2016/07/19

甲田光雄先生




先日ひじょうに良い本を読んだ。

【 甲田光雄著/断食療法の化学 】

1973年初版という、私が生まれる前に書かれた古い本である。先日タイに行ったときに、泊まった安宿(一泊千二百円也)にたまたま置いてあったので、宿の主人に断って持ち帰ってきた。(かわりに、読み終わったくだらねえ本を置いてきた)

「断食療法」というおどろおどろしいタイトルだが、内容は健康全般に関することで、断食のみならず「健康維持」や「体質改善」について色々と書かれている。「玄米食」「生水・生野菜」「陰陽論」「温冷浴」「骨盤矯正」などなど

そして特筆すべきは
健康維持にはもちろん「合理的」な事が必要だとしたうえで、しかし体質を改善するためには「非合理的」な事が必要だという考え。

例えば、寒かったらもう一枚上着を着るのが当たり前だが、それじゃあ冷え性は治らないんだから裸になって鍛え直せ という事。

これだけ聞くと は? バカなの? と思うかもしれないが、そこを詳しくわかりやすく医学の見地から書いてくれている。これは本当に目から鱗な理論で、健康男子はもちろんのこと、特に病弱で慢性病なども患っていて、現代医学には絶望しているという人にはぜひ読んでほしい。

私はなんにおいても「バランス」というものが、非常に大切だと思っている。しかし「断食」というのはとても偏った考え方で、そのバランスを崩してしまうように一見思えるが、今の世はひたすら「合理性」だけを求めており、逆にこの「合理性至上主義」な考え方こそが偏っていて、ときに「非合理性」を適所に入れていくことで、本当のバランスが保たれる という事も言えないだろうか。言えないか?本当に言えないか?

私はこの考え方には、医療だけにとどまらず、身の回りの小さな問題から世界中の大きな問題まで、全てを改善するヒントがあるような気がしてならない。

一つだけ注意が必要なのは、本の中で「玄米・生水・生野菜」をすすめているが、今はもうこの頃とは時代が変わってしまい、質の良い「玄米・水・野菜」を見つけるのは、けっこう難しくなっているので、そこだけ気をつけてほしい。例えば「有機栽培」の玄米でも、動物性肥料と植物性肥料を使ったものでは、危険度が全然違ってくるらしい。
(こないだ日系スーパーで、新潟の玄米生産者さんから直接聞きました)

ちなみに私は「マクロビ推進」でも「肉食反対」でもない。

2016/07/11

ビエンチャンまた行ってきたよ2016

またタイに行ってきたよ。でも今回のメインはラオスだったよ。ラオスの首都のビエンチャンだよ。2回目だよ。今回は奥さんと二人で行ってきたよ。今年に入って3、4回目の訪タイ。タイに愛人作ったスケベおじさんみたいなフットワークの軽さ。

【バンコクでの乗り換え】

今回は全部で10日間。シンガポールからAir Asiaでバンコクに行き、そこから乗り換えてウドン・ターニー空港へ。バンコクでは「スワンナプーム国際空港」ではなく「ドン・ムアン空港」に降り立ちましたが、そこから乗り換えるのは私と奥さん二人だけでした。飛行機を降りて空港内へと歩いて行くと、途中に私達の名前が書かれたプラカードを持ったスタッフが待っていますので、その方に着いて行くと人気のない入国審査場まで案内してくれるので、そこで入国審査を済ませてから、乗り換え便の搭乗口に行きます。

帰りもウドン・ターニーから同じく「ドンムアン空港」経由の乗り換えで帰りましたが、帰りはウドン・ターニーで出国審査をやります。これもチェックインの時にスタッフの指示に従って、人気のない出国審査場に行ってください。私たちが着いたときにはほんとに人気がなく、スタッフが来るまで15分くらいゲートの前で待ちました。そしてドンムアン空港に着いたら、また飛行機の降り口付近でスタッフが待っていますから、その方にまた着いて行ってください。帰りも乗り継ぎをするのはやはり私たち二人だけでした。


【ウドン・ターニー 空港←→市街】

ウドン・ターニーには夜着いて、空港出口あたりにリムジンバスのサービスがあったので、一人80B払ってミニバスに乗り、市街地のホテルまで乗せてもらいましたが、帰るとき、ウドン・ターニー市街から空港へ行くのは、トゥクトゥクで100Bで行けました。これはショッピングモールの前で拾った誠実そうなトゥクトゥクでしたが、バスターミナルとかで拾うと、もっとふっかけられるかもしれませんが、相場は100Bだと思います。なので、空港からももしかしたら、トゥクトゥクをつかまえれば一台100Bで市街まで行けるのかも。。。


【ウドン・ターニー → ビエンチャン】

ラオスのビエンチャン行き国際バスは、駅近くのバスターミナルから320Bです。1日5、6本あったと思います。



ビエンチャンではずっとMixay Paradise Hotelに泊まりました。ダブルのファンルーム、テレビもケトルもなしの共用バスルームで一泊100,000キープ(1260円)でした。可もなく不可もなくといったホテルでしたが、なんか動くのもめんどくさく長居しました。

毎朝6時くらいに起きて本読んで、8時くらいから近くの食堂に朝飯食いに出かけて、そのまま昼過ぎまで散歩したりして、昼飯食いながらビールかワイン飲んで、夕方から薬草サウナ行って、7時くらいにラオス料理食べてビール飲んで、10時前には寝る。

だいたい毎日そんな感じで一週間いました。ビアラオも一本100円ちょいだし、ワインも一杯2、300円だし、ピザとかも二人でギリギリ完食できるような大きいのでも500円くらいだったので、まぁとにかく金の事は気にせず好きなもの毎日食べて飲んでダラダラしました。奥さんはそれが祟ったのか、5日目にして顔に吹き出物みたいのができて自粛してました。

今回行って面白かったのは二つあります。「ラオス人民歴史博物館」と「ラオス繊維博物館」です。

【ラオス人民歴史博物館】

場所はここです。



パトゥーサイをさらに北上してくと、右側に博物館らしき物が見えてきますが、ここは「Police Museum」です。まぎらわしいです。なのでここをさらに北上して100mくらい行くと左側にあります。お昼休みがあるので正午はさけて、午前中か午後2時頃から行きましょう。

ラオスの戦争の歴史です。ぜひガイドブックかインターネットなどで、ラオスの歴史を調べてから行っていただきたい。ラオスも、フランスの植民地化と戦ったり、ベトナムやカンボジアなどと同じく、東西冷戦に翻弄され犠牲になった国です。ソ連中国の共産主義と、欧米の自由主義がそれぞれ支援して内戦をさせられ、モン族などはベトナム戦争にも兵士として駆り出され、本当にたくさんの罪もない人がなくなったそうです。かわいそう。ところでラオスはラオス人民民主共和国というだけあって、社会主義国家で一党独裁です。ビエンチャンだけ見るとそんな感じもしないんですけどね。素朴な博物館で私は好きです。


【ラオス繊維博物館】

行き方難しいです。私は地図を見てみて、自転車で行けそうな距離だったので、レンタル自転車借りて一人で行きました。中心部からはゆっくりこいでも、迷わなければ30分あったら着くと思います。

Nongtha Lake という湖の近くですね。



ストリートビューでも入り口見つけました。


私が行ったときは、近くまで行ったけど、どこかわからなかったので、近所の人にガイドブックを見せて聞いてみたところ、優しいオバさんがこの門の前まで連れてってくれて、門はこのように閉まってたんですが、中の方に声をかけて人を呼んでくれました。

入場料は30,000キープです。400円くらいかな。

4travelで旅行記が書かれていますが、まさにこんな感じでした。↓

来てみて分かったが、ここは国立の博物館でもなく、公立でもない、単に民間の繊維に関心を持ち、或いは繊維業で一財産を作った資産家が個人的な趣味として博物館を作り、一般に公開している。それは丁度バンコクのジム・トンプソン美術館と同じようなもので、規模の大小、洗練度、人気度、著明度は大違いであるが、発想は同じことだった。

折角探し当て、ここまで来たのだが、大きな門扉は閉まっていて、中には入れない。今日は休館なのだろうか。道路の向かいの小店で尋ねたところ、そこのオヤジが当方を案内してくれて、大きな門扉の横の小さな出入り口の木戸を開けて中に案内してくれた。中に入るとかなり大きな敷地で、オヤジは「おーい」というような掛け声を変えると、敷地の奥からオバさんが出てきて、当方がタイ語で「こんにちわ」と挨拶すると、「ようこそいらっしゃい」と言ったタイ語で挨拶が返ってきた。



私が行ったときはこの家族の娘さんが全部案内してくれました。途中で気づきましたが、ここはこの案内係の人抜きで、自由に見学する事はできません。最初は、説明は嬉しいんだけど、いつ一人にしてくれるんだろと思っていましたが、それはダメです。博物館といっても、一応人様の家の敷地内ですので。

この日わたしを案内してくれた娘さん、ティナさんというんですが、英語はそこそこできますが、日本語は話せないので、日本語しか話せない人はコミュニケーションが難しいと思いますが、この博物館ガイドツアーの流れはいたってシンプルなので、織り物や染め物の知識が少しでもある人ならば、話がわからなくても、けっこう面白いと思います。

・機織りを見せてもらう
(実際にオバさんが織っていて、たぶん試しに織らせてもらえます)
   ↓
・色んなアンティークの織り物を見せてもらう(機織り場の2階です)
   ↓
・藍染めの瓶などを見せてもらう
   ↓
・朝顔のような花でいれた、青いお茶をいただく(レモンを搾ると紫色に!)

これで終了です。

一応ショップなどもあって、私は見せてもらいましたが、ビエンチャン市街にある店などの方が種類は豊富です。ちなみに犬が9匹もいてけっこう積極的に近寄ってくるので、犬が苦手な人は行ってはいけませんよ。


最期にティナちゃんとお茶を飲みながら英語で色々話をし、ラオスについても色々聞いてみました。

たとえば「ラオス人は、ベトナム人とタイ人とどっちが好きなの?」

すると「歴史的にはたしかにベトナム人と仲良くして、タイ人と仲が悪いはずなんだけど、わたしは若い世代で戦争のことはわからないから、タイは好き。でもベトナム人は犬を食べるから嫌い。私の友達がメコン川付近で見たんだけど、ある車が犬を轢いてしまって、その轢かれてグッタリしている犬をベトナム人が来て持っていった。あと私の家の犬も一度連れ去られそうになった。」と言っていました。

ちなみにティナちゃんのご両親はここには住んでおらず、ビエンチャン市街に「カンチャナ」というブティックを経営していて、そこに住んでいるらしいです。なので織物を買いたい人は、ここのショップを見るよりそっちの店に行ったほうがいいと思います。



そしてビエンチャンに一週間滞在したあとは、タイの国境の町「ノーンカーイ」に3日滞在しました。ここもたしか7、8年前くらいに来たことがあるんですが、あいかわらずゆるい雰囲気で良かったです。メコン川を眺めながら、ビールを飲んでソムタム(パパイヤサラダ)を食べる。本当に幸せでした。
また行きたい 嗚呼はやくまた行きたいわタイ!!ノーンカーイ!!ビエンチャンも!!






2016/06/24

一億総白痴

もうすぐ参院選挙だが、シンガポールではもう投票ができる。今日行こうと思っていたがなにせ天気が悪い。最近は毎日雨が降っている。シンガポール人の日本語レッスンの生徒に、最近毎日雨が降っていますね これは新しい雨期なんじゃないですか?と聞くとだいたい、先生、シンガポールの雨期は12月です。もう終わりました。とか返事しやがる。だから新しい雨期かっつってんだろうがこの白痴が。そうかもしれませんねくらい言えんのかね、とも思うが「〜かもしれません」をまだ教えてないので言えないのだろう。

選挙が近づくとイライラしてくる。日本のバカさ加減を直視しなければいけないからだ。シンガポールも白痴だが日本はそれ以上のような気がしてきた最近。マインドコントロールもここに極まれりという感じだ。インテリ風にしてるからこいつ口に出さないだけで、色々わかってるんだろうなと思ってた人達も、結局は本当に何も知らないし考える気もないただのおパンピーであった。

一応Facebookなどでみんな選挙ちゃんと行こうよ的な事も書いたので、もうオレが日本のため、はたまた自分自身のためにできる事はもうない。もうどうでもいい。選挙も自分が応援してる人が勝とうが負けようが、オレには関係ないような気がする。あとは野となれ山となれだ。

日本人はいつからこんなバカになったのかと真面目に考えたとき、いや最初からバカだったんじゃないか、とも思いそうになるが少なくとも江戸時代あたりは、今と比べるとかなり良き時代と呼べるものだったんじゃないかなと思う。人々は祖先から知恵を受け継ぎ、色々相違工夫しながら、いかに楽に生きれるかという事を追求していたように思う。

しかしそのあとの俗に言う明治維新というクーデターで、立派な侍達や良き日本人がたくさん死んでしまい、欧米諸国に乗っ取られ、太平洋戦争でも愛国心溢れる若者達がたくさん死に、また欧米諸国に乗っ取られ、今残っているのは私も含めて残りカスみたいな日本人しか残っていないのだろう。おまけに今は在日韓国人もたくさん混じっているから、もう誰を本当の日本人とするかなんて誰にもわかりやしない。

この先どうなるのか不安でもあるが、ちょっとワクワクもしている。思えば 3.11以前は、私の人生は本当につまらなかった。ものすごい不謹慎だが、たしかにあの当時ヒマでヒマで、大地震でもこねーかなと思っていたような気がする。そしてほんとに大災害が日本に来てしまい、そのあとで自分の中で何かが変わり、眼に見えるものも少しづつ変わって見えるようになってきた。そして今、本当の世界がどのような物なのかも、少しづつわかってきた。そしてもっと知りたいと思う。死んだらどうなるのかも、自分が何者なのかも、なぜこの世に生まれて来たのかも知りたい。

今度実家に帰ったらもう一度「寄生獣」を読み返してみよう。今は人間というバカまる出しの生き物が大っ嫌いになったので、もしかしたら今度は寄生獣側に立って読んでしまうかもしれない。それも面白い。

2016/06/02

ウタパオ国際空港の行き方

今回 Air Asiaの便が、バンコク行きの半額だったのでパタヤ市内から車で約1時間ほどの距離にある「ウタパオ国際空港」を使いました。マイナーな空港なので、ガイドブックはおろかネットにもあまり情報がないので、今回の経験を少し書きます。

ちなみにこれはミニバスを使って、できるだけお金を節約したい方のための情報で、タクシーでいいと言う人は片道800Bで、簡単に手配できると思いますので。

まず行きですが、シンガポール発の飛行機は夜10:30頃にウタパオ空港に着きました。荷物受取所を通って到着ホールに出ると、パタヤ市内行きのミニバス会社のブースが2つあり、呼び込みをしていました。ミニバスはどちらもパタヤ市内のホテルまで送ってくれて250Bぽっきりです。ブースで250B払って乗り込みます。私のミニバスには全部で4人の乗客がおりました。1時間弱くらいで「Soi Buakhaow」のホテルまで着きました。

ブースで会社のカードをもらったんですが、そこに帰りのバスもぜひご利用くださいみたいな事が書いてあったので、そのメールアドレスに英語でメールをしてみました。

帰りのバスはありますか?」と。するとすぐ「タクシーしかありません、あなたのホテルから空港までで800Bです」と返信が来ました。
さらに「もしミニバスがいいなら、Central Festival(パタヤ中心部にあるショッピングモール)のミニバスを使ってください」と、親切に書いてくれていたので、さっそく行ってみると確かにありました。

モールの北側にある小さい出入り口の前に、このような看板がありました。



私が行ったのは午前10時頃で、スタッフは誰もいなかったので、書かれていた番号に電話をかけてみました。するとタイ人のオジさんが出たのですが、英語があまり上手ではなく、ちょっと拙いやりとりでしたが、要約するとこんな内容です。

31日のAir Asiaのシンガポール行きに乗るんですが、ミニバスはありますか?

はい、あります。ホテルはどこですか?ホテルまで迎えに行きます。

(最終日のホテルはまだ決めていなかったので)
いえ、私がミニバス乗り場に行きますよ。何時に行けばいいですか?

じゃあ14:30にSoi 9のCentral FestivalのPolice Boxの近くの乗り場に来てください。ではよろしく。

ということで電話を切りましたが、切ってから、あれ?そういえば名前も聞かれなかったな、とちょっと不思議に思いました。

そして当日になり、余裕を持って出発1時間前の13:30に行ってみると、Air Asiaのマークが入ったミニバスがあり、フタッフも待機していました。これシンガポール行きだよね?じゃあ14:30にまた来るわとスタッフに伝えて、1時間ほど時間を潰し14:25頃に戻ると、ちょうどバスが動き始めるところだったので、あわてて車を止めて乗り込みました。航空券を見せろなどの事は何も言われませんでした。私の他には乗客がすでに5人ほど乗っていました。

かくしてバスは出発し、一回だけ郊外のホテルの前に止まり、さらに客を2人乗せ、順調に1時間ほどでウタパオ空港に着きました。
さて、ここでお金を払うのかなと思いきや、他の乗客は次々に空港の中に入って行き、ミニバンもドアを閉めて行ってしまいました。
あれ?タダ?お金取らないの? と思ったのですが、とりあえず先にチェックインを済ませてから、一緒に乗ってきた乗客に話しかけて聞いてみました。

すみません。あのバスにお金払いましたか?いくらでしたか?

はい。ホテルでバスの予約をしたんですが、そのときに払いましたよ。250Bですよね。どうしてですか?

なるほど。じつは私は不思議な事に、どこでもお金を払えと言われなかったので、払ってないんですよね。たぶんすごくラッキーだったんだと思います(苦笑)

こんな感じの会話をしました。(英語で)

そういうわけで無事に行き帰りともに、タクシーよりも格安なミニバスで空港を往復することができました。帰りになぜバス代を徴収されなかったのか、未だに謎ですが。もしかしたらとくに予約もせずに、しかもギリギリでバスに乗り込んだからかもしれません。

とにかく行きも帰りもウタパオ空港からのミニバスはあるので、ぜひ利用してみてください。

2016/06/01

パタヤ再び -2016-

先週から一週間ほど一人でタイに行ってきた。今回は初めてパタヤ空港(ウタパオ国際空港)を使ってみた。
柔道クラブの日本語が話せる友達に、タイのどこに行くの?と聞かれて、パタヤと答えると、爆笑されて「Yoheiさん、それはToo Obvious! イチモクリョウゼン!」と言われた。スケベ男共が集まる町だから、そう思われてもしょうがない。でも私はパタヤ空港を使うだけで、すぐにバンコクに行くつもりだよ、と言ったが苦しい言い訳にしか聞こえなかったかも。なぜパタヤ空港なのかと言うと、往復で80ドルだったから。これは激安だと思う。

飛行機は夜の10:30頃にパタヤ空港に着き、パタヤ市内のホテルに着いたのは12時前。部屋に荷物を置いて、とりあえず外に出て60B(※10B = 30円くらい)のケバブを食べ、近くのBARエリアを歩いていると、キレイな子が店の奥から手招きしているので、オッと思って近寄ってみると、たしかにキレイだが背がデカい。まさかと思いながらもとりあえずビールを注文して、話しながらさりげなく握手をしてみて、レディボーイだと確信。手もデカい。(おそるおそる聞いてみたら、ティンポはまだついてて、初体験は15歳のときに当時のボーイフレンドとしたらしい。ませている。)
それでもイイ子だったので、30分くらい話してホテルに戻って寝た。

しかしホテルに戻るときにちょっと反省した。というのも(喜んでくれると思って)さんざんキレイだね〜と言っておきながらも結局ホテルに連れて帰らないのはレディーボーイだからで、所詮本物の女性にはかなわない、なんて思わせちゃったんじゃないかな....と思ったがこんなのは慣れっこで、別にたいしたことではないだろう。チップもあげたし。

次の日はバスでバンコクに移動し、大好きな温泉 YUNOMORI に行った。久しぶりの温泉とサウナは最高だった。それからプロンポン駅の横にある日本書籍の古本屋で怪しげな本を4冊購入した。

3日目は朝から電車でアユタヤに移動。鉄道駅の前にあるBaan Are Gong Hotelにチェックイン。ファンルーム、ダブルベッド、共用バストイレで400Bだった。川沿いのレストランも併設で居心地良いゲストハウスだった。レンタル・スクーターを200Bで借りて、ちょっと郊外にある「日本人町跡」という所に行った。アユタヤ朝が栄えていたときに、日本人が2、3千人くらい住んでいたらしく、ほとんどは日本で迫害を受けたキリシタンが移って来たんだとか。何も知らなかった以前なら、キリスト教の人達、当時の日本には住む所がなくて可哀想だったんだな〜と思ったものだが、色々知ってしまった今はキリスト教ほど胡散臭いもんはねーぞと、冷めた目で展示を見てまわった。

そして午後4時からは「チャオプラヤ川クルーズ」というツアーに参加した。ホテルで予約をしたら180Bだった。10人乗りくらいのボートで、川沿いの三カ所のお寺や遺跡に寄りながら、島を一周するリバークルーズで、私の他はほとんど白人だった。しかしこれが最期にアクシデントがあった。川に大きい植物がたくさん浮いているんだけど、もう少しで一周というところで、その植物が多過ぎて道を阻まれ、ボートが後ろにも前にも行けず、乗客みんな降りる事になり、なんとか陸地に上がって違うボートに乗り換える事になった。住民もたくさん集まってきて警察も来てたので、なかなか珍しいアクシデントだったらしいが、そのせいで一時間遅れて宿に戻った。すぐに飯を食いに行き、帰ってくると同じ宿からツアーに参加した白人青年(オランダ人大学生)がいたので、話しかけて一緒にビールを飲んだ30分くらい和気あいあいと雑談をした。ついタバコも3本くらい吸ってしまった。ツアーのときはお互い目も合わさなかったのに、とても不思議な感じがした。

4日目もアユタヤ。スクーターは返し、代わりに自転車を借りた。アユタヤ水上マーケットというテーマパークのような所に行った。平日で人も少なく寂れた感じだった。象がたくさんいて、けっこうな日本人がエレファント・ライド(象乗り)に参加していた。私はこれは虐待だと思っているので参加せず、柵の中にいた小象をずっとみていたら、小象に鼻で服から靴から触られてめっちゃ汚された。
そのテーマパークの裏の方に、建設中の寺が見えたので行ってみたら、木造だと思ってたのに鉄筋コンクリート造だった。お坊さんに木で作らないんですかと聞くと、今はもう木も手に入りにくいから全部コンクリートなんだよと言っていた。せつない。



午後からも自転車で少し遺跡を見てまわり、夕方くらいからは宿で川を眺めながらダラダラ本を読んだりした。
自転車を7時に返さなければいけないので、その前に少しと思って近くの寺に行ってお坊さんが話かけて来て、少し雑談したりした。そういえば今回はよくタイ人に間違われて、タイ語で話しかけられる事が多かった。今まではそういう事は一切なかったんだけど。髭が割と長いからだろうか。



5日目は昼から電車でまたバンコクに戻った。3等席でたったの15Bだったが、扇風機が故障しており暑くてまいった。ホテルはプロンポン駅のビジネスホテルに泊まった。夜はタイ人の友達に会って、一緒に食事をした。先月日本に行ったらしく、日本語が少ししゃべれるようになっていて、〜でしょ、〜でしょと連発していた。

6日目、久しぶりにスクンビット以外の所に泊まりたいと思い、地下鉄とボートを乗り継いで、国立図書館のあるエリアに移動した。ガイドブックに乗っていた「TAVEE」というゲストハウスに400Bで泊まった。久しぶりにカオサンロードに行ってみたが、さほど変わっていなかった。それから王宮周辺や、川の向こうの地区にも少し行き、6時から柔道仲間のタイ人の友達に会った。彼の車でサヤームの方まで行き、伊勢丹かどこかのモールの高そうなタイ料理のレストランで食事をした。前回来たときは彼が全部奢ってくれたので、今回は私が奢ろうと思ったが、伝票を取られ結局全部むこうがカードで払ってくれた。また車で宿まで送ってもらい、そのあと近所で一人でビールを飲んで寝た。

次の日の朝、宿で出発準備をしていたら財布がない事に気づいた。昨日一人でビールを飲んだ店に忘れたんだと思って、店に聞きに行ったが見つからず、他にも心当たりを探したが結局見つからなかった。3000Bくらい入っていたと思うが、カードなども入っておらず現金だけだったので、忘れたほうがいいなと思いあまり気にしないことにした。他にも色々感じたのだが、とりあえずこのTAVEEゲストハウスはおすすめできない。説明は難しいが全体的にすごくイヤな印象がたくさんある。
12時に宿を出て、またボートと地下鉄を乗り継ぎエカマイ(東バスターミナル)に行き、そこからバスでパタヤに向かい、夕方くらいに着いた。
ホテルは前回も泊まったリンヤハウスにしたが、ここは本当に最高だ。700Bで広くてキレイな部屋に朝食も美味いときてる。タイで一番好きなホテルだ。

夜はウォーキング・ストリートを少し歩いてから、soi 7のバービアに行った。そこでモー娘。の石川をかなり太らせて変な服を着させたみたいな若いホステスと、五目並べ(ほんとは4目)やジャックポットやビリヤードなどをした。
五目並べやってるときに、8歳くらいの女の子が腕輪かなんかを売りに来たが、要らないのでやんわり断ったが、女の子は帰らず我々の五目並べを見ながら、そうじゃないそこじゃないみたいなジェスチャーしてるので、代わりにやってみてよと言ってやらせたらすごく強くて、店のネーちゃん達もたじたじだった。すごいなと思って100Bあげた。しかし女の子が五目並べしている時に気づいたんだけど、その子の首筋にタバコの根性焼きみたいな跡が数カ所あった。マフィアに無理矢理働かされているのかな。
あとビリヤードをしてたら悲鳴が聞こえたので見ると、カウンターで白人のチンピラオヤジがレディーボーイの首を絞めていて、タイ人の若い兄ちゃんが殴り掛かって白人は逃げて行った。なかなか刺激的な所だ。
気づいたら4時間近くたっていてビールも8杯くらい飲んだらしい。お会計をすると970Bだった。ちょっとビックリしたが、まぁあれだけ飲んで奢ってゲームして3000円は超安いだろう。帰りはバイク・タクシーに乗って帰った。

次の日、二日酔いではなかったが、ちょっと身体がもう勘弁してくれと言ってる感じがした。ホテルの朝飯はやっぱ美味かった。それから部屋で筋トレして汗を流しデトックスしたり、本を読んだりして12時にホテルを出た。フリーマーケットみたいな所で、10Bで麻の帽子を買って、チャーハンを食った。空港行きのバスの発車時刻まで、まだ1時間くらいあったので、ビーチで本を読んだりデパートでパンを買ったりした。
空港行きのミニバスは14:30に出発し、1時間ほどでパタヤ空港に着いた。250Bと聞いていたが、どこでも徴収されることなくバスは帰って行った。他の乗客にあとで聞いたら、予約するときにみんなしっかり250B払ったらしい。よくわからないがラッキーだった。
飛行機は17:30にパタヤを飛び立ち、シンガポールには22:00くらいに着いた。

バンコク周辺は嫌いじゃないけど、次はまたラオスの方まで足を伸ばして、もっとゆっくり滞在したい。 以上

2016/05/23

雑記

今日は昼間からお酒を飲み、夜7時過ぎに家に帰ってくるなり寝てしまい、さきほど夜中1時くらいに目が覚めて寝れなくなってしまった ので日記でも書くとする。

今日はシンガポールで1番大きい柔道の大会があった。個人戦もあったが、私は午後からの団体戦を見に行ってきた。その大会はシンガポールの全国大会ともいうべき、国内1を決める大会で、私が練習させてもらっているSJC(シンガポール柔道クラブ)も毎年参加しており、しかもここ10年くらいSJCが連覇している。しかしシンガポール柔道クラブとは名ばかりで、今までは外国人が中心に構成されていて、多国籍チームのような感じだった。

私も3、4年前に一度この団体チームに入ったが、そのときのメンバーは日本人(私)、シンガポール人、アメリカ人、フランス人、イラン人、マレーシア人だった。去年もたしか、カナダ人、ウクライナ人とか色々、特にガタイが大きいのが揃っていたと思う。
しかし今年はみんな80kg以下で、シンガポール人が3人に、マレーシア人(私より小さい)、フランス人(私よりちょっと大きい)という構成になってしまった。なってしまったというか、本来こういう構成がふさわしいのだが。大丈夫かなと思って見に行ったが、案の定ボロ負けしてしまい、連覇は今年で止まってしまった。ちょっと可哀想だったが、それでもみんな全力で戦ったのでいいと思う。

そしてそのあとみんなで、シャレオツなクラークキーのBarに飲みに行ってきた。ビールやウィスキーを飲んで、久しぶりに肉を食った。英語と中国語とフランス語が飛び交っていてとても楽しかった。支払いは、本日負けっぱなしのフランス人のデイビーさんが全部奢ってくれた。彼にとってはとんだ厄日だったかもしれない。



話は変わるが2ヶ月前くらいに急に山に登りたくなって、マレーシアのキナバル山に6月末あたりに登ってみようと思い立ち、じゃあトレーニングしなきゃなと最近よく歩いたりしている。

まずはシンガポールの中心部にある、マクリッチ貯水池を4時間かけて一周してみた。それから家の近くに、マウント・フェーバーという小さい山があるので、そこを週に2、3回登ったり下りたり、数時間歩くようにしている。

今までは自転車に乗ってばかりだったが、歩くようになって身近な色んな物が目にとまるようになった。例えば植物とか虫とか鳥とか小動物とか。そして自転車や走っている人を見ると、何をそんなに行き急いでいるんだと思うようになったし、公園で太極拳したりゆっくり延々と歩いたりしている、じーさんばーさん達の気持ちが少しわかるようになってきた。

学者ではないから確かではないが、私が思うにスポーツや激しい運動は、肉体や筋肉を強くするにはいいが、健康や長生きという事を考えるとあまり良くなく、ゆっくりした運動の方が良い気がする。心臓というのは機械でいうモーターのようなものだから、使いすぎるとそれだけ寿命も短くなるはずだ。だからこのウォーキングには、40歳手前にして、出会うべくして出会ったような気がする。

そしてもう一つ最近よくしているのが縫い物で、破れた服を繕ったり、もう全然着てない服などの生地で、枕カバーや小さい袋を作っている。しかも全部ちくちくと手縫い。ミシンも家にはあるが、使い方がわからないし、それにどうしてもそれを作りたいというわけじゃなくて、暇潰しにやってるだけなので時間がかかる方がいい。別に上手なわけじゃないので、出来上がりは非常に不細工ではあるが、どうせ自分で使うものだし、その方が味があって良い。

そして縫い物もちょっと飽きたので、今度は織り物をやってみた。織機はもちろん見た事があるものの構造がいまいちわからなかったが、自分で30cm四方の簡単な手作り織機を作ってみて、やっとその構造と原理がわかった。とりあえず家にあったヘンプ糸と何かの紐で、コースターを2枚ほど作ってみた。やはり不細工だが、手作りは愛着がわく。頑張ればもっと大きい物も織れそうだなとは思うが、しかし未だに柄や模様はどうやって入れるのか皆目検討もつかない。挑戦したい気持ちもあるが、そこまで本腰入れると逆に飽きてしまうような気がする。自分は本当に天の邪鬼で甲斐性なしだと思う。



2016/04/29

ペナン島 2016

先週から奥さんと二人でマレーシアのペナン島に行き、3泊して今日帰ってきた。
ペナン島は2回目だったので、とくにこれといった観光はせず、奥さんともほぼ別行動だった。
日中はとにかく暑く、遠出する気にはならない。空気もとても乾いている感じがした。
そんな天気だと奥さんはまず外に出たがらず、部屋でエアコンギンギンにして、ベッドに寝転がり本を読んでいる。私はそういうのが嫌なので、毎日一人で街をブラブラした。

ホテルの近くにはジェッティー(水上集落)があり、毎日そこに歩いていった。
とても汚い所なんだけど、そこに『トビハゼ』がたくさんいて、それは何回も見たことあるので驚かなかったんだけど、一匹だけ20cm以上もありそうな巨大なトビハゼを見つけて、こんな汚い所でも、こんな大きく育つまで生きるなんて、ほんとたくましいなと感心した。
汚い木の板の上で、じっと日光浴していた。

今回は「オウム帝国の正体」という、とっても古いノン・フィクションを持って行って、全部読み切った。オウム真理教の事件はもう15年も前の事だが、当時ニュースを見て感じた事とは全く違う事が書いてあった。日本はテレビ局などは全部潰して、こういう勇気と気概のあるノン・フィクション作家や、フリーのジャーナリストをもっと増やしていかなければならないし、それと同時に彼らを邪魔に思う悪党から彼らを守らねばならない、と強く思った。
オウムついでに創価学会と統一教会についてもちょっと調べてみたが、これまた恐ろしい。宗教は良いビジネスだとは聞いていたが、それはただ信者からお布施を巻き上げられるからだとばかり思っていたが、宗教ビジネスというのは他にも色んな特典がついており、周りにはとにかく怪しい奴らが集まってくるらしい。