いかにも仕事ができそうなスタッフだっただけにがっかり。持ってきたかりんとうとナッツを食べながらしばし談笑。もう子供が二人もいて、どちらも女の子で、長女は今年小学一年生らしい。今は調布に住んでいて、新しい家を探しているのだとか。今回の映画ではやりたい事ができて満足しているが、ネットの辛口の批評には少し傷ついていると言っていた。

13時くらいまで話し、スタバを出て宮下公園の屋上を歩いて別れた。翔君はこれからまたどこかのスタバで仕事をするらしい。少し渋谷を歩いてから、半蔵門線で錦糸町に行った。錦糸町のBook Offで、翔君がすすめてくれた「教団X」という本を買い、回転ずしへ行った。注文すると新幹線が寿司を運んでくるやつ。東京の寿司は美味しくないと勝手に思っていたが、全然美味しかった。サーモン、いわしなど全部で6皿食べた。1,300円くらいだった。

JRで亀戸に帰ると、宿に奥さんはまだ帰ってきておらず、シャワーを浴びてネットをした。18時に奥さんが帰ってきたので、一人で駅前のデパートに行き、スーパーで食材を買って帰った。19時からセシリアのレッスン。そのあとに20時からシンガポールのクリニックとARTのリモートテストをする予定だったが、15分くらい待たされた。やっと連絡がつき、検査をして無事に陰性判定が出て、とりあえず一安心。お祝いの焼酎を飲んだ。