2016/06/01

パタヤ再び -2016-

先週から一週間ほど一人でタイに行ってきた。今回は初めてパタヤ空港(ウタパオ国際空港)を使ってみた。
柔道クラブの日本語が話せる友達に、タイのどこに行くの?と聞かれて、パタヤと答えると、爆笑されて「Yoheiさん、それはToo Obvious! イチモクリョウゼン!」と言われた。スケベ男共が集まる町だから、そう思われてもしょうがない。でも私はパタヤ空港を使うだけで、すぐにバンコクに行くつもりだよ、と言ったが苦しい言い訳にしか聞こえなかったかも。なぜパタヤ空港なのかと言うと、往復で80ドルだったから。これは激安だと思う。

飛行機は夜の10:30頃にパタヤ空港に着き、パタヤ市内のホテルに着いたのは12時前。部屋に荷物を置いて、とりあえず外に出て60B(※10B = 30円くらい)のケバブを食べ、近くのBARエリアを歩いていると、キレイな子が店の奥から手招きしているので、オッと思って近寄ってみると、たしかにキレイだが背がデカい。まさかと思いながらもとりあえずビールを注文して、話しながらさりげなく握手をしてみて、レディボーイだと確信。手もデカい。(おそるおそる聞いてみたら、ティンポはまだついてて、初体験は15歳のときに当時のボーイフレンドとしたらしい。ませている。)
それでもイイ子だったので、30分くらい話してホテルに戻って寝た。

しかしホテルに戻るときにちょっと反省した。というのも(喜んでくれると思って)さんざんキレイだね〜と言っておきながらも結局ホテルに連れて帰らないのはレディーボーイだからで、所詮本物の女性にはかなわない、なんて思わせちゃったんじゃないかな....と思ったがこんなのは慣れっこで、別にたいしたことではないだろう。チップもあげたし。

次の日はバスでバンコクに移動し、大好きな温泉 YUNOMORI に行った。久しぶりの温泉とサウナは最高だった。それからプロンポン駅の横にある日本書籍の古本屋で怪しげな本を4冊購入した。

3日目は朝から電車でアユタヤに移動。鉄道駅の前にあるBaan Are Gong Hotelにチェックイン。ファンルーム、ダブルベッド、共用バストイレで400Bだった。川沿いのレストランも併設で居心地良いゲストハウスだった。レンタル・スクーターを200Bで借りて、ちょっと郊外にある「日本人町跡」という所に行った。アユタヤ朝が栄えていたときに、日本人が2、3千人くらい住んでいたらしく、ほとんどは日本で迫害を受けたキリシタンが移って来たんだとか。何も知らなかった以前なら、キリスト教の人達、当時の日本には住む所がなくて可哀想だったんだな〜と思ったものだが、色々知ってしまった今はキリスト教ほど胡散臭いもんはねーぞと、冷めた目で展示を見てまわった。

そして午後4時からは「チャオプラヤ川クルーズ」というツアーに参加した。ホテルで予約をしたら180Bだった。10人乗りくらいのボートで、川沿いの三カ所のお寺や遺跡に寄りながら、島を一周するリバークルーズで、私の他はほとんど白人だった。しかしこれが最期にアクシデントがあった。川に大きい植物がたくさん浮いているんだけど、もう少しで一周というところで、その植物が多過ぎて道を阻まれ、ボートが後ろにも前にも行けず、乗客みんな降りる事になり、なんとか陸地に上がって違うボートに乗り換える事になった。住民もたくさん集まってきて警察も来てたので、なかなか珍しいアクシデントだったらしいが、そのせいで一時間遅れて宿に戻った。すぐに飯を食いに行き、帰ってくると同じ宿からツアーに参加した白人青年(オランダ人大学生)がいたので、話しかけて一緒にビールを飲んだ30分くらい和気あいあいと雑談をした。ついタバコも3本くらい吸ってしまった。ツアーのときはお互い目も合わさなかったのに、とても不思議な感じがした。

4日目もアユタヤ。スクーターは返し、代わりに自転車を借りた。アユタヤ水上マーケットというテーマパークのような所に行った。平日で人も少なく寂れた感じだった。象がたくさんいて、けっこうな日本人がエレファント・ライド(象乗り)に参加していた。私はこれは虐待だと思っているので参加せず、柵の中にいた小象をずっとみていたら、小象に鼻で服から靴から触られてめっちゃ汚された。
そのテーマパークの裏の方に、建設中の寺が見えたので行ってみたら、木造だと思ってたのに鉄筋コンクリート造だった。お坊さんに木で作らないんですかと聞くと、今はもう木も手に入りにくいから全部コンクリートなんだよと言っていた。せつない。



午後からも自転車で少し遺跡を見てまわり、夕方くらいからは宿で川を眺めながらダラダラ本を読んだりした。
自転車を7時に返さなければいけないので、その前に少しと思って近くの寺に行ってお坊さんが話かけて来て、少し雑談したりした。そういえば今回はよくタイ人に間違われて、タイ語で話しかけられる事が多かった。今まではそういう事は一切なかったんだけど。髭が割と長いからだろうか。



5日目は昼から電車でまたバンコクに戻った。3等席でたったの15Bだったが、扇風機が故障しており暑くてまいった。ホテルはプロンポン駅のビジネスホテルに泊まった。夜はタイ人の友達に会って、一緒に食事をした。先月日本に行ったらしく、日本語が少ししゃべれるようになっていて、〜でしょ、〜でしょと連発していた。

6日目、久しぶりにスクンビット以外の所に泊まりたいと思い、地下鉄とボートを乗り継いで、国立図書館のあるエリアに移動した。ガイドブックに乗っていた「TAVEE」というゲストハウスに400Bで泊まった。久しぶりにカオサンロードに行ってみたが、さほど変わっていなかった。それから王宮周辺や、川の向こうの地区にも少し行き、6時から柔道仲間のタイ人の友達に会った。彼の車でサヤームの方まで行き、伊勢丹かどこかのモールの高そうなタイ料理のレストランで食事をした。前回来たときは彼が全部奢ってくれたので、今回は私が奢ろうと思ったが、伝票を取られ結局全部むこうがカードで払ってくれた。また車で宿まで送ってもらい、そのあと近所で一人でビールを飲んで寝た。

次の日の朝、宿で出発準備をしていたら財布がない事に気づいた。昨日一人でビールを飲んだ店に忘れたんだと思って、店に聞きに行ったが見つからず、他にも心当たりを探したが結局見つからなかった。3000Bくらい入っていたと思うが、カードなども入っておらず現金だけだったので、忘れたほうがいいなと思いあまり気にしないことにした。他にも色々感じたのだが、とりあえずこのTAVEEゲストハウスはおすすめできない。説明は難しいが全体的にすごくイヤな印象がたくさんある。
12時に宿を出て、またボートと地下鉄を乗り継ぎエカマイ(東バスターミナル)に行き、そこからバスでパタヤに向かい、夕方くらいに着いた。
ホテルは前回も泊まったリンヤハウスにしたが、ここは本当に最高だ。700Bで広くてキレイな部屋に朝食も美味いときてる。タイで一番好きなホテルだ。

夜はウォーキング・ストリートを少し歩いてから、soi 7のバービアに行った。そこでモー娘。の石川をかなり太らせて変な服を着させたみたいな若いホステスと、五目並べ(ほんとは4目)やジャックポットやビリヤードなどをした。
五目並べやってるときに、8歳くらいの女の子が腕輪かなんかを売りに来たが、要らないのでやんわり断ったが、女の子は帰らず我々の五目並べを見ながら、そうじゃないそこじゃないみたいなジェスチャーしてるので、代わりにやってみてよと言ってやらせたらすごく強くて、店のネーちゃん達もたじたじだった。すごいなと思って100Bあげた。しかし女の子が五目並べしている時に気づいたんだけど、その子の首筋にタバコの根性焼きみたいな跡が数カ所あった。マフィアに無理矢理働かされているのかな。
あとビリヤードをしてたら悲鳴が聞こえたので見ると、カウンターで白人のチンピラオヤジがレディーボーイの首を絞めていて、タイ人の若い兄ちゃんが殴り掛かって白人は逃げて行った。なかなか刺激的な所だ。
気づいたら4時間近くたっていてビールも8杯くらい飲んだらしい。お会計をすると970Bだった。ちょっとビックリしたが、まぁあれだけ飲んで奢ってゲームして3000円は超安いだろう。帰りはバイク・タクシーに乗って帰った。

次の日、二日酔いではなかったが、ちょっと身体がもう勘弁してくれと言ってる感じがした。ホテルの朝飯はやっぱ美味かった。それから部屋で筋トレして汗を流しデトックスしたり、本を読んだりして12時にホテルを出た。フリーマーケットみたいな所で、10Bで麻の帽子を買って、チャーハンを食った。空港行きのバスの発車時刻まで、まだ1時間くらいあったので、ビーチで本を読んだりデパートでパンを買ったりした。
空港行きのミニバスは14:30に出発し、1時間ほどでパタヤ空港に着いた。250Bと聞いていたが、どこでも徴収されることなくバスは帰って行った。他の乗客にあとで聞いたら、予約するときにみんなしっかり250B払ったらしい。よくわからないがラッキーだった。
飛行機は17:30にパタヤを飛び立ち、シンガポールには22:00くらいに着いた。

バンコク周辺は嫌いじゃないけど、次はまたラオスの方まで足を伸ばして、もっとゆっくり滞在したい。 以上

2016/05/23

雑記

今日は昼間からお酒を飲み、夜7時過ぎに家に帰ってくるなり寝てしまい、さきほど夜中1時くらいに目が覚めて寝れなくなってしまった ので日記でも書くとする。

今日はシンガポールで1番大きい柔道の大会があった。個人戦もあったが、私は午後からの団体戦を見に行ってきた。その大会はシンガポールの全国大会ともいうべき、国内1を決める大会で、私が練習させてもらっているSJC(シンガポール柔道クラブ)も毎年参加しており、しかもここ10年くらいSJCが連覇している。しかしシンガポール柔道クラブとは名ばかりで、今までは外国人が中心に構成されていて、多国籍チームのような感じだった。

私も3、4年前に一度この団体チームに入ったが、そのときのメンバーは日本人(私)、シンガポール人、アメリカ人、フランス人、イラン人、マレーシア人だった。去年もたしか、カナダ人、ウクライナ人とか色々、特にガタイが大きいのが揃っていたと思う。
しかし今年はみんな80kg以下で、シンガポール人が3人に、マレーシア人(私より小さい)、フランス人(私よりちょっと大きい)という構成になってしまった。なってしまったというか、本来こういう構成がふさわしいのだが。大丈夫かなと思って見に行ったが、案の定ボロ負けしてしまい、連覇は今年で止まってしまった。ちょっと可哀想だったが、それでもみんな全力で戦ったのでいいと思う。

そしてそのあとみんなで、シャレオツなクラークキーのBarに飲みに行ってきた。ビールやウィスキーを飲んで、久しぶりに肉を食った。英語と中国語とフランス語が飛び交っていてとても楽しかった。支払いは、本日負けっぱなしのフランス人のデイビーさんが全部奢ってくれた。彼にとってはとんだ厄日だったかもしれない。



話は変わるが2ヶ月前くらいに急に山に登りたくなって、マレーシアのキナバル山に6月末あたりに登ってみようと思い立ち、じゃあトレーニングしなきゃなと最近よく歩いたりしている。

まずはシンガポールの中心部にある、マクリッチ貯水池を4時間かけて一周してみた。それから家の近くに、マウント・フェーバーという小さい山があるので、そこを週に2、3回登ったり下りたり、数時間歩くようにしている。

今までは自転車に乗ってばかりだったが、歩くようになって身近な色んな物が目にとまるようになった。例えば植物とか虫とか鳥とか小動物とか。そして自転車や走っている人を見ると、何をそんなに行き急いでいるんだと思うようになったし、公園で太極拳したりゆっくり延々と歩いたりしている、じーさんばーさん達の気持ちが少しわかるようになってきた。

学者ではないから確かではないが、私が思うにスポーツや激しい運動は、肉体や筋肉を強くするにはいいが、健康や長生きという事を考えるとあまり良くなく、ゆっくりした運動の方が良い気がする。心臓というのは機械でいうモーターのようなものだから、使いすぎるとそれだけ寿命も短くなるはずだ。だからこのウォーキングには、40歳手前にして、出会うべくして出会ったような気がする。

そしてもう一つ最近よくしているのが縫い物で、破れた服を繕ったり、もう全然着てない服などの生地で、枕カバーや小さい袋を作っている。しかも全部ちくちくと手縫い。ミシンも家にはあるが、使い方がわからないし、それにどうしてもそれを作りたいというわけじゃなくて、暇潰しにやってるだけなので時間がかかる方がいい。別に上手なわけじゃないので、出来上がりは非常に不細工ではあるが、どうせ自分で使うものだし、その方が味があって良い。

そして縫い物もちょっと飽きたので、今度は織り物をやってみた。織機はもちろん見た事があるものの構造がいまいちわからなかったが、自分で30cm四方の簡単な手作り織機を作ってみて、やっとその構造と原理がわかった。とりあえず家にあったヘンプ糸と何かの紐で、コースターを2枚ほど作ってみた。やはり不細工だが、手作りは愛着がわく。頑張ればもっと大きい物も織れそうだなとは思うが、しかし未だに柄や模様はどうやって入れるのか皆目検討もつかない。挑戦したい気持ちもあるが、そこまで本腰入れると逆に飽きてしまうような気がする。自分は本当に天の邪鬼で甲斐性なしだと思う。



2016/04/29

ペナン島 2016

先週から奥さんと二人でマレーシアのペナン島に行き、3泊して今日帰ってきた。
ペナン島は2回目だったので、とくにこれといった観光はせず、奥さんともほぼ別行動だった。
日中はとにかく暑く、遠出する気にはならない。空気もとても乾いている感じがした。
そんな天気だと奥さんはまず外に出たがらず、部屋でエアコンギンギンにして、ベッドに寝転がり本を読んでいる。私はそういうのが嫌なので、毎日一人で街をブラブラした。

ホテルの近くにはジェッティー(水上集落)があり、毎日そこに歩いていった。
とても汚い所なんだけど、そこに『トビハゼ』がたくさんいて、それは何回も見たことあるので驚かなかったんだけど、一匹だけ20cm以上もありそうな巨大なトビハゼを見つけて、こんな汚い所でも、こんな大きく育つまで生きるなんて、ほんとたくましいなと感心した。
汚い木の板の上で、じっと日光浴していた。

今回は「オウム帝国の正体」という、とっても古いノン・フィクションを持って行って、全部読み切った。オウム真理教の事件はもう15年も前の事だが、当時ニュースを見て感じた事とは全く違う事が書いてあった。日本はテレビ局などは全部潰して、こういう勇気と気概のあるノン・フィクション作家や、フリーのジャーナリストをもっと増やしていかなければならないし、それと同時に彼らを邪魔に思う悪党から彼らを守らねばならない、と強く思った。
オウムついでに創価学会と統一教会についてもちょっと調べてみたが、これまた恐ろしい。宗教は良いビジネスだとは聞いていたが、それはただ信者からお布施を巻き上げられるからだとばかり思っていたが、宗教ビジネスというのは他にも色んな特典がついており、周りにはとにかく怪しい奴らが集まってくるらしい。

2016/04/15

拡張

右の耳に大きいピアスの穴が開いていたが、最近左の耳にも穴を開け、それを3、4ヶ月かけじっくり拡張した。年甲斐もなく と言いたい所だが、やはりそれはアホな全体主義者の意見で、何歳になっても好きな事をやったほうが良い。しかし似合うか似合わないかの問題があって、はたしてこの両耳のどでかい穴は今も、これからも似合ってくれるのだろうか多少気にはなる。

ボディーピアスというのはだいたい金属だったりプラスチックだったりするが、あんなちっちゃいもんが1000円以上もするのは納得がいかない。プラスチックにいたっては、ダイソーにかかれば10個で100円とかの代物だろう。ふざけんじゃねえ とただ愚痴っても仕方ないので自分で作ってみた。あくまで拡張用の仮ピアスだけど。



それが上記の写真であるが、まず最初のピアスは左下ので、竹串かなにかを切って削って作った。次のが右側にある3つで割り箸から作った。しかし台湾に行ったときもこれをしていたのだが、台湾はすごく乾燥していて、2日つけっぱなしにしていたら穴の内部にひっついてしまい、取るときに血だらけになって、その治癒のためにやや縮小してしまった。ちなみにピアスは全て紙ヤスリをかけ、石鹸で洗ってから熱湯消毒をしている。

そこで次のピアスは下の緑のやつで、絵筆の柄を使ったもの。これは周りが緑にコーティングされているから、乾いてくっついたりしないだろうという理由で選んだ。それでも乾燥がほんとに怖かったので、このときからワセリンを周りに塗ってから入れるようにした。

その次が左の黒いので、これは自転車のチューブとボールペンの、キャップ。これはプラスチックだからツルツルしていい感じだった。そして最期に昨日作った肌色の絵筆、あれの真ん中を使ったピアスを今している。これでもう1日くらい待てば、右耳と同じサイズのピアスが入る はずだ。

今回感じたのは、唾液はやっぱり良い消毒液なんじゃないかなということ。唾つけときゃ治るというのは、本当だと私は思う。これには根拠がある。動物の身体は、自分自身にとってとても万能にできているという説だ いや事実だ。猫も犬もキリンもベッロンベロンに自分をなめっているではないか。唾液も胃液も、汗もシッコも鼻くそにも、それぞれ意味があり、爪もむだ毛も包茎の皮だってちゃんと意味があるはずだ。だからありのままの自分の身体を認め、受け入れ、愛し、けして身体に穴など開けないようにしよう。

2016/04/11

「革命人〜大山八三郎〜」レビュー




縁あって、大山八三郎さんという、タイのチェンマイに長らく住んでいた方の自伝を、Kindleで買って読んでみた。

革命人〜大山八三郎〜

凄まじい自伝で、読んでて疲れた。

戦後の幼少期は、実の家族や周りの大人に理不尽に扱われ、やっと見つけた就職先でも人に騙され裏切られ、それでもなんとかタイへ渡る事に成功し、苦労しながらも大胆な発想と並外れた行動力で、タイのチェンマイで大成功をおさめて八三郎さんであった。
そしてチェンマイで理想社会の雛形を作った八三郎さんは、同じ事を日本でも実行すべく日本に帰るが、強欲なキチガイ共に騙されて裏切られ、また騙されては裏切られ、何回繰り返せば気が済むんだよ八三郎さん!というくらい裏切られまくって、今は群馬県は南牧村でひっそりと暮らされているようだ。

タイでの成功があまりにすごかったので、なんだかんだいって、結局今もタイのその設立した会社に戻って、平穏無事に暮らしているんだろうと思いながら読んでたので、読み切ったときはちょっとショックだった。

しかもこの方、在タイ日本人会の理事までして、タイや日本の大物著名人なんかとも交流があったほどの大人物なのに、ネットではほとんどこの方の情報が載ってない。
これは社会的にも抹殺されたという事なのだろうか。もしそうだとしたら、日本の闇はそうとう深い。


2016/04/02

New Works

最近やった仕事ですけど、今回は少しいつもと違うテイストの作品を少し。


Esquire Magazine Singapore





TCK (Tokyo City Keiba)








2016/04/01

チェンマイ〜2016春〜 その2

【3月29日】

朝はホテルの朝食を食べた。目玉焼きとハムとトーストに、コーヒー。厳密に言えば身体に悪そうな食材だったけど、思いのほか美味しかった。
昨日の夜に部屋の中に干しておいた洗濯物は、全部完璧に乾いていた。この時期のチェンマイは相当乾燥しているみたいだ。
9時頃一人で近くのワローロット市場へ行った。ハンモック式ブランコ/70B、水中マスク/70B、魚を入れる用のネット/35Bを買った。値段とか数字をタイ語で言うと喜ばれる。他にはなにも話せないんだけど。
他にも色々安い物があって楽しかったが、前日にサンデー・マーケットで75B払って買った木のスプーンが、15Bで売られていたのを見たときは少しショックだった。

ホテルに戻り、奥さんとスクーターでドイ・ステープに向かった。
上りの坂道はクネクネしていて運転に神経をつかった。前に白人カップルのスクーターが何組かいたが、全部追い抜かした。私達はとても痩せているので、スクーターは比較的速い。30分ちょいでドイ・ステープに着いた。金の仏塔の前ではセルフィースティック(自撮り棒)で自撮りをしている旅行者達がたくさんいてシュールだった。山の上からの眺めも期待していたが、煙なのか霧なのか、白いものがかかっていてあまり良く見えなかった。
それからまた坂道を下り、次は動物園へ行った。水族館もセットで520Bだったが、動物園だけ(150B)にしておいた。フラミンゴ、カバ、象、キリンなどに直接エサをあげることができ、動物たちを間近で見れて感動した。とくにカバなどはいつも水の中に入っていて、背中しか見たことがなかったので、興奮した。園内は本当に広く、園内バスのチケットを買っておいてよかった。前回来たときはバスチケットを買った記憶がないので、ここを歩いて回ったのかと思うと、信じられない。
3時頃腹ぺこになったので、またニマンヘミン通りのDin Deeへ行って、カレーやレアチーズケーキにマサラチャイを飲んだ。どれも大変美味しく、チャンマイ最高と思い、二人でチェンマイにどうやったら住めるか話し合った。
帰りにスクーターを停め、ニマンヘミン通りを少し歩いて、オシャレな店を見て回った。店の中にものすごい蚊がいる店が少しあったが、どうしてなんとかしないんだろうと少し不思議だった。

ホテルに戻って、夜はまたナイト・バザールに行って、奥さんはマッサージへ行き、私はチェンマイ名物のカオ・ソーイを食べてみたが、あるはずの揚げ面が入っておらず、わりと普通の味だった。一時間後奥さんと合流し、また広場でカクテルを一杯だけ飲んで、帰って早めに寝た。


【3月30日】


朝早く起き、7時頃にホテルの朝食を食べ、私は一人スクーターで、Wat Si Don Chai Pa Tung Ngamに向かった。そんなに遠くはなかったが、ひたすら直線の道があり、どこを曲がっていいのかいまいちわからず、少し行き過ぎて引き返したが、無事に着いた。
寺は静かで、「地獄」もなかなか見応えがあってよかった。途中で制作者が来たが、まだ若い男女二人で、どんな思いで日々この地獄寺を作っているのか心境が気になった。
帰りに地元の市場へ寄って、グリーンカレーとココナッツミルクのスイーツを食べた。2つでたったの35Bだったが、とても美味しかった。おばあちゃんが一人できりもりしていて、少しだけタイ語で話した。もう少し話せるようになりたい。

それから市街に戻り一人で雑貨屋に行き、小さいカバンなどを買ってからホテルに戻ったが、奥さんがおらず30分ほどロビーで待った。奥さんが帰ってきたが、少し休みたそうだったので、また一人でスクーターに乗り、古本屋へ行き、カフェでタイ・コーヒーを一杯飲んで、そのあと雑貨屋に寄ったが、スクーターを停めるとき、斜めの所に停めてスクーターを倒してしまい、少しだけキズがつき、テンションが下がった。やはり調子に乗りすぎたなと反省しながら、なんとか平常心に戻ろうと努めた。

ホテルに戻り奥さんと二人で昼飯を食べに、またGreen Daysへ行って、茄子の味噌炒めを食べた。他に客は2組いたが、どちらも日本人だった。日本人以外の客も来るのだろうか。
しばらくゆっくりしたあと、またモン族市場へ行き、グルグル歩き回って、疲れたのでピン川沿いの小さいカフェ、Regina coffee houseに行った。たまたま入った所だったが、そこは猫だらけのネコ・カフェだった。テーブルとかはボロボロだったけど、猫が10匹以上もいて、みんなまったりしているし、夕暮れ時だったせいか日差しもなく、川沿いでとてもリラックスできた。ゲストハウスもあるらしく、ネットで調べると一泊600Bだった。今度来るときは絶対ここに泊まりたい。

日が暮れる頃ホテルに戻り、夜はまたナイト・バザールに行き、Banboo restaurant という所で晩飯を食べた。店員が気持ち悪いくらい客にこびた感じだった。ここらへんは競争が激しく、これくらいしないといけないのかもしれない。豆腐カシューナッツ炒めのようなものを食べて、ビールを飲んだ。普通に美味しかった。
ホテルに戻り、奥さんは疲れているので寝てしまい、私は一人でまたナイト・バザールに戻り、ビア・バーで瓶ビール2本を飲み、タバコも2本吸い、スマホでネットをしながら
まったりした。でも蚊が多く30分くらいで帰った。2本目のビールは飲みきれず、ホテルに戻る途中で捨てた。


【3月31日(最終日)】

で帰った。いつも通りホテルで朝食を食べ、8時頃に再びモン族市場へ奥さんの買物に行くが、パッとした物が見つからず、何も買わずにホテルへ戻った。すごく疲れたので、ホテルでしばらく休み11時頃にチェックアウトした。スクーターを店に返しに行く途中で、満タンだったガソリンのメーターが1つ減ってしまったので、給油しようとガソリンスタンドを探したが全く見つからず、そのまま返しに行った。
倒したキズの事をなにか言われるかとドキドキしていたが、とくにチェックもされずにホッとした。ガソリンのお金を40Bだけ払い、店を出た。4日間走ったが、給油したのはサンカムペーン温泉に行くときに、60B分入れただけで、合計100Bですんだ。安い。

それからトゥクトゥクに乗り100Bで空港まで行ってもらった。100Bは多かったのか、運転手のお兄ちゃんは嬉しそうだった。空港でクソマズい、マズ過ぎるチキンラーメン(145B)を食べ、チョコクッキーを買い、午後2:55の便に乗り、無事にシンガポールへ帰ってきた。

以上