2016/08/16

ティオマン島ぼっち旅行 四日目

4日目

朝4:30頃に目が覚めた。背中が異常に痒い。鏡を見ると虫さされがたくさんあり、これがいわゆるベッドバグ(ナンキン虫、床虱など)かと愕然。もうベッドに寝転がるのもイヤなので、もう寝ないで早めに部屋を出て、6:15くらいにJETTYに着いた。けっこう他のツーリストもいる。みんな早起きしたんだね。

予定時間の6:30より15分くらい遅れてフェリーがやって来た。各JETTY全部で4つくらいに寄ったが、待ってる時間が異常に長い。さっさと乗せて出発すれよと少しイライラした。やっと出発したが、2時間くらいしてようやく陸地が見えてきた頃、急にスピードダウンしてトロトロ走っている。それから30分くらいもこんな感じで、ようやくJETTYに到着。なんで最期あんなにゆっくりになったのか訳がわからん。マレーシアという国の特徴に、「説明責任の放棄」というのを1つ加えなければいけない。結局着いたのが10:30で、4時間もかかっとる。

バスターミナルに行くとJB行きのバスは11:30とのことで、仕方なく近くの食堂でブランチを食べた。JBではもう奥さんが待っているはずだが、焦ってもどうにもならない。食堂の飯は意外と美味しかった。隣のテーブルにラテン系白人のカップルが来て、コーヒーを2つ頼んだ。飯食わないのかなと思っていると、カバンからやっすい食パンとジャムを取り出してむさぼり出した。彼らの健康の事が心配になった。どんなに素敵な経験をしたって体壊したら終わりじゃないか。とっとと国に帰って良いもん食べてほしい。

そんな感じで11:30のバスに無事乗り、2時間半かけてJBへ着き、奥さんに無事に会って少し買物してスイーツ食べてから、シンガポールに帰った。金曜日だったが、マレーシアからシンガポールに帰る方向は空いているだろうと思ったが・・・入国審査場はたしかに空いていたのだが・・・国境となる橋の上が渋滞で、バスが全然進まなかった。いつも思うがこの渋滞はわざと何かの目的で作っているのだろうか。相当な脳無し政府じゃなければ、こんな渋滞できないと思うんだけど。そんなオレも以前もこんな事があって、また同じ目にあってるんだから、同じく全く学ばないバカなんだろうなと思った。

以上 また来年も必ず行くよ ティオマン島 テロック・サラン

【 出費 】
ブランチ:9RM
メルシン→JB行きバス:13RM
遅い昼飯:5RM
JB→シンガポール交通費:9RM

合計:36RM→ 12ドル

4泊5日の旅で合計200ドルちょい。
なるほど お得感あります


2016/08/12

ティオマン島ぼっち旅行 三日目

3日目

朝6時に起きたが外は真っ暗。始発のフェリーは6:30だが、こんな時間にほんとにマレー人が働けるのか信じがたい。昨日は少し食べ過ぎたので、朝飯は抜こうと思っていたが、昨日のナシラマが忘れられず食べに行くが、もうないと言われる。仕方ないので隣のレストランに行くが、ここもナシラマはないと言われる。どうしてあんなシンプルな料理がもうないのか。ココナッツライスがないという事だろうか。仕方なくいやいやバナナパンケーキを頼んだが、これが予想に反してクソ美味かった。これで4RMでTEAは1.5RM、この感じの良いレストランで青い海を眺めて、たったの150円とかありえない。日本の海の家とかはもう二度と行けないだろう。行っても何も買わない。

部屋に戻って少し休んでから、昼飯前に一泳ぎだと思い、スノーケリングセットを借りて、昨日と同じ場所に行った。とくに珍しい物は見なかったが、昨日の夕方より水位が高かったので、海底がより深く、キレイな反面、怖さも感じた。とくに急な落差がある所は、高所恐怖症のようになるし、ときおり恐怖でショック死するんじゃないかとも思う。でも海ではこれくらいの恐怖心を持っていた方がいいと思う。それにしてもこの日借りたマスクはすごくフィットして調子が良かった。マスクはちゃんと選んだ方がいいみたいだ。ときどき岩の上などに登って、日光に当たり体を温めた。一時間ほどで海から上がり、軽く体を拭いてそのまま昼飯を食べに行った。いつもの店でカレーベジとフライドライス。美味い。腹一杯で部屋に戻り、本を読みながら寝た。

4時頃から浜辺を少し歩いた。潰れて廃墟になった宿があり、ここを立て直したいと思った。部屋に戻ったが我慢できずに、今朝行ったレストランに、またパンケーキを食べに行った。また美味しかったが、腹がいっぱいになってしまい晩飯はあきらめた。JETTYでまた小魚の群れを観察したが、磁石と砂鉄のような動きをして面白い。帰りにビールを買って飲み、部屋で少し筋トレをした。明日の朝は早く起きて始発のフェリーに乗らなきゃいけないので、出発の準備だけして寝た。

【 出費 】

宿:100RM
朝飯:6RM
マスク&フィン:10RM
昼飯:15RM
パンケーキ:6RM
ビール:7RM
アイス:4RM

合計:148RM→ 49ドル



ティオマン島ぼっち旅行 二日目

2日目

Jetty近くの廃墟風フードコートで、ナシラマを食べた。予想以上に美味かった。ココナッツライスと、小魚、目玉焼き、チリと、とてもシンプルだが、クセになりそうな味。
10時頃からマスクとフィンを借りて、部屋の前の海でスノーケリングをした。マスクの調子が悪く、マスクの中に絶えず水が入ってくるので、一分おきくらいにマスクの隙間から水を出さなきゃいけないのがちょっと大変だった。しかし入ってすぐ海ガメも見れたし、そこそこ楽しかった。

しかし海から上がってみると、ああ海はもう十分満足、もう入りたくない、という満足疲労感を感じた。マスクを借りるとき、明日のスノーケリングツアーを申し込んだばかりなのに、もうキャンセルしたいと思ったが、どうせころころ気が変わるので、判断は後回しにした。

昼はいつもの店でジンジャー・チキンなるものを注文。あんかけ風でとても美味しかった。その後ハンモックで昼寝をしたり、部屋で本を読んだりして時間を過ごし、5時頃にもう一度海に入っておこうと思い、今度は少し離れたところから海に入ろうとしたら、後ろからオジさんに呼び止められ、そこは岩しかないから橋の向こうに行けば珊瑚がたくさんあるぞと教えてもらった。オジさんも旅行者みたいだが、よくここに来るのか、相当詳しそうだった。

オジさんに言われた方へ入って行くと、しばらく泳いだら確かに珊瑚礁がたくさんあり、さらにまた海ガメも現れて、あまり人を警戒してないような亀だったので、15分くらい一緒に珊瑚の上をのんびり泳いですごく癒された。さらにエイやフグなども見つけた。これは明日もまた絶対来なきゃいけないなと思った。やはり気は変わるものだ。海から上がると体は冷えていたので、すぐ部屋に戻りシャワーを浴びてから、風邪をひかないように服をたくさん着込んで、さらに軽く体を動かして体温を上げた。

暗くなったので、JETTY近くのシャレたレストランに行き、マカセルだかなんだかという魚のBBQを食べた。25RMもしたが、食べ応えはあった。それから隣のDFSでまたビールを買い、JETTYで夜の海に浮かぶ小魚の群れを見ながら飲んだ。タバコも吸ってみたが、本当にそのときビールとタバコが必要だったか自分に問いつめてみたが、やはり答えはNoで、せっかく旅行に来たんだからと無理に嗜好品をとってしまう、弱い自分を見つめ直した。難しいことだが、旅行であっても、無理にやりすぎずいつものペースでありたい。
しかし部屋に帰るとき、またビールとピーナッツを買って、部屋でポリポリ食べたが、これは美味しかった。

【 出費 】

宿:100RM
朝飯(ナシラマ&TEA):6RM
スノーケリングセット:10RM
昼飯:9RM
晩飯:30RM
ビール、ピーナッツ、水:20RM

合計:175RM→ 58ドル



2016/08/08

ティオマン島ぼっち旅行2016

一人でティオマン島へ行ってきた。今までおそらく6、7回は行った事があると思うが、全て奥さんと一緒だった。今回は一人。心配だったのは、海で溺れ死んだ場合、通報してくれる人がいないなぁという事だけ。

【1日目】

2016年8月1日(月曜日)
午後3時にその日の仕事が全て終わり、5時前に家を出てMRTとバスで国境に向かった。平日にもかかわらず国境にはマレーシアへ渡る人達であふれかえっていた。出国審査場には長蛇の列ができていて、これは時間がかかるぞと覚悟していたら、その先は案外空いていて、スムーズにマレーシアに入国できた。

しかし国境からラーキン・バスターミナルに行くバスを30分くらい待った。マレーシアタイムの始まりだ。バスターミナルに着くと、すぐにメルシン行きのバスを探した。トランスナショナルは、次のバスは21:30だというが、コーズウェイリンクもメルシン行きがあると聞き、窓口に行ってみると、今すぐ出発だということで、片道13RM払い、すぐにバスに乗りこんだ。

バスは夜道を飛ばしまくり2時間かからずにメルシンに着いた。メルシンの町にはホテルがたくさんあったが、どこも70RMほどしそうなので、前回ナンキン虫に苦しめられたオマールズホステルに、性懲りもなく泊まってみた。ドミトリーで20RM。前回ナンキン虫が出没した部屋はさすがにさけたが、蚊取り線香も炊かずに寝たので、蚊に刺されまくって朝4:30に目が覚めた。

ティオマン島行きフェリーは7時だと聞いていたので、6:30頃にジェッティーに行ってみると、潮の関係で10時に変更になったと言われ、往復チケット70RMだけ買って、また宿に戻った。朝飯を食べてまた9時頃に行くと、人がたくさん集まっていた。チケットを見せて入島登録をして入島税(5RM)みたいなのを払った。フェリーはいつものように遅れて11過ぎにやっと出発し、13:30頃ティオマンのTelok Salangに着いた。

以前泊まった事のあるElla's Placeに行ってみたが、60RMの安い部屋は全て満室だというので、海に面したベランダのある100RMの部屋にした。なかなか悪くない。

とりあえず荷物を置いて村を歩いてみた。新しくDutty Free Shop(免税店 ※以下DFS)ができていて、ベルギービール小瓶7RM、タイガービア4RM、ワイン45RM、アブソルートウォッカ60RMなど、酒類をとても安く売っていた。

昼飯にちかくのレストランでフライドライスを食べて、MILOを飲んだ。とても美味しかったし、たったの9RM。いつもはABC村に行くんだけど、Telok Salangもなかなか良いなあと、いきなり高得点。

タイで買った水中マスクをつけて、さっそく泳いでみたが、これも安かった割になかなか使い心地が良かった。海から上がったあとは、ベルギービールとタバコを買った。タバコはWinston 7.5RM。DFSから宿までは歩いて5分くらいかかる。部屋に冷蔵庫があったら、ビール買いだめできて最高なのに。

夜も同じ店でフライドビーフンを食べた。これも美味い。飲み物と合わせて7RM。クソ安い。それからベランダで、シンガポールから小瓶に入れて持ってきたジンを飲んだ。夜なのに汗が止まらず、あせもが出てすごく痒かった。インターネットで珊瑚の生態などについて調べて、明日のスノーケリングに備えた。最近はなんでも調べる事が楽しい。Facebookに海や浜辺の写真をアップしたら、「イイネ」がたくさんついた。人の旅行の写真なんか見て、いったい何が楽しいんだろうか。


【ここまでの出費】
シンガポール→マレーシアの移動費(バス&地下鉄):9RM
JB→メルシンのバス片道:13RM
メルシンの宿:20RM
メルシンでの晩飯(中華):17RM
朝飯(プラター&コーヒー):3RM
フェリー往復と入島税:75RM
ティオマンでの宿:100RM
昼飯:9RM
ビール:7RM
水、お菓子、ジュース、タバコ:19RM
晩飯:8RM

合計:280RM→ 93(シンガポール)ドル







2016/07/19

甲田光雄先生




先日ひじょうに良い本を読んだ。

【 甲田光雄著/断食療法の化学 】

1973年初版という、私が生まれる前に書かれた古い本である。先日タイに行ったときに、泊まった安宿(一泊千二百円也)にたまたま置いてあったので、宿の主人に断って持ち帰ってきた。(かわりに、読み終わったくだらねえ本を置いてきた)

「断食療法」というおどろおどろしいタイトルだが、内容は健康全般に関することで、断食のみならず「健康維持」や「体質改善」について色々と書かれている。「玄米食」「生水・生野菜」「陰陽論」「温冷浴」「骨盤矯正」などなど

そして特筆すべきは
健康維持にはもちろん「合理的」な事が必要だとしたうえで、しかし体質を改善するためには「非合理的」な事が必要だという考え。

例えば、寒かったらもう一枚上着を着るのが当たり前だが、それじゃあ冷え性は治らないんだから裸になって鍛え直せ という事。

これだけ聞くと は? バカなの? と思うかもしれないが、そこを詳しくわかりやすく医学の見地から書いてくれている。これは本当に目から鱗な理論で、健康男子はもちろんのこと、特に病弱で慢性病なども患っていて、現代医学には絶望しているという人にはぜひ読んでほしい。

私はなんにおいても「バランス」というものが、非常に大切だと思っている。しかし「断食」というのはとても偏った考え方で、そのバランスを崩してしまうように一見思えるが、今の世はひたすら「合理性」だけを求めており、逆にこの「合理性至上主義」な考え方こそが偏っていて、ときに「非合理性」を適所に入れていくことで、本当のバランスが保たれる という事も言えないだろうか。言えないか?本当に言えないか?

私はこの考え方には、医療だけにとどまらず、身の回りの小さな問題から世界中の大きな問題まで、全てを改善するヒントがあるような気がしてならない。

一つだけ注意が必要なのは、本の中で「玄米・生水・生野菜」をすすめているが、今はもうこの頃とは時代が変わってしまい、質の良い「玄米・水・野菜」を見つけるのは、けっこう難しくなっているので、そこだけ気をつけてほしい。例えば「有機栽培」の玄米でも、動物性肥料と植物性肥料を使ったものでは、危険度が全然違ってくるらしい。
(こないだ日系スーパーで、新潟の玄米生産者さんから直接聞きました)

ちなみに私は「マクロビ推進」でも「肉食反対」でもない。

2016/07/11

ビエンチャンまた行ってきたよ2016

またタイに行ってきたよ。でも今回のメインはラオスだったよ。ラオスの首都のビエンチャンだよ。2回目だよ。今回は奥さんと二人で行ってきたよ。今年に入って3、4回目の訪タイ。タイに愛人作ったスケベおじさんみたいなフットワークの軽さ。

【バンコクでの乗り換え】

今回は全部で10日間。シンガポールからAir Asiaでバンコクに行き、そこから乗り換えてウドン・ターニー空港へ。バンコクでは「スワンナプーム国際空港」ではなく「ドン・ムアン空港」に降り立ちましたが、そこから乗り換えるのは私と奥さん二人だけでした。飛行機を降りて空港内へと歩いて行くと、途中に私達の名前が書かれたプラカードを持ったスタッフが待っていますので、その方に着いて行くと人気のない入国審査場まで案内してくれるので、そこで入国審査を済ませてから、乗り換え便の搭乗口に行きます。

帰りもウドン・ターニーから同じく「ドンムアン空港」経由の乗り換えで帰りましたが、帰りはウドン・ターニーで出国審査をやります。これもチェックインの時にスタッフの指示に従って、人気のない出国審査場に行ってください。私たちが着いたときにはほんとに人気がなく、スタッフが来るまで15分くらいゲートの前で待ちました。そしてドンムアン空港に着いたら、また飛行機の降り口付近でスタッフが待っていますから、その方にまた着いて行ってください。帰りも乗り継ぎをするのはやはり私たち二人だけでした。


【ウドン・ターニー 空港←→市街】

ウドン・ターニーには夜着いて、空港出口あたりにリムジンバスのサービスがあったので、一人80B払ってミニバスに乗り、市街地のホテルまで乗せてもらいましたが、帰るとき、ウドン・ターニー市街から空港へ行くのは、トゥクトゥクで100Bで行けました。これはショッピングモールの前で拾った誠実そうなトゥクトゥクでしたが、バスターミナルとかで拾うと、もっとふっかけられるかもしれませんが、相場は100Bだと思います。なので、空港からももしかしたら、トゥクトゥクをつかまえれば一台100Bで市街まで行けるのかも。。。


【ウドン・ターニー → ビエンチャン】

ラオスのビエンチャン行き国際バスは、駅近くのバスターミナルから320Bです。1日5、6本あったと思います。



ビエンチャンではずっとMixay Paradise Hotelに泊まりました。ダブルのファンルーム、テレビもケトルもなしの共用バスルームで一泊100,000キープ(1260円)でした。可もなく不可もなくといったホテルでしたが、なんか動くのもめんどくさく長居しました。

毎朝6時くらいに起きて本読んで、8時くらいから近くの食堂に朝飯食いに出かけて、そのまま昼過ぎまで散歩したりして、昼飯食いながらビールかワイン飲んで、夕方から薬草サウナ行って、7時くらいにラオス料理食べてビール飲んで、10時前には寝る。

だいたい毎日そんな感じで一週間いました。ビアラオも一本100円ちょいだし、ワインも一杯2、300円だし、ピザとかも二人でギリギリ完食できるような大きいのでも500円くらいだったので、まぁとにかく金の事は気にせず好きなもの毎日食べて飲んでダラダラしました。奥さんはそれが祟ったのか、5日目にして顔に吹き出物みたいのができて自粛してました。

今回行って面白かったのは二つあります。「ラオス人民歴史博物館」と「ラオス繊維博物館」です。

【ラオス人民歴史博物館】

場所はここです。



パトゥーサイをさらに北上してくと、右側に博物館らしき物が見えてきますが、ここは「Police Museum」です。まぎらわしいです。なのでここをさらに北上して100mくらい行くと左側にあります。お昼休みがあるので正午はさけて、午前中か午後2時頃から行きましょう。

ラオスの戦争の歴史です。ぜひガイドブックかインターネットなどで、ラオスの歴史を調べてから行っていただきたい。ラオスも、フランスの植民地化と戦ったり、ベトナムやカンボジアなどと同じく、東西冷戦に翻弄され犠牲になった国です。ソ連中国の共産主義と、欧米の自由主義がそれぞれ支援して内戦をさせられ、モン族などはベトナム戦争にも兵士として駆り出され、本当にたくさんの罪もない人がなくなったそうです。かわいそう。ところでラオスはラオス人民民主共和国というだけあって、社会主義国家で一党独裁です。ビエンチャンだけ見るとそんな感じもしないんですけどね。素朴な博物館で私は好きです。


【ラオス繊維博物館】

行き方難しいです。私は地図を見てみて、自転車で行けそうな距離だったので、レンタル自転車借りて一人で行きました。中心部からはゆっくりこいでも、迷わなければ30分あったら着くと思います。

Nongtha Lake という湖の近くですね。



ストリートビューでも入り口見つけました。


私が行ったときは、近くまで行ったけど、どこかわからなかったので、近所の人にガイドブックを見せて聞いてみたところ、優しいオバさんがこの門の前まで連れてってくれて、門はこのように閉まってたんですが、中の方に声をかけて人を呼んでくれました。

入場料は30,000キープです。400円くらいかな。

4travelで旅行記が書かれていますが、まさにこんな感じでした。↓

来てみて分かったが、ここは国立の博物館でもなく、公立でもない、単に民間の繊維に関心を持ち、或いは繊維業で一財産を作った資産家が個人的な趣味として博物館を作り、一般に公開している。それは丁度バンコクのジム・トンプソン美術館と同じようなもので、規模の大小、洗練度、人気度、著明度は大違いであるが、発想は同じことだった。

折角探し当て、ここまで来たのだが、大きな門扉は閉まっていて、中には入れない。今日は休館なのだろうか。道路の向かいの小店で尋ねたところ、そこのオヤジが当方を案内してくれて、大きな門扉の横の小さな出入り口の木戸を開けて中に案内してくれた。中に入るとかなり大きな敷地で、オヤジは「おーい」というような掛け声を変えると、敷地の奥からオバさんが出てきて、当方がタイ語で「こんにちわ」と挨拶すると、「ようこそいらっしゃい」と言ったタイ語で挨拶が返ってきた。



私が行ったときはこの家族の娘さんが全部案内してくれました。途中で気づきましたが、ここはこの案内係の人抜きで、自由に見学する事はできません。最初は、説明は嬉しいんだけど、いつ一人にしてくれるんだろと思っていましたが、それはダメです。博物館といっても、一応人様の家の敷地内ですので。

この日わたしを案内してくれた娘さん、ティナさんというんですが、英語はそこそこできますが、日本語は話せないので、日本語しか話せない人はコミュニケーションが難しいと思いますが、この博物館ガイドツアーの流れはいたってシンプルなので、織り物や染め物の知識が少しでもある人ならば、話がわからなくても、けっこう面白いと思います。

・機織りを見せてもらう
(実際にオバさんが織っていて、たぶん試しに織らせてもらえます)
   ↓
・色んなアンティークの織り物を見せてもらう(機織り場の2階です)
   ↓
・藍染めの瓶などを見せてもらう
   ↓
・朝顔のような花でいれた、青いお茶をいただく(レモンを搾ると紫色に!)

これで終了です。

一応ショップなどもあって、私は見せてもらいましたが、ビエンチャン市街にある店などの方が種類は豊富です。ちなみに犬が9匹もいてけっこう積極的に近寄ってくるので、犬が苦手な人は行ってはいけませんよ。


最期にティナちゃんとお茶を飲みながら英語で色々話をし、ラオスについても色々聞いてみました。

たとえば「ラオス人は、ベトナム人とタイ人とどっちが好きなの?」

すると「歴史的にはたしかにベトナム人と仲良くして、タイ人と仲が悪いはずなんだけど、わたしは若い世代で戦争のことはわからないから、タイは好き。でもベトナム人は犬を食べるから嫌い。私の友達がメコン川付近で見たんだけど、ある車が犬を轢いてしまって、その轢かれてグッタリしている犬をベトナム人が来て持っていった。あと私の家の犬も一度連れ去られそうになった。」と言っていました。

ちなみにティナちゃんのご両親はここには住んでおらず、ビエンチャン市街に「カンチャナ」というブティックを経営していて、そこに住んでいるらしいです。なので織物を買いたい人は、ここのショップを見るよりそっちの店に行ったほうがいいと思います。



そしてビエンチャンに一週間滞在したあとは、タイの国境の町「ノーンカーイ」に3日滞在しました。ここもたしか7、8年前くらいに来たことがあるんですが、あいかわらずゆるい雰囲気で良かったです。メコン川を眺めながら、ビールを飲んでソムタム(パパイヤサラダ)を食べる。本当に幸せでした。
また行きたい 嗚呼はやくまた行きたいわタイ!!ノーンカーイ!!ビエンチャンも!!






2016/06/24

一億総白痴

もうすぐ参院選挙だが、シンガポールではもう投票ができる。今日行こうと思っていたがなにせ天気が悪い。最近は毎日雨が降っている。シンガポール人の日本語レッスンの生徒に、最近毎日雨が降っていますね これは新しい雨期なんじゃないですか?と聞くとだいたい、先生、シンガポールの雨期は12月です。もう終わりました。とか返事しやがる。だから新しい雨期かっつってんだろうがこの白痴が。そうかもしれませんねくらい言えんのかね、とも思うが「〜かもしれません」をまだ教えてないので言えないのだろう。

選挙が近づくとイライラしてくる。日本のバカさ加減を直視しなければいけないからだ。シンガポールも白痴だが日本はそれ以上のような気がしてきた最近。マインドコントロールもここに極まれりという感じだ。インテリ風にしてるからこいつ口に出さないだけで、色々わかってるんだろうなと思ってた人達も、結局は本当に何も知らないし考える気もないただのおパンピーであった。

一応Facebookなどでみんな選挙ちゃんと行こうよ的な事も書いたので、もうオレが日本のため、はたまた自分自身のためにできる事はもうない。もうどうでもいい。選挙も自分が応援してる人が勝とうが負けようが、オレには関係ないような気がする。あとは野となれ山となれだ。

日本人はいつからこんなバカになったのかと真面目に考えたとき、いや最初からバカだったんじゃないか、とも思いそうになるが少なくとも江戸時代あたりは、今と比べるとかなり良き時代と呼べるものだったんじゃないかなと思う。人々は祖先から知恵を受け継ぎ、色々相違工夫しながら、いかに楽に生きれるかという事を追求していたように思う。

しかしそのあとの俗に言う明治維新というクーデターで、立派な侍達や良き日本人がたくさん死んでしまい、欧米諸国に乗っ取られ、太平洋戦争でも愛国心溢れる若者達がたくさん死に、また欧米諸国に乗っ取られ、今残っているのは私も含めて残りカスみたいな日本人しか残っていないのだろう。おまけに今は在日韓国人もたくさん混じっているから、もう誰を本当の日本人とするかなんて誰にもわかりやしない。

この先どうなるのか不安でもあるが、ちょっとワクワクもしている。思えば 3.11以前は、私の人生は本当につまらなかった。ものすごい不謹慎だが、たしかにあの当時ヒマでヒマで、大地震でもこねーかなと思っていたような気がする。そしてほんとに大災害が日本に来てしまい、そのあとで自分の中で何かが変わり、眼に見えるものも少しづつ変わって見えるようになってきた。そして今、本当の世界がどのような物なのかも、少しづつわかってきた。そしてもっと知りたいと思う。死んだらどうなるのかも、自分が何者なのかも、なぜこの世に生まれて来たのかも知りたい。

今度実家に帰ったらもう一度「寄生獣」を読み返してみよう。今は人間というバカまる出しの生き物が大っ嫌いになったので、もしかしたら今度は寄生獣側に立って読んでしまうかもしれない。それも面白い。