2016/03/13

台湾旅行その2

つづきまして
台南での観光ですが、二日間ともゲストハウスで自転車を借り(1日100元)街中を走り回りました。台南には「老街」という古い建物が並んでいる通りがたくさんあり、今はオシャレなカフェや、ブティックやら、レストランやらが立ち並んでいるのですが、私が通りがかった時は、半分くらいの店が閉まっていました。

台湾南部の観光で私が一番難しいなと思ったのは、タイミングです。朝は朝ご飯の店しか空いてないし、昼になったら昼ご飯の店は開くものの、昼時が終わるとすぐ休憩に入るし、やっと夕方くらいになって開き始めたと思っても、夜8時くらいになるとどんどん閉まったいくのです。
わたしはお腹が減ってから食べるスタイルで、時間はあまり気にしないので、食べたいときに店が閉まっているという事がほとんどで、店を探すのにえらい苦労したという記憶しかありません。
そのかわり私が全く食べないようなジャンクフード、ファーストフードや、台湾で大人気のジュースだかお茶だかの、タピオカが入っているような飲み物の店、ああいうのは常に開いてました。うまくいかないもんです。

さらにそういう老街や、小道に入ると、シャレたカフェや珈琲屋がけっこうあって、ちょっと休んでいきたくなるんですが、珈琲はあまり飲まないようにしてるし、飲んでも一日一杯だけと決めているので、そういうめんどくせー性格が災いし、入りませんでした。入ってたらきっと地元の人と交流できたかもしれないのに。本当にめんどくせー男。

あと毎日自転車乗ってて思ったのが、台湾は右側通行で、車も左ハンドルなんですが、なんか交通ルールがちょっとだけ日本と変わってて、右折するバイクや車と何度も接触しそうになりました。そのときはこいつらほんと運転下手クセーなとママチャリ乗りながらガンつけてたんですが、やっぱその国の交通ルールに従わなきゃいけないなと少し反省しています。台湾の街中で自転車に乗る方は、いくら自分が優先だと思っても、あっちの車とバイクを優先させるようにした方がいいと思います。


そんな感じで台南をあとにし、バスに乗って2時間半かかって台中に行きました。バスは200元くらいだっただろうか。
台中は最初は行く予定なかったのですが、シンガポールの柔道クラブで一緒だった、シンガポール人のメルヴィンさんが一年前からこっちに移住していて、メルヴィンさんとはあまり話した事がなかったんですが、前に彼が帰省してたとき「今度台湾行ったら遊びに行くからね」と言った手前、口だけ野郎になるのもなんだかなーと思って、思い切って会いに行ってみたわけです。

台中でもドミトリーに泊まろうと思い、駅前にある「Ease single INN」というバックパッカーホステルに行きました。東南アジアではドミトリーにはほとんど泊まらないんですが、台湾は基本的にホテルがとても高いし、ドミトリーでもとても清潔で、人さえたくさんいなければ居心地は一人部屋よりも広くて快適という事がわかったので。しかも東南アジアに溢れ返っている、わたしの忌み嫌うエアコンがんがん逆エコ怠慢白人が少ないのも一つの理由です。彼らがムカつくのはエアコンがんがんMAXにして寝るくせに朝見たらしっかり毛布かぶって寝ているところです。本当に暑いならつけてもしょうがないと思うんですが、家に返ったらとりあえずTVをつけるように、とにかくエアコンつけなきゃ気が済まないというあいつらとは、部屋をシェアしたくありません。

話は戻って「Ease single INN」ですが、ここもドミトリーは500元で、ここは今まで泊まったゲストハウスの中で一番キレイで設備もしっかりしてました。しかし平日という事もあってホテルには客は2、3人ほど。ドミは私一人。受付の子も可愛くて感じ良くて、何か聞くと必ず i-padで調べ出すという少し奇妙な子でした。洗濯物を干す所がなかったんですが、50元で洗濯サービスがあるというので、ジーパンから服から全部やってもらいました。

台中は大きい街ですが、台南ほど雰囲気ある感じでもないし、高雄ほど栄えてる感じでもなく、ちょっとハンパな感じがしましたが、台湾国立美術館というとても大きい美術館がありましたが、そこは入場料がタダで、通称BRTというバスもあるんですが、それもカードを持っていれば10kmまではタダと、ちょっと太っ腹な感じが少ししました。公共のレンタル自転車もありましたが、それは台湾の携帯電話を持っていなければ登録できないという事であきらめました。

なので観光はバスを少しと、あとは自分の足で歩きまわったので、ちょっと疲れ過ぎて良い思い出がありません。でも大きくて長い緑道があって、そこに地元の人達が大勢いつも集まっていて和んだりワイワイやったりしていました。私ももしここに住んだらこの緑道に毎日来てボーっとするんだろうなと思いました。

そして友人のメルヴィンさんとも無事に会え、一日目の夜は生姜鴨鍋を食べに連れて行ってもらい、「宮原眼科」という面白い名前の有名なお菓子屋でアイスを奢ってもらいました。さらに「明日はまた違う所に連れて行ってあげるよ」と言われ、エッ 明日も来てくれるの!と思いがけないお言葉をいただき、さっさと台北に行こうと思っていましたが、ありがたくもう一泊する事にしましたが、次の日は台湾8日目にして疲れが出たのか、夜に体調をくずしてしまい、何も食べれそうになかったので、近くのカフェで一時間くらい話をしました。

メルヴィンさんとは挨拶くらいしかした事がなく、けっこう早口な人なので、うまく英語が聞き取れずに少し避けていたくらいの人だったんですが、話してみるとけっこう面白く会話もはずみ、楽しい時間を過ごせました。彼も思い切って台湾に住んでみたら、とても居心地が良くて毎日楽しいと言っていました。私も思い切って台湾に移住してみたい。台湾だって俺に住んでほしいって思ってる。きっとそうに違いない。

そして体調が悪いまま次の日の朝、バスで台北に行きました。220元で、2時間半です。台北バスターミナルに午後2時過ぎに着き、体調が悪いので一人部屋に泊まった方がいいかなと思ったんですが、ちょっと抵抗がある値段(3000円以上)だったし、平日なのでドミも人が少なくて快適に違いないと思ったので、台北バスターミナルのすぐ裏にある「Mr Lobster's Secret Den design hostel」のドミ、500元に泊まりました。ここも例外なくシャレオツで綺麗で、平日なので人があまりいなく快適で、やはりシングルに泊まる必要はありませんでした。

昨日から丸一日何も食べてなかったので、宿の周りをグルグル歩いて良い飯屋を探しましたが、定番の油っこそうな中国料理しかなく、今はこういうのは無理だなと思っていた所、台北バスセンターの地下3階に「明徳素食館」という、たしかガイドブックにも載っていたベジタリアンの店を見つけたので、そこで少なめの晩ご飯を食べました。値段はやや高めでしたが(自分で好きな物を皿に乗せてレジで計算してもらうスタイルで、少なめに盛って80元でした)、味は最高でした。ここの料理を食べに台北に来るのも悪くないというくらい美味しく感じました。

それで非常に満足し、あとは宿に戻ってお湯を飲みまくり、7時頃にもうベッドで寝に入りました。眠れないながらも目を閉じてずっと横たわり、気づいたら寝てたらしく起きると朝の5時でした。ゆっくり出発の用意をして、7時過ぎに宿を出てバスセンターまで歩いて行き、無事に空港行きのバスに乗り桃園空港に8時過ぎに着き、11時の飛行機に乗り、午後4時頃シンガポールに到着しました。

今回はシンガポール国内で21,000元両替していき(台湾では両替できる所が銀行だけでレートも悪いと聞いていたので)、8,000元手元に残ったので、使ったのは13,000元、日本円にして4,5000円程度。10日間でもドミに泊まって、特に買い物もせず普通に観光だけすればこれくらいで収まるんですね。思ったよりも全然安かったです。

しかし一つ気になったのは、空気汚染がけっこう深刻そうだという事です。台湾についてすぐ、わたしのスマホ(偶然にも台湾製)が、深刻な空気汚染があると警告してきましたし、どこに行ってもかなりの現地人がマスクをつけていました。スクーターが多いので、排気ガスのためだと思いますが、それに加え最近は中国からPM2.5も漂ってきてるらしく、たしかに台北は着いた日も、出発する日も両方、空が曇りというかガスがかかっているような感じでしたが、あれがもしかしたら中国からのPM2.5だったのかもしれません。って真相はわかりませんけど。
とにかく人が優しい、物価安い、なのでまた安い航空券見つけたら是非行きたいです。


写真1: 墾丁の海
写真2: 墾丁の地中海風ホテル群
写真3: 新聞の数字がたくさん載っているページ(らk)
写真4: 高雄で泊まったKnock knock hostel のドミトリー
写真5: 高雄にある虎と龍の寺
写真6: その寺の中の壁画1
写真7: その寺の中の壁画2
写真8: 高雄の日本料理屋で食べた最高にマズい天ぷら定食
写真9: 台中にあるレインボーじいさんの家
写真10: 台北の明徳素食館
写真10: そこで私が食べた物(非常に美味しかったです)

※今回はあろうことか自分の写真を一枚も撮りませんでした











2016/03/11

台湾旅行その1

先月末から10日間ほど台湾に一人で行ってきた。台湾はシンガポールからは微妙に遠く,航空券もいつも出かける東南アジアの2倍はかかるので,行く気なんてなかったのだが,日本に住んでる友達に二月末に一緒にどこか旅行しよう。台湾なんてどうだろう,と言われこれも何かの縁だと思い,思いきって行ってみることにした。しかもその友達というのも,以前ラオスからバンコクに行く寝台列車でたまたま隣の席に居合わせた青年で,正味3,4時間しか話したこともなかったのだけれど,やはり縁を大切にする私には十分であった。
台湾は10年くらい前にトランジットで,2日だけ滞在したことがある。その時は台北だけだったが,なんか日本とあまり変わらず,首都の台北も札幌程度の規模に思えたし,日本人はチヤホヤされると聞いていたのに誰にも相手にされなかったと,あまりパッとしない思い出だった。しかし東北の津波の時にとてもたくさんの募金をいただいたと聞き,近々行かねばでも遠いしなと思っていた矢先。

台北の桃園空港に午後6時くらいに着いたが、イミグレーションは長蛇の列。しかも今までで一番長いし進むの遅いしで、しょっぱなから台湾要領悪いなと思わされた。だもんで台北市内に着いたのはもう10時近くで、ほとんどの見せは閉まっており、手頃なレストランを探すのが大変だった。そしてそのまま夜1時のバスに乗り、5時間かけて高雄に行った。

高雄でその日本人の友人、リョータ君と久々の再会をした。そして二人で台湾最南端のビーチリゾート墾丁(ケンティン)まで行った。最初はバスで行く予定だったが、駅前でタクシーの運ちゃんに声をかけられ、バスだと一人370元なのに、タクシーだと一人300元だと言われ、そんなのおかしいだろと何回も断ったが、結局怪しみながらも乗ることになり、そしてタクシーはなんの怪しさもみせず普通に墾丁に着き、合計600元払った。
散々タクシーの運ちゃんを怪しんでいた自分にちょっと恥ずかしくなったが、これで、台湾ってけっこう騙す人少ないのかも、と肩の力が抜けた。

墾丁では「157 hotel」という所に2泊した。2段ベッドの部屋で日本円にして一人1500円くらい。超キレイで、水もカップラーメンもお菓子もジュースもタダ。と気前の良いホテルで、宿の太ったオネーチャンは、前歯が一本なくて親しみを感じた。

ビーチリゾートと言っても季節は冬なので、ここ最南端の墾丁でも、台湾人はダウンジャケットを着たりしていた。とくに風が非常に強いので、風に吹かれるとすごく寒い。しかし一度晴れると気温は20度以上にもなる。リョータ君はせっかく冬の日本からビーチリゾートへ来たのだからと、毎日一人で海に泳ぎに行っていた。若いってすごいなと思った。

冬の墾丁はちょっと寂しい感じがするものの、夜になると夜市が行われ、どこからともなくすごい数の観光客がやってくる。我々も毎晩夜市の出店で食べ物を食べ台湾ビールを飲んだ。レンタルバイクも至る所にあり、一日600元から借りられるし、しかも電気バイクなので、ガソリン代もかからない。なので一日だけ借りて、二人乗りで色々な所へ行った。ただ本当に風が強く、東海岸のまで行ったときは、今までにないくらいの風が吹いていて、横転してしまうと思ったので引き返した。おそらく風速20〜30mくらいあったのではないかと思う。全然立っていられない感じの強風だった。

そんな感じで墾丁には2泊し、バスで高雄まで戻り、リョータ君は3泊4日の旅を終えて日本に帰って行った。
そこからはいつもの一人旅。高雄では「Knock knock hostel」というゲストハウスのドミトリーに泊まった。平日は一泊たったの350元。台湾では最安値ではないかと思われる。しかしここも綺麗でオシャレで、スタッフもとても感じが良かった。
ここに2泊したが、週末は「228」の公休日で3連休になるということで、部屋代も700元になってしまうらしく、しょうがなくもっと安い宿を探して移った。
移ったところは「Pathways hostel」で、ドミトリーが500元。ここもキレイでとても広かったし、スタッフもとても優しく気さくだった。
この時点で、きっと台湾はどこのゲストハウスも、清潔でスタッフは優しい感じなんだなと覚った。

高雄にはクレジットカードで簡単に借りられる、公共のレンタル自転車があり、それで毎日色んな所に行った。カードを使うのは最初抵抗があったが、慣れるとすごく便利だった。高雄で一番よかったのは、「駁二芸術特区」というエリアで、ここには色んなギャラリー、美術館、オシャレな店などがかたまっていて、面白い展示がたくさん見れた。そのかわりレンタル自転車の事を忘れ、5時間ちかく借りっぱなしにしていたので160元もかかってしまった。

高雄では思いがけず3泊もしてしまい、次は電車で台南へ行った。
高雄から台南は電車で30分。初めての電車だったが、切符は自動券売機で簡単に買えたし、30分か1時間おきに電車があるので、なんなら日帰りも全然余裕そうだった。

台南ではまず日本人が経営している「はむ家」というゲストハウスの、500元のドミに泊まった。オーナーは日本人で奥さんが台湾人。日本人宿はあまり好きじゃないんだが、台湾に住んでいる人と直接話してみたかったので、一泊だけしようと思い行ってみた。民家を改造したような所で、あまり小ぎれいな感じではなかったが、オーナー夫妻はとてもきさくな人達で台湾事情について色々教えてくれた。しかしやはり日本人宿なので、長く滞在しているっぽい人がたくさんいて、いつも共有のリビングルームみたいな所で集まってダベっていて、ちょっと気持ち悪いなぁと思った。人それぞれ旅行のスタイルがあるのでいいのだが、群れたがりや、寂しがりの人達は、あまり好きになれない。
しかしその夜はみんなでレストランに鍋を食いに行くので一緒にどう?とオーナーの人に誘われ、せっかくなのでついていき、食いまくって飲みまくってきた。

色々聞けたので、次の日はまた違うホテルに移動した。ここは高雄の knock knock hostelの人がすすめてくれた所で、台南駅のすぐ隣にある「Old man captain hostel II」という宿で、平日はドミトリーが500元。ここも小ぎれいでオシャレで、やはりスタッフがとても優しかった。あとから台湾の友達に、台湾の宿のスタッフはみんな優しいねと言ったら、競争が激しいからそうしなきゃ人は来ないんだよと言われたが、そういうレベルの優しさではなく、演技ではなく本当に心に余裕のある人達にのみ出せる、そういう感じの良さであると私は思った。

しかもそこに移った日は連休がやっと終わり、他に客も全然いなく、ほぼ貸し切りのような感じだった。

                               その2へつづく

2016/01/27

プチ・フィリピン留学

今月10日から、フィリピンに2週間ちょいほど行ってきました。初めてのフィリピンでしたが、目的は海外語学留学というやつで、知る人ぞ知るなんですが、フィリピンには英会話学校がたくさんあり、もちろん格安で、しかも勉強しながら休みには南国のビーチで遊んだりもできるということで、日本人と韓国人に大人気なのです。

しかし私が今回選んだ学校は比較的スパルタで、周りには海なんぞなく、平日は夜6〜8時以外は外出も不可という、けっこう本気で勉強したい人向けの学校でした。場所はクラークという所で、マニラから車で5、6時間で、昔大きな米軍基地があったけれど、ピナツボ火山の噴火で撤退を余儀なくされたという、あそこです。

部屋は3人部屋で、日本人と韓国人の20代後半の若者二人とシェアしました。韓国人のボブ君(イングリッシュ・ネーム)は英語レベルがほぼ0に近い感じで、もう一人のヨシ君は、文法と単語はけっこう知っているけど、すぐには言葉が出て来ないという感じでした。最初は。もちろん私が学校を出るときには、二人とも大変上手になっていました。とくに最期の日にボブ君と、英語で色々な事を話したのは一番の素敵な思い出です。

そして入学初日にオリエンテーションや、レベルを計るテストを受けて、2日目から授業が始まりました。私のスケジュールは、朝7時に朝ご飯を食べて(ほとんど食べませんでしたが)、8時からグループレッスンが2コマ(1コマ50分)、そしてマンツーマンレッスンが2コマ。12時に昼ご飯を食べて、13時からまたマンツーマンが3コマ、そして17時からまたグループレッスンが1コマあって、18時にようやく晩ご飯で、それから20時までは外出が可能ですが、学校の周りには7-11と小さい韓国レストランがぽつんとあるだけです。さらにやる気がある人は、夜も自習室で何時間も勉強をします。もちろん私も頑張って毎日数時間自習をしました。

そして肝心の先生ですが、もちろんみんなフィリピン人で、私は5コマのマンツーマンレッスンのうち、2コマが正社員で働いている先生、他の3人はパートタイムで働いているという先生でした。その5人のうち3人は、残念ながら基本手抜きの若い小娘でした。私は教科書を買わずに、フリースタイルで授業をすすめてもらったんですが、良い先生は色々と用意してくれますが、手抜き小娘達は基本私まかせで、一番の手抜き先生、25歳くらいのシエラちゃんにいたっては、毎回「どう?今日はなんか用意してきた?」と聞いて来る始末で、それらのレッスンのために、毎晩なぜか生徒の私が、授業を構成する内容を色々と考えなければならず、それが一番キツかったですが、逆にそれが一番いい勉強になったかもしれません。

私の授業はもう本当に自由で、だいたいいつも先生と色々な質問をし合ったり、意見を言い合ったり、時には好きな歌の歌詞を書き合ったり、クイズや心理テストを出したりもしました。とにかく一日中英語しゃべりっぱなしで、晩ご飯の時には毎日ぐったりでした。

でもフィリピン人の先生はほとんどみんな明るくて、とても話しやすい人ばかりだし、私は相手の影響を非常に受けやすい性格なので、ついおしゃべりになってしまい、自分に対してかなり驚きました。シンガポールではいつも借りて来た猫のように寡黙なのに。

そんな楽しい授業に加えて、夜はだいたいルームメイトや他の韓国人の生徒と、7-11に行ってビールを飲んでダベッたりしました。みんな本格的に勉強するのは初めてという人ばかりなので、会話はとてもたどたどしかったですが、コミュニケーションとは言葉だけでするものじゃないというのを、まじまじと実感させられました。逆に心のこもっていない薄っぺらい言葉の方が、人間関係を悪化させるような気さえします。

私は今まで、フィリピン人とも韓国人とも、深く話した事はありませんでしたが、やはり思っていたとおり、どこの国の人だって、良い人もいれば悪い人もいるという当たり前の事を改めて感じました。韓国人は日本が嫌いで、フィリピン人は貧乏で心まで貧しいと思っている方が、少しいると思いますが、間違った物の見方は、人を間違った方向に導く可能性があるので、気をつけなければ。

そして週末ですが、授業がいっさいないので、みんなだいたい乗り合いバスのような物に乗って、隣町のアンゲレス市に行って、買い物したり、レストランに行ったり、お酒を飲んだり、オネーチャンのいる店に行ったりと様々です。それでも外泊は禁止なので、夜12時前に必ず学校に戻らないといけないのですが。

とまぁそういう感じで、とても充実した2週間でした。みんな2週間は短かったでしょと言いますが、私には短いという言葉はあまりふさわしくないような気がしました。「充実」そして「濃厚」これに尽きます。肝心の英語の上達の方ですが、けっこう新しい文法や単語も覚えたし、なにより発音がいくらかマシになったと思います。あとは自習のし方や、自分で調べることの楽しさがわかったし、それに文法に対する意識もだいぶ変わりました。2週間でこれだけ得られれば申し分ないと思います。あとはこれをシンガポールでも継続できればいいのですが、正直そこは一筋縄ではいかないんじゃないかなと覚悟しています。まぁなるようになるでしょう。

そして2週間の学校生活のあと、2日だけ隣のアンゲレス・シティーで過ごしてきましたが、あそこはほんとにオヤジ共の聖(性)地でありまして、私も例に漏れずいわゆるゴーゴーバーという所にいりびたって、ビールをめっちゃ飲んで、女の子(じつはほとんどオバちゃん)と色々話したりしました。

最期の日にホテルの隣のハンパない場末のBarで話した女の子、名前がとても素敵で
本名が「SUNSHINE」。ここでキン肉マンのキャラを想像したあなたは外道です。彼女はマニラよりもっと南の方の漁村から、3ヶ月前に一人で出稼ぎに来たそうです。兄妹はなんと12人いて(ほんとかよ?)両親は漁と農家を兼業しているとか。若くして働かなければいけなかった彼女は、高校を卒業できなかったそうですが、とても明るくて素敵な子でした。という感じでひととおり夜遊びしてきましたが、法にふれるような、バチが当たるような悪い事はしていません。

しかし私は今まで旅行していたときにときおり見る、昼間っからそういう地域やBarにたむろしている、人間のクズのような白人オヤジ達を見下し軽蔑していたんですが、今回かれらの生活がもしかしたら、自分にも合っているのかもという事に気づいてしまいました。朝から晩まで何をするでもなく、Barにたむろしてビール飲んだり、ダベッたり、ビリヤードしたり、ボーッと通りを眺めたり、もう最高です。今年はちょっとこの路線で行ってみようと思います。そして留学も、もう一度くらいまた行ってみたいかも。















2016/01/05

TPP怖いよー(^_^)

あけましておめでとうございます。
今年もよろしでもほんとうは別におめでたいとは思っていません。もう完全にこの世の中の常識ってやつに冷めっちまったんです。クリスマスも正月も、ただ消費を促すための販売促進じゃないですか。やれケーキだプレゼントだ高級レストランだ、おせちだ年賀状だ海外旅行だって、もっとおごそかにただひしひしとほそぼそと、祈ったり噛み締めたりできないんですか。

なんて怒ってばかりで本当に器の小さい男です。すみません。
でもなにかのイベントの度に大量に刷られ次の日には捨てられるお揃いTシャツや、みんなに無料で配られて2時間後にはゴミ箱にぶっ込まれる小さい国旗とか見ると、異常に腹立つんです。今年も怒ってばっかりなのかな。いやだなあ。ってほんとはそんなに怒らないんです。それよりうちの奥さんがもっと些細な事でブチキレてくれるんで、それを見てると自分が冷静になれて、嗚呼この器が小さな人と結婚できて本当によかったなあと思うんです。

本題に入りますが私は今日は、みんなご存知の TPP について少し発信したいと思います。そうです、とんでもない、ペテンに満ちた、パートナーシップ の略です。現政府のやる事だから、どうせまた売国政策なんだろ、さっさと頓挫しちまえよ、といつものあきらめた感じであまり内容は深く調べなかったのですが、先日AmazonでKindle本を探していたら、たまたま苫米地英人著の「TPPに隠された本当の恐怖」という本を見つけまして、レビューを見たら読んでみる価値がありそうな気がしたので、購入してすぐ読んでみました。

内容は本当に恐怖でした。わたし流にざっきゅり書かせてもらいますが

やっと11月5日に協定文書ができてきたと思ったら、英語で1500ページにも及ぶもので(日米安保条約なんてたったの2ページだよ)まだ外務省でも全然翻訳もされてないのに2月には署名するって変でしょー、これ国会議員ちゃんと把握してないでしょー。

ってゆーかまずテレビとかマスコミとかの情報鵜呑みにしてる皆さん、よく聞いてください。そもそも日本のメディアはもう外国の多国籍企業に乗っ取られてるんですよ。まず下の数字見て。
フジテレビ 29.8%
TBS    13.5%
日本テレビ 21.9%
テレビ朝日 12.5%
電通    19.6%
これは外資比率って言って、外国の企業がどれだけこの会社を支配してるかっていう数字で、そもそも20%超えたら放送法で違反なんだよ。だからマスメディアの言う事はもう信用しちゃダメさー。

ほんで何が一番怖いのかって、それは「ISD条項」なの。これはTPPに加入した国なら、どこの国の企業でも平等に扱わなきゃダメ!もし扱わなかったら政治家でも政府でも小さな自治体でも訴える!訴えたらワシントンの裁判所まで来てもらって、国際裁判するよ。ちなみにこの裁判でアメリカの企業には絶対勝てないようになってるし、裁判費用は最低でも3億円ね。

ってなると、政府や自治体が農家に補助金出すとかすら出来なくなるんだ。そうするとしまいには全部アメリカの大企業に乗っ取られちゃって、もうすでに健康被害が出ている遺伝子組み換え作物を作ったり、ヤッバイ農薬とか使わなきゃいけないようになるんだわ。

しかも農家だけじゃなくて、医療も乗っ取られるんだわアメリカの大企業に。今まで誠実に金のない人には安く診てあげてた人情クリニックとかは、潰れてしまうんだわ。そして自由診療しかできなくなって、金持ちしか病院に行けないような事になって、今のアメリカみたく盲腸で700万かかるとか、そういう次元になっちゃうんだわ最終的に。

ヤバいでしょ?こんなもの本当に自分たちの国に入れたい?
もし入れたくないと思ったら、これから言うことすぐやって!

自分の選挙区の政治家に訴えかけるの。
でももし自民党議員だったら、自民党は絶対にTPPには反対ってできないから「TPPのISDS条項に原法人規則を入れて」って言うの。これ入れると多国籍企業が訴えを起こせないっていうちょっとしたカラクリがあるのよ。
んでもし民主党議員だったら、かれらも最初から賛成だって言ってるから「TPPからISDS条項だけでも抜いて」って言うの。ISDS条項はほんと怖いからね。
んでそれ以外の議員にはもちろん「TPPに反対して」って。
そうしないと次の選挙で絶対に投票しないからね!って言うの。メールでも電話でも陳情でもどんな形でもいいからさ。


という内容でした。もちろんこういう感じの事を、色んな事実に基づくデータや説明を交えながらわかりやすく書いていました。わたしが説明するとまっったく危機感がないですが。
でもわたしは読んでいて、本当に恐怖を感じました。これ詰むぞ!詰んじまうぞ!って。

わたしの頭の中のイメージだと、半円形の割と大きな部屋に、大きなテレビがあってその前にソファに座ってる人がいて、この人が日本人です。テレビでは面白いコメディー番組が放送されていて、その人は一人で大笑いしてお菓子とか食べてます。そしてそのその人後ろにドアがたくさん10個以上あるんですけど、その人がテレビを見ている間に、誰かが外から一つずつゆっくり閉めて鍵をかっていく。もう残されたドアは3つほどなんですけど、その人はいっこうに気づかない。
そんな感じです。怖いでしょ。怖くないかな。

この苫米地さんが書かれている内容を、まるっと信じているわけではありませんが、色々検討しても、自分なりに割と信じてもいいのかなと思う点があります。
この人のWikipedia見たら、なんか役職がすっごくて金も既にかなりありそうなのに、この本はたったの400円で儲けは度外視的な感じがするし、「緊急出版」というのもなんか得体の知れない説得力がある。あと間違いなく国会議員やマスコミよりは頭がいいですし、国際裁判の経験もあるし、TVにさほど出ないし、さらにこの本の出元を調べたら自分がオーナーの出版社から出してるので、他の大きな権力には寄ってないんじゃないかなと思いました。

そして何より、シナリオが思ったとおりの売国度マックス。これ以上にない売国政策。
安倍さんを頭が悪い能無し政治家だと罵る人がいますが、頭が悪いのは彼らの方です。安倍さんは頭が悪くも鈍臭くもキチガイでもなく、頭がよくて出世上手なアメリカの忠実な下部です。小泉純ちゃんと同じく、おそらく純粋な日本人ではなく、統一教会所属で北朝鮮ともツーツーです。10分くらいネットでカチャカチャ調べればわかります。田布施町出身で清和会です。

私のまだ浅はかな予想なんですけど、もう2、3年すると放射能の影響が隠しきれないくらい出て来て色々騒がれるから、それまでになんとかこの「後戻りのできないTPP」だけ通しておきたいのかなーと思うんですけど。どうなんでしょうか。安倍さんの任務は他にもまだまだあるんでしょうか。

そしてこの本に書いてましたが、今年の参議院選挙の前に、農家のみなさん心配しないで、ちゃんとTPP対策の補助金とか考えてありますからとアピールしてきますが、そんな対策したらISDS条項で訴えられて裁判沙汰になるので、それを理由にやっぱ対策できませんわーと後々手のひらを返すおそれがあると書いてました。

「食」と「医療」乗っ取られたら本当にヤバいんですよ。さらに「水」も乗っ取られるんでしょこれから。安倍サンが唯一優しい所は、こんなにもヤバい状況なのに国民には不安になって欲しくないと、メディアを使って何も起こっていないように見せかけて、いつもと変わらない日常を国民に送らせてくれる所です。

ああほんと、クソつまらない事を長々と書いてしまって申し訳ありません。
私がここで書いた事は、鵜呑みになさらずに、時間を作ってぜひ自分でも調べてみてください。あなたやあなたの大事な人にとって、これから生きていく上でとても重要な情報が見つかる事を祈っています。

明日は仕事もないので「排毒」と「大豆の育て方」について勉強するつもりです。
では本年もよろしくお願いします。

2015/12/22

プチ激動の2015年




もう12月ですか。早いものです。
今年もまったく抑揚のない一年、と思いきや一つだけ、8月の奥さんの病気、あれだけがとても大変でした。最愛の人を失い一人ぼっちになるところでした。なんて恐ろしい。ほんとうに思い返しただけで、怖くて悲しい気持ちになります。でも思い返す度に、奥さんが自分にとっていかに必要かということを再認識させてくれるので、ときおり思い返すようにしています。

奥さんの容態は、とても順調に回復している、と思いたいところですが、いまだに、大好きだったジョギングができる段階には至っておりません。奥さんの手術をしてくださった病院とは別の、中国医がおっしゃる所によると、やはり入院のときにたくさん服用した抗生物質の影響で、いまだ体が弱っているとのこと。延命のために仕方なかったとはいえ、やはり現代医療の薬というのは恐ろしいものです。

それでもウォーキングをしたり、食べ物にも気をつけたり、しっかり休んだり、できる限りの事はずっとしているので、完全回復もそう遠くはないと信じております。なにはともあれ生き延びれた事に感謝です。

ところで、今年の11月初旬くらいでしょうか、パリで同時多発テロがありました。あの事件をきっかけに、私は急に一人で憤り始めました。なんなんだこの世の中はと。なんだこの胡散臭い世の中はと。何だこの上っ面だけの野郎共はと。何かが狂っているんだけど、何が狂っているのか今一よくわからない。
しかしこのネット社会、調べれば色々と出て来るもので、かなり興味深い情報をここ数ヶ月でかなり手に入れました。おかげで今までモヤモヤしていたものが、ストーンと腑に落ちて、自分のするべき事がだんだん見えてきたように思います。

今まで自分が持っていた常識なんて、実は全然常識でも真実でもなく、少なくともこの腐敗と自由と暴力の真っ只中(By TOM CAT)を生きてくには役に立たないどころか、命取りになりかねない。大事なのはまずは全てに疑ってかかる事です。赤信号をみんなで渡るのはいいですが、必ず運の悪い人何人かが轢き殺されてしまいます。長いものに巻かれるのはいいですが、長いものの意思一つで、簡単に絞め殺されてしまいます。

せめて家族と友達は守ってあげたいと思っていましたが、こんな小さな阿部寛に守れるものなんてせいぜい自分と奥さんくらいです。みなさん自分の身は自分で守りましょう。

とりあえずこれからは世界平和のために、私はお金の使い方をもっと考えていこうと思いました。私が思うに、お金を一カ所に集めるのは非常に危険な事です。たくさんお金が集まれば権力が生まれ、権力は必ず暴走を始めます。なので私はもう大きい会社、企業、とくに戦争を支援しているような所には、ビタ一文払わないつもりです。もともと旅行以外にはお金は滅多に使わないので、私にとっては以前からしてきた事なのですが、それでもApple製品や大手銀行とどう向き合って行くのかが今後の課題です。

ほかには、病院にはなるべく行かない、医者の言うことは話半分に聞く、病気の原因になるような物は一切食べない、食べる量を減らす。そして、情報を得るのも大事ですが、最期には自分の経験や勘を信じる。

わたしはこれで来年もサバイバルしてやろうと思っていますが、どうなることやら。

recent works

ここ数ヶ月でやった仕事をアップしますよ。
最近ほんと暇ですよ。








2015/12/03

ジョグジャ

先週インドネシアのジョグジャカルタに、奥さんと二人で旅行に行ってきました。インドネシアの首都ジャカルタが東京なら、ジョグジャカルタは京都みたいな所だと言われています。

日程は
1日目、昼過ぎにジョグジャカルタに着き、街をブラブラする。
2日目、博物館、美術館、市場などを見て回る。
3日目、朝から公共バスを乗り継ぎ、ボロブドゥール(ユネスコ世界遺産)のある村に移動する。
4日目、朝8時頃からボロブドゥール見学。昼からまたバスでジョグジャカルタ市内に移動。
5日目、朝からまたバスで、プランバナン寺院群(ユネスコ世界遺産)のある村に移動。私は自転車を借り、村の周りをグルグル。夜にラーマヤナ舞踏を鑑賞。
6日目、朝からプランバナン見学。昼からまたバスでジョグジャカルタ市内に移動。
7日目、鳥市場、王宮、博物館などを見て回る。
8日目、朝4時にタクシーで空港へ行き帰国。

こんな感じでした。ジョグジャカルタの街は車とスクーターで溢れていて、排気ガスの臭いがすごく、街全体が少し白くかすんでいました。さらに街から数十キロ離れた田んぼだらけの田舎のほうでも、町中で同じ臭いがしたので、たぶん車自体が古いか安いかで、悪いガスを大量に放出しているのかもしれません。

人はとても親切で優しかったです。街にはいたる所にグラフィティ(落書き)があり、音楽のストリートパフォーマンスもしていました。食堂でメシを食べていると、よく流しの弾き語りの人がきて、みんな小銭をあげていました。わたしがバスに乗っていたときも、おじさんが一人乗り込んできて、なんと日本語の歌を歌い始めました。別に私がいたからというわけではなく。知らない歌でしたが、サビの所は「アイハ イツモ ララバイ」
と歌っていました。あとで調べてみたら、五輪真弓の古い歌でインドネシアで人気があるようです。汚い格好をしたオジさんで、ギターもボッロボロで、歌も下手くそなんですが、すごく癒されました。こういう人をアーティストと呼ぶのは邪道なんでしょうか。日本語の歌でしょと話しかけたら、これはわたしの一番好きな歌なんですと言ってはりました。




街中に「ベチャ」という自転車の人力車がいて、メインの大通りだったら、10m歩けば2、3人から乗らないかと声をかけられます。けっこう積極的で、50mくらいずっと後ろについてきて勧誘を続けたオヤジもいました。かなりうざかったです。でも料金はかなり安く、奥さんと二人で1、2km乗っても100円しないくらい。でも私たちは観光客なので、ときおり倍くらいの値段を言われますが、それでも笑顔で払いました。なんせ相手はけっこう年のいった、40〜70歳くらいのおじいちゃんなんです。そんな方々が坂道では自転車降りて、一生懸命後ろからベチャを押してくれるのです。

肝心の食べ物ですが、とても良かったです。我々夫婦は菜食なんですが、「テンペ」という大豆を醗酵させた食べ物や、温野菜にピーナッツソースをかけた「ガドガド」という料理ばかり食べていました。あとは外を歩いていると、いたる所にマンゴー、パパイヤ、ジャックフルーツ、ランブータンの木があって、美味しそうな果実がたくさんなっていました。本当に美味しいのかはわかりませんが。

ボロブドゥールとプランバナン寺院群ですが、言うまでもなくすごかったです。なんてったってデケェ。デカいってやっぱすごい事なんだなと思いました。しかもただ石を積んだだけで作ったっていうんだから、昔の人はすごいなぁと感銘を受けました。しかしこれのために何人の労働者が死んだのかと思うと、仏教もへったくれもないなと思いました。あとけっっこう入場料が高いので少しイラッときます。

そしてもう一つとても印象に残っているのが、鳥市場です。鳴き声がきれいな、カナリヤとかウグイスとか、他にもニワトリ、鳩、カラス、フクロウ、キツツキまで売られている市場に行きました。しかもそこは鳥だけではなく、大きなヤモリ、イグアナ、コウモリ、アナコンダ、そしてもちろん猫や犬も売られていて、とても小さな檻に入れられていました。そして一匹の不細工だけど毛なみの良い猫が、私が近づくと急に鳴き出して、檻に何度も頭をこすりつけるんですが、それを見てものすごく胸が苦しくなりました。もちろん犬もそうだし、フクロウもほんと可愛くて、だからなおさら悲しくて。そのときに、こんな残酷な事をしてるのだから、人間はやはり罪深く、我々の世界から苦しみ悲しみが消える事は絶対にないのだなあと思いました。いつか人間以外の動物が協力し合って、人間を皆殺しにし人類を滅亡させてくれる日がくればいいなあ。さっさとくればいいなあ。
でもフクロウが本当に可愛くて、これ家で飼えたらどんなに幸せだろうと一瞬思いましたが、そうやって動物を買うという行為が、きっとこういう残酷な商売を続けさせる原因なのだろうと思って深く反省しました。

そんなわけで、少し長いかなと思っていた一週間も、終わってみればけっこうあっと言う間でした。とくにジョグジャカルタ発の色んなツアーがあったので、友だち2、3人で数週間くらい休み取って行ったら、さいっっこうだろうなと思います。




















最後に貧乏旅行の旅人へのジョグジャカルタ情報を少し。ガイドブックにもネットにも意外と情報が少なかったので。

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【 ジョグジャの安宿街 】
ジョグジャカルタには、安いホテルが集まっている所が2カ所あって、一つは駅前の「ソスロウィジャヤン通り」もう一つが「プラウィロタマン通り」ですが、私が行ったときは「ソスロウィジャヤン通り」の方は完全にすたれていて、旅行者が全然いませんでした。「プラウィロタマン通り」は宿のバリエーションもピンからキリまで色々あり、オシャレなレストランやカフェもたくさんあって、旅行者と地元の若者で大変にぎわっていました。さらに一本裏の通りや、一つ西に行った区画は静かで、安くて居心地良さそうな穴場のホテルがたくさんありました。なので、特にマリオボロ通りや駅に用事がない人は、ひとまず「プラウィロタマン通り」の方に宿をとってから、「ソスロウィジャヤン通り」をあとで見に行くといいと思います。

【 ボロブドゥール と プランバナン寺院群 】
日帰りで行くのもいいですが、日中に行くと日差しがとても強く、人も多くて大変なので(しかも私達が行ったときはまだ雨期が続いていて、午後は毎日強い雨が降っていました)時間があるなら現地のホテルで一泊し、朝一で行くとまだ暑くもなく人も少ないので、落ち着いて観光できると思います。どちらもたしか6時から開くはずなので。私達が行ったときは、朝5時半には外はもう明るくなっていました。

でも、ボロブドゥールとプランバナンも、観光地の割には旅行者向けのレストランやカフェなるものがほっとんどありません。ですから、地元のワルン(食堂)などでは食べたくないという人は、レストラン併設のホテルに泊まった方が便利かもしれません。

ちなみに私達は、ボロブドゥールではagodaで見つけた「Cempaka Borobudur Guest House」に泊まりました。部屋はそこそこキレイでしたが、狭くて少しジメジメしていました。でも隣に有名なロータスゲストハウス1という宿があって、いつもそこの併設されたレストランでご飯を食べましたが、とても美味しかったです。

プランバナンでは、「Candi View Hotel」に泊まりました。少し古いホテルですが、部屋は広くてホットシャワーもありました。料金はさほど安くありませんでしたが、レンタル自転車はタダだし、ラーマヤナ舞踏鑑賞の予約もしてくれて、私と奥さんをスクーターで劇場まで送ってくれました。プランバナン寺院群を見に行くときも、帰りにバス停まで行くときも、またスクーターで送りましょうかと声をかけてくれたし。あと朝ご飯もとても美味しかったです。そんな感じで色々お世話になったので、ここで少し宣伝させていただきました。よかったら行ってみてください。

【 ジョグジャカルタ発のツアー 】

プラウィロタマン通りにある旅行会社でもらったパンフレットの画像です。だいたいこんな感じのツアーがあるという参考にしてください。ちなみにこの旅行会社は「Hotel Kirana」の向かいにあった旅行会社です。